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27話 魔族との会敵

 ティアムから出発した荷馬車は、東にまっすぐ突き進む。


 御者にはリディアが座り、私は幌の上に座っている。

 高いところが好きなのである。上から見下ろせるからだ。


「師匠、大丈夫ですか?」

「余裕なんで、少し黙りやがってください」


 うなる私にリディアが声をかけてきた。

 しかめっ面にでも見えたのだろうか。

 いま、私はこれまでになく集中しているのである。

 声をかけないで欲しい。空気を読め。

 魔法を多重発動させて、忙しい身なのだ。


 昼間の平野は障害物がなく、遠くまで見える。

 ここは戦場であり、見つかると面倒になること間違いない。

 それを避けるため、私はいくつも視覚阻害の魔法を使っている。

 馬車周りに霧雨のような水の膜を張り、内側には砂塵の膜を張る。さらにその内側には薄い光の膜だ。

 これで遠くから見ても、すぐに見つかることはないだろう。


 まだほかにも魔法は使っている。

 荷馬車には、これでもかというくらい食料などを積み込んだ。

 予定が立てられない旅のため致し方ない。

 満載の重い馬車を、魔法で少し浮かせているのだ。


 さすがに四重魔法は初めてなものの、やってやれないことはなかった。

 大大大魔法使いクエス様様である。




 発見されることもなく、日夜ひたすら荷馬車は進む。

 ティアムを出て、三日目のことだった。


 嗅いだことのある匂いが私の鼻をくすぐった。


「リディア。ちょっと馬車を止めてください」


 止まった馬車の上。

 私は幌の骨組みの上に立ち上がり、右前方を窺う。

 耳に手をあてがい、高性能エルフイヤーで音を拾う。

 耳にかすかに届くのは、岩に砕ける水の音。


「磯の香り、波の砕ける音。……海ですか」

「戦場のど真ん中辺りに来ちゃいましたね」


 地図でリディアが指差していた場所だ。


 北側を見れば、雲に届きそうなほどそびえる山々。

 南側には、大陸内部までいり込んだ海湾。

 そこに挟まれるレッドクレイ平野。


 目の前にはレッドクレイ平野が広がる。

 雑草がところどころ生えるくらいの何もない荒野。

 もともとなのだろうが、土は赤茶色になっている。

 まるで数多の血を吸い上げて染められた大地のような色。


 荒野なんてどうでもいい。私の目は再度海側に向く。

 心は海にまっしぐらだ。

 海である。食材の宝庫である。海鮮料理である。

 戦争が終われば、海鮮食べ放題になること請け合い。

 海には強い魔物が多いらしく、船での漁業は難しいが湾ならどうにかなるだろう。


 刺身は虫が怖いので却下だ。

 焼き魚、煮つけ、鍋。タコがいるならたこ焼きもできる。

 私は口から零れた涎を手で拭った。




 焚火がぱちぱちと音を弾く。

 夜になり、周りを土の防壁で固めて野営中である。


 スプーンで、皿から口にスープを運ぶ。


「師匠。これ、少し味が濃くないですか?」

「料理のできないやつが、我がまま言わないでください」


 残念ながらリディアは料理ができない。

 とんだ使えないやつである。

 我がメイドを見習ってほしい。私ではなく、ルコを師匠と呼ぶべきだろう。


「腹にたまればなんでも同じです。醤油ちょろちょろ塩ぱっぱ、ゴンベ泣いても黙って食え、です」

「なんですか? それ……」


 料理の呪文である。

 味付けとはおもてなしの心。

 調味料は目分量でいいのだ。

 そして味見のあとに絶望するのだ。


「この肉固っ! 丸焦げじゃないですか……」


 肉にかぶりついたリディアがうんざりと顔に出したところで、私は杖を持ち立ち上がる。


「え? もしかして怒りました? 冗談ですよ冗談。おしいくいただいてまーす」


 どうやら自称大魔法使い様(リディア)は気づいていない。

 魔力検知もへっぽこである。


「敵ですよ、敵。人間か魔族かどっちかわからないですけどね」

「……私はどうしたらいいですか?」

「そのまま食べてていいですよ。私が行きますので」


 私は歩き出す。魔法で造った土の壁を避け、暗闇の中を進む。

 野営地から20メートルほど離れた位置で、声を上げた。


「こちらからは見えてますよ。大人しく出てきなさい」


 魔力反応があったことから、おそらく魔族である。

 私は反応があった方向を見据え、杖を持った右腕をぐるぐる回し、肩慣らし。

 そして杖をバット代わりに構え、手元に小さな光の玉を浮かべた。


「ここですよ。ここ」


 暗闇の中から、握りこぶしほどの火の玉が浮かび上がる。

 空中に止まっていた火の玉が、速度を増しながら動き出し、私に向かって迫ってきた。


 すぐさま、私は全身に魔力を巡らせて身体強化。杖には魔力の塊をまとわせる。

 足を開いて構え、火の玉を十分に引きつけた。

 空気を切り裂き、杖(バット)がうなりを上げる。

 玉を完璧に真芯で捉え、そのまま空に向かって豪快に杖を振り抜いた。


 ――パコーン


