26話 魔族の国へ出発
自室で優雅にお茶を嗜む私。
目の前のテーブルには地図が拡げられている。
「ここが戦場になっているレッドクレイ平野です」
白く細い指先が地図の上をなぞり、ぴたりと動きを止めた。
その紙の上を指差しているのはリディアだ。
自称大魔法使いの痛い女である。
リディアはティアムで有名な魔法使いらしく、研究と称して資金は使い放題、時間も使い放題とのこと。
暇人らしく、初めてこの館に訪れた日から、毎日遊びに来る。
私は大変忙しい毎日を過ごしているのだが。
「なるほど。北は山岳地帯、南は海湾になっている。だから平野ばかりでの戦いになっているのですね」
「さすが師匠! その通りです!」
地図を見れば誰でもわかるだろうという話である。
侮蔑に感じる極度のヨイショ。
普段なら即刻たたき出すのだが、リディアは活用するにはもってこいなのだ。
私は目の前に座るリディアを見る。長めの赤髪に勝気な目。
ローブをはおった彼女は、そこそこの魔法使いであり、国の上層部とも関係がある。事情聴取の場に参加していたのも頷けることだ。
持ってこさせた地図も、軍用の精巧に描かれたもの。
そうそう持ち出せない気がするが、当人は気にもかけていない様子である。
地図を持ってきたものの、まだリディアを簡単に信用することはできない。出会ってから数日なのだ。まだ早い。
ダンジョンの件を探っているかもしれないし、私の魔法を探るために動いているかもしれない。ドラゴン素材の出所を調べている可能性だってある。
見せかけだけかもしれないが、私を師匠と呼び、慕ってる。
「誰が師匠ですか。弟子にした覚えはありませんけどね」
「またまた~。これをくれたってことは弟子として認めたってことじゃないですか? ああ、私が憧れのエスラ様の孫弟子に……」
うっとりとした表情を浮かべるリディア。
頭は少々お花畑のようである。
これも演技の可能性があるのだが。
リディアを窓から放り投げた翌日のことだ。
この私の弟子になりたいと懇願してきたのである。
理由は簡単。
私が大魔法使いと呼ばれるエスラの弟子とバレたためだ。
リディアは格下と思っていた私に追い出されてから、私について色々と調べたようだ。
調べるために選ばれたのは、私からオリジナル魔法を学んでいたフラウ。
フラウに会いに行ったリディアは、私のことを言葉巧みに聞きだしたらしい。
その中で出た話題が、私がエスラの弟子であるということ。
言うなと伝えていたわけではないが、見ず知らずの人間に対して、個人情報を話すのはやめて欲しいものだ。
フラウは村出身であり世間知らずなところもあって、簡単に詐欺に引っかかりそうなのは不安である。
魔法使いを目指す者として、リディアも大魔法使いエスラの冒険譚を聞いて育ったという。
エスラに憧れがあるらしく、居ても立っても居られずに、この館に通い詰めているというわけだ。
まさに打てば響くといった感じで、こちらの問いにリディアはよどみなく答える。
地図が欲しいと言えば、軍用の精密な地図を持ってくる始末。
国の上層部にも食い込む魔法使い。情報源としては申し分ない。情報が正しいのか、精査する必要はあるのだが。
人を使うのには目の前にニンジンをぶら下げるのが一番である。
どこまで本気なのかわからないが、私は飴を与えることにした。
もちろん食べる飴ではない。飴と鞭の飴である。
何でも聞いてくれ、と言わんばかりのリディアが、私を真っすぐ見てくる。
リディアの手には二つに折られた紙が握られていた。山折りの角に紐が付けられ、首から下げられるようになったもの。
紙にはいくつも線が引かれ、マス目状になったその一つに、私のサインが入っていた。
これが飴のクエスカードである。
6x6のマス。計36個のマスが埋まれば、オリジナル魔法を一つ教えるとの約束だ。
飴を与えたところで、裏切られないとは限らない。
考えたところで結論が出るはずもなく、私は全面的にリディアを信用することにした。
もし裏切られたなら、その時は、よくぞ私を騙し通したと賛辞を贈るだろう。
そのあとに待ち構えるのは惨事なのだが。
「あなたの知っていることを答えてください。ちゃんと答えられたらスタンプ1個です」
私は手に持ったペンを振る。
「頑張ります!」と、リディアはぐっと握った拳を胸の前に出した。
その手にはしっかりとクエスカードが握りしめられている。
「魔族と戦争が始まった原因はなんですか?」
「東の村が魔族に滅ぼされたことがきっかけだと言われていますが、実際は労働力や資源の確保のためです」
やはりそんな理由か。
領地のドワーフやティアムの民から得られた情報だと、魔族から戦いを仕掛けてきたとのことだった。
国が都合のいい話に改変し、流布したのだろう。
もちろん、魔族側の情報を得てみなければわからないが。
長く続いている戦争。
この戦いは、かれこれ10年続いている。
