↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

25話 ゴンベとルコ

 ――コンコン


 私は扉をノックする。

 返事がない。

 寝ているのだろうか?


 鍵はかかっていないが、突然入った場合、中で何が行われているのか予測不可能である。

 変なものを見て、心に傷でも残ってしまえば目も当てられない。

 大人しく私は待つことにした。


 ……

 …………

 ………………



「おい! クソドワーフ! いつまで寝ているんですか! もう昼ですよ!」


 待っていられない。

 ノブをガチャガチャと回し、扉をガンガン蹴る。


「なんだ、クソエルフか。入っていいぞ」


 やっと反応があった。

 ノブをひねり、ゴンベの部屋に入る。

 入ったとたんに気がついた。部屋中に充満する、ほのかな花の香り。

 嗅ぎ慣れない臭いに、私は思わず鼻をつまみ、顔をしかめた。


「なんだ? 何か用か?」

「なんだか臭いです。吐き気がします」


 空気の入れ替えをするため、私は窓を開け放っていく。

 すべての窓を全開にしてようやく少し落ち着いた私は、風の魔法で空気の入れ替えをしつつ、ベッド上のゴンベを見る。

 そこには虚ろな目をしたゴンベが天井を眺めていた。

 器具から垂れた紐で片足を釣られ、ベッドに横たわるゴンベの姿。


 いわゆる骨折である。


 なんと、二階から落ちた衝撃で骨折してしまったのだ。

 樽のようなその体に対し、骨が弱すぎるのではないだろうか。

 虚弱体質にもほどがある。


 残念ながら、私の魔法で骨折は治せない。

 治せないわけではないが、荒療治になって失敗する確率が高い。

 目で見えない部分は治しにくいのだ。


 そんなわけで、ティアムでの用件が終わったにもかかわらず、いまだに滞在中なのである。


「すまねぇな。俺のせいで国に戻るのが遅くなって」

「素直に謝られると気持ちが悪いですね」


 この件(骨折)に関して、ゴンベはまったく怒らない。

 それどころか、自分が悪かったと謝ってくる始末。

 頭でも打ったかと思ったのだが、そういうわけではない。


 ゴンベがごそごそと、枕元から紙に包まれた何かを手に取った。


「昨日さ、ルコさんに焼いたクッキーもらってさ……」


 ゴンベの手には紙に包まれたクッキーがあった。

 この男は菓子を食べることなく、眺め、恍惚とした表情を浮かべていた。


「菓子を食べずに見ているだけとか、本当に気持ち悪いですね。もう湿気ってますよ、それ」


 こちらの言葉に聞く耳持たず、ゴンベは自分だけの世界に入っている。


 さすがに骨折はやりすぎたかな、とルコに世話を命じたのが失敗だった。

 たまにはいい思いをと、慈悲をかけたのが浅はかだった。

 クエス、一生の不覚である。


「もうそろそろ大丈夫でしょう。ルコさんのお世話はもう終わりです。あとは自分でどうにかしてください。それだけ言いに来ました」

「ああ、わかってる。いつまでも頼ってられないもんな。俺……頑張って治すよ……」


 ゴンベはクッキー眺めを一通り楽しむと、ベッド脇にあるラックの戸棚を開け、クッキーをしまった。

 そのラックの中にはここ数日分の菓子、カップケーキやパイが大事そうにしまわれているのが見えた。

 この男、危険人物である。

 汚物を見るように、また私は顔をしかめた。



 危ない思想に影響されないよう、早々に部屋を出る。

 そして自分の部屋へと向かう。


 ドワーフの国にまだ帰られないのは、こちらにとっても好都合である。

 少々やりたいことができたのだ。

 リディアを顎で使えるようになったことが幸運だった。


 これからどうすべきか。


 これからの予定を考えながら歩いていると、こちらに歩いてくるルコが目に入った。

 その手にはトレイを持ち、コップと水差しが乗せられている。

 あの呪われた部屋に行くのだろう。


「これからゴンベのところに行くのですか? あいつはもう一人で大丈夫だそうですよ」

「一日でも早くよくなって欲しいですから」


 にこりとルコは微笑む。天使のような笑顔である。

 同じ種族とは思えない。

 ルコはお菓子、ゴンベはそのままクソである。

 さらにクソはさらなるクソへと進化中である。


「そうですか……。身の危険を感じたら叫んでください。すぐ駆けつけますので」

「……はい。わかりました。それでは失礼します」


 少し困った表情を浮かべたルコは、ゴンベの部屋に入っていった。

 それの後ろ姿を見ていた私は、とある違和感に気がついた。


 ――何かが違った、それは何?


 そのことを考えると動悸がした。

 考えることを警告するように、心臓がどくどく脈打つ。


 まさか!?

 そんな!? 

 ありえない!!


 急いで自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。

 脇に置いていた杖を抱きかかえ、ベッドの上をゴロゴロ転がる。

 うつ伏せになって、先ほどの違和感の正体を整理しながら考える。


 答えは変わらず、だった。


 うつ伏せになったまま、もがくように足をばたつかせる。

 動かしていた足をぴたりと止めた。

 浜辺に打ち上げられた魚のように、虚無になってベッドに横たわる。


 まずは考察①である。

 ゴンベの部屋の匂い。初めて嗅いだ匂いだった。

 最初は体臭かと思ったのだが、違う。

 あの匂いはルコの香水だ。

 いつもと違う匂い。

 それはなぜ?


 次は考察②である。

 ゴンベの部屋に向かうルコ。問題はその顔つきだ。

 あんな表情をいままで見たことがあったのだろうか?

 いや、ない。

 短い期間ではあるが、ルコとの共同生活は長い。

 いままと違う顔だった。


 あれはまるで――恋する乙女の顔。


 いやいや、ないない! と頭の空想を手でかき消す。

 ありえない、笑えない、面白くない、だ。


 しかし、私は花も恥じらう魔法乙女である。

 私の魂が耳元で囁(ささや)いている。

 私の直感はいつも正しいのだと。


 ベッド脇に置かれたハンドベルを見た。

 ティアムに来てからは使っていないハンドベル。

 私はそれに、手をそっと伸ばした。


 ――カランカラン


 がちゃりと扉が開き、ルコが部屋に入ってくる。


「何かご用でしょうか?」

「……ちょっと聞きたいことがあるのですが、ゴンベに魔法をかけられたりしていませんか?」


 ルコはきょとんとした顔をする。


「変な薬とか飲まされていませんか? キノコとか、何か変な食べ物を渡されたり……」


 ルコはおかしそうに口角を上げ、クスッと笑った。


「ゴンベさんは魔法を使えませんし、特に何も貰っていません」


 魔法や薬のたぐいではないようだ。

 答えはわからずじまい……。

 いや、答えは目の前にあるのだ。


「ルコさん……。こんなことを聞いてしまうのは非常に申し訳なく思うのですが……。ゴンベのこと、好きだったり……します?」


 その言葉に顔を赤く染め、目線をずらしてうつむくルコ。


 ありえない。

 ゴンベは魔法を使っていた。

 私ですら使えない魔法。

 恋の魔法である。


「ルコさん、ちょっと用事ができたので出かけます。当分、ここへは戻りません。ルコさんはボルグさんから預かる大事な身。私がいない間に何かあっては顔向けできません。私が戻って来るまで、ゴンベとは接近禁止命令を発令します」


 ルコは私のものだ。

 私の専属メイドだ。

 ゴンベにはもったいない。


「えっ!? あ、あの、どちらに?」

「魔族の国に行ってきます」


 当分ここへは戻ってこない予定である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。