「ホームランですね」


 快打音が鳴り、上空を突き進む火の玉。

 余韻に浸る間もなく、今度は手元に浮かべていた光の玉を杖で打った。


 光の玉が行く末は、もちろん敵がいた辺り。

 弾丸のように打たれた玉が、強く輝き、闇の中を照らす。

 暗闇から浮かび上がったのは五つの人影。


 すかさず、杖を構えた私は魔法弾を射出した。

 百発百中の命中度。続々倒れる人影。

 久々のスナイパークエス参上である。


「任務……完了です」





 焚火がぱちぱちと音を弾く。


 リディアが鍋をかき混ぜ、フライパンで肉を焼いている。

 その様子を、私はじっと窺っていた。

 美味しく料理ができたなら、自称大魔法使いから料理番へクラスチェンジである。

 試食をしてもらうのは、もちろん捕らえた魔族5人組だ。


 横目でちらりと見れば、雪だるまならぬ土だるまとなった魔族の面々。

 土をまとわせ拘束し、顔だけ出した状態だ。

 いまだ気絶中で首をうなだらせ、涎を垂らしている。


 人間と同じような風貌(ふうぼう)。

 ただ、違うのは角や翼、尻尾があったりとするだけだ。


 そろそろ料理も完成しそうだと、私は魔族たちを起こすことにした。



「おそようございます。ご気分はいかがですか?」

「クッ、我々をどうするつもりだ!? 下賎(げせん)な人間どもめ! いかなる凌辱にも我らは屈せん! 殺すなら殺せっ!」


 囚われの女騎士が吐くようなセリフに、私は少しげんなりする。

 殺す気はないが暴れられると面倒なため、拘束しているに過ぎない。


「私はティアムの人間じゃないですよ。それにエルフですし」


 自慢の銀髪をかきあげ、長い耳を出して見せた。


「あっちのもエルフです」


 私が指を差す方にはリディアがいる。

 リディアはターバンのように頭に布を巻いていた。

 バレたらバレたでその時である。


「我々をどうするつもりだ……」


 警戒心を解くこともなく、ぎらついた視線が私に向けられる。

 まるで飢えた狼のような視線。

 ばさついた髪。肌に張りはなく、やせこけた頬。


「そろそろ料理もできますが、どうしたらいいですか?」


 料理中のリディアがこちらに顔を向けた。


 漂ってくるのは肉の焼けたいい匂い。

 ぐぅ、とお腹がなった。

 私のものではない。魔族の腹から鳴った音だ。

 目をやれば匂いに釣られてしまったようで、みんな口から涎を垂らしている。

 どうやら飢えた狼でなく、飢えた魔族だったようだ。


「話しがしたいだけなんですけど。暴れないのであれば、ご飯でも食べながらどうですか?」




 がつがつと、食事をむさぼるように食べる5人の魔族。

 品もなく、そのまま皿まで食べてしまいそうである。

 毒など気にかける様子もなく、料理を味わう間もなく口に放り込んでいく。


 料理を食べ終えた魔族たちは、満足げな表情を浮かべていた。

 味がどうだったのか聞きたい私は魔族たちを見つめる。

 その視線に気づいたのか、リーダー格らしき者が口を開いた。


「この度の馳走感謝する。……なんと貴君を呼べばいいか?」

「大大大魔法使いのクエスです。クエス様って呼んでもらえばいいです」


 怪訝な表情を浮かべる魔族ども。

 オールマイナス1ptだ。


「クエス様……それで……話とは?」

「サイスって名前の魔族を探しているのですが、どこにいるのか知りませんか? それなりに強いので有名だと思うのですが」


 顔を見合わせる5人。それぞれが顔を横に振った。

 私ほどではないが、サイスは強い。名を出せば知っているかと思ったのだが。

 もうサイスとは10年以上会っていない。

 最前線に出され、戦死したのだろうか。

 ほかに特徴と言えば、2メートルをゆうに超す背丈。

 それくらい、ほかの魔族でもいるだろう。


「何か、ほかに特徴はないんですか?」


 私が困っているのに気づいたのだろうか。

 リディアが尋ねてくる。


「私にも何か手伝えることがあるかもしれません。弟子なんですから! さぁ早くサイスさんの話を!」


 リディアの言葉で閃いた。たまに使えるやつである。

 魔族の方を向き返した私は伝える。


「十数年ほど前、大魔法使いエスラのもとで修業していた魔族です。これでもわかりませんか?」


 魔族の一人が「おおっ!」と声を上げた。

 これは間違いなく、サイスを知っている反応だ。


「サイスは生きているんですか? いまどこに?」

「まだご健在だ! 魔王城にいらっしゃる」


 その言葉に、私は安堵のため息を漏らす。

 とりあえず、まだ生きていたようだ。

 戦線に出ず後方待機とは、相も変わらずぬるい男であるが。


「誰の話だ?」

「もう魔王城にも戦えるような者はいまい」

「そんな者いたか?」


 サイスを知っていると言った魔族は目を輝かせた。


「お前らも知っている御方だ。魔王サイス様のことだ」


 私を差し置いて魔王を名乗るとは、不届きな弟弟子である。

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