魔族は人間に比べ数は少ないが、魔法を使える者が多い。
されど人間の人海戦術には抗えず、長い年月をかけて削られたというところだろう。
人間側の目的は魔族の労働力と資源。
資源はわかる。占領地に人間を送り込めばいいのだから。
しかし、労働力として魔族を扱えるのだろうか。
「そもそも魔族は魔法の使い手が多いです。魔法を具現化できなくとも、肉体強化はほとんどの魔族ができるはずです。そんな者たちを労働力として使うことが可能なのですか?」
「エスラ様の弟子ともあろう方が知らないこともあるんですね」
当たり前だ。
私だって知らないことはたくさんある。それは誰しもだろう。
なんでも知っている人なんていやしない。
もし存在するならば、それは神や創造主なんて呼ばれるものだ。
「何か方法が? 下手に痛めつけたり弱らせたりすれば、労働力としては使えなくなるでしょう?」
「実は最近になって、ようやく魔道具が完成したんですよ。魔石の新しい使い方が確立されまして」
「魔石の新しい使い方ですか……」
魔石は魔力が凝縮され、結晶化したものである。
魔法の心得がある者なら、魔石に貯められた魔力を使うことができる便利なものだ。
魔法の補助に使うのが一般的。不足分をまかなったり、上乗せして威力を高めたりといった具合に。
中身が空になった魔石は魔力を吸収する特性がある。
空気中には微量ながら魔素があるため、時間が経てば、魔石にはまた魔力が貯まる。壊れるまで何度も使うことができる貴重なものだ。
私の魔石に対する知識はこんなもの。
「魔石で魔法を封じるような仕組みが見つかったということですか?」
私の返答に、リディアはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
どうやら違うようだ。
さっさと答えを言え。
焦らされるのは嫌いである。
「強制的に体内魔力を放出させる仕組みなんですよ」
「え? 何それ怖い」
しかし、その方法が実現しているのならば納得だ。
おそらく身に着ける形式の魔道具だろう。
腕輪や首輪、足かせのようなものを身に着けることで、魔力を放出させる。
体内魔力を魔石に吸わせ、魔石が貯めた魔力を空気中に強制放出させるということだろう。
魔族は魔法を使える者が多いが、ほとんどは身体強化。魔力が人並以下になった時点で人間には勝てなくなる。
魔族を奴隷にしようとしている人間たち。
この国は豊ではないが、かと言って貧しいわけじゃない。
今日を生きる糧を得るくらいはほとんどの者ができる。
欲望とは果てしないものだ。
私は思案を巡らせ、口を開いた。
「馬車って操れますか? スタンプ10個あげますから、私に協力しませんか?」
「スタンプが貰えるなら、何でもしますとも!」
任せてくださいとばかりに、リディアは胸をどんと叩く。
何でもするって、いま言ったよね。
朗らかに答える様子に安心し、私は伝える。
「じゃあ、魔族の国に行くから着いてきてください」
「えっ!?」
「怖いんですか?」
「私……魔族と会ったこともなくて。話に聞く限り、ちょっと怖いかなーって」
「よくそんなので大魔法使いなんて名乗れましたね」
「技術畑育ちなもので」
たはは、とリディアは笑い、後ろ手に頭をかく。
すさまじく小物臭ただよう女である。
そこそこできる魔法使いなので、死ぬことはないと思うが。
「守ってもらえるんですよね?」
「私の弟子を名乗るなら、自分でなんとかしてください」
「スタンプのために頑張ります。って、魔族の国に行けたとして、私たちは大丈夫なのですか?」
「たぶん、知り合いがいるから大丈夫かと」
「たぶん……ですか?」
「もう10年以上会ってないのですが、死ぬところは想像できないので生きているかと」
「大丈夫なんですか? それ」
思い立ったら即行動である。
即座に準備に取りかかった。
翌日には、庭に幌付きの荷馬車が用意され、ドワーフたちが食料を積み込んでいく。
その様子を私とリディアは眺めていた。
「本当に魔族の国に行くのですか?」
「私は本気ですよ。さっさと行って、酒をたっぷり入手するのです」
リディアには適当な目的を伝えた。
魔族の酒や料理が知りたいと。
戦争が終わる前に魔族の国を見たいと。
知り合いの安否を確認するためだと。
積み込みはすぐに終わった。
最後にバスケットを積めば準備は終わりだ。
「さぁ出発しましょうか」
私の一言で荷馬車が動き出した。
魔族の国に向けて出発である。
ティアムのことはわかるが、魔族の国の情報はない。
それは向こうに行かなければ得られないものだ。
魔族の国で造っている酒が気になることもある。
弟弟子が気になることもある。
一番は、人間が魔族を従属させようとするのが気に食わない。
気に食わないから戦争を止める。
そのために私は行く。
なんたって、この私は勝手気ままなクエス様なのだ。




