25話 ゴンベとルコ
――コンコン
私は扉をノックする。
返事がない。
寝ているのだろうか?
鍵はかかっていないが、突然入った場合、中で何が行われているのか予測不可能である。
変なものを見て、心に傷でも残ってしまえば目も当てられない。
大人しく私は待つことにした。
……
…………
………………
「おい! クソドワーフ! いつまで寝ているんですか! もう昼ですよ!」
待っていられない。
ノブをガチャガチャと回し、扉をガンガン蹴る。
「なんだ、クソエルフか。入っていいぞ」
やっと反応があった。
ノブをひねり、ゴンベの部屋に入る。
入ったとたんに気がついた。部屋中に充満する、ほのかな花の香り。
嗅ぎ慣れない臭いに、私は思わず鼻をつまみ、顔をしかめた。
「なんだ? 何か用か?」
「なんだか臭いです。吐き気がします」
空気の入れ替えをするため、私は窓を開け放っていく。
すべての窓を全開にしてようやく少し落ち着いた私は、風の魔法で空気の入れ替えをしつつ、ベッド上のゴンベを見る。
そこには虚ろな目をしたゴンベが天井を眺めていた。
器具から垂れた紐で片足を釣られ、ベッドに横たわるゴンベの姿。
いわゆる骨折である。
なんと、二階から落ちた衝撃で骨折してしまったのだ。
樽のようなその体に対し、骨が弱すぎるのではないだろうか。
虚弱体質にもほどがある。
残念ながら、私の魔法で骨折は治せない。
治せないわけではないが、荒療治になって失敗する確率が高い。
目で見えない部分は治しにくいのだ。
そんなわけで、ティアムでの用件が終わったにもかかわらず、いまだに滞在中なのである。
「すまねぇな。俺のせいで国に戻るのが遅くなって」
「素直に謝られると気持ちが悪いですね」
この件に関して、ゴンベはまったく怒らない。
それどころか、自分が悪かったと謝ってくる始末。
頭でも打ったかと思ったのだが、そういうわけではない。
ゴンベがごそごそと、枕元から紙に包まれた何かを手に取った。
「昨日さ、ルコさんに焼いたクッキーもらってさ……」
ゴンベの手には紙に包まれたクッキーがあった。
この男は菓子を食べることなく、眺め、恍惚とした表情を浮かべていた。
「菓子を食べずに見ているだけとか、本当に気持ち悪いですね。もう湿気ってますよ、それ」
こちらの言葉に聞く耳持たず、ゴンベは自分だけの世界に入っている。
さすがに骨折はやりすぎたかな、とルコに世話を命じたのが失敗だった。
たまにはいい思いをと、慈悲をかけたのが浅はかだった。
クエス、一生の不覚である。
「もうそろそろ大丈夫でしょう。ルコさんのお世話はもう終わりです。あとは自分でどうにかしてください。それだけ言いに来ました」
「ああ、わかってる。いつまでも頼ってられないもんな。俺……頑張って治すよ……」
ゴンベはクッキー眺めを一通り楽しむと、ベッド脇にあるラックの戸棚を開け、クッキーをしまった。
そのラックの中にはここ数日分の菓子、カップケーキやパイが大事そうにしまわれているのが見えた。
この男、危険人物である。
汚物を見るように、また私は顔をしかめた。
危ない思想に影響されないよう、早々に部屋を出る。
そして自分の部屋へと向かう。
ドワーフの国にまだ帰られないのは、こちらにとっても好都合である。
少々やりたいことができたのだ。
リディアを顎で使えるようになったことが幸運だった。
これからどうすべきか。
これからの予定を考えながら歩いていると、こちらに歩いてくるルコが目に入った。
その手にはトレイを持ち、コップと水差しが乗せられている。
あの呪われた部屋に行くのだろう。
「これからゴンベのところに行くのですか? あいつはもう一人で大丈夫だそうですよ」
「一日でも早くよくなって欲しいですから」
にこりとルコは微笑む。天使のような笑顔である。
同じ種族とは思えない。
ルコはお菓子、ゴンベはそのままクソである。
さらにクソはさらなるクソへと進化中である。
「そうですか……。身の危険を感じたら叫んでください。すぐ駆けつけますので」
「……はい。わかりました。それでは失礼します」
少し困った表情を浮かべたルコは、ゴンベの部屋に入っていった。
それの後ろ姿を見ていた私は、とある違和感に気がついた。
――何かが違った、それは何?
そのことを考えると動悸がした。
考えることを警告するように、心臓がどくどく脈打つ。
まさか!?
そんな!?
ありえない!!
急いで自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。
脇に置いていた杖を抱きかかえ、ベッドの上をゴロゴロ転がる。
うつ伏せになって、先ほどの違和感の正体を整理しながら考える。
答えは変わらず、だった。
うつ伏せになったまま、もがくように足をばたつかせる。
動かしていた足をぴたりと止めた。
浜辺に打ち上げられた魚のように、虚無になってベッドに横たわる。
まずは考察①である。
ゴンベの部屋の匂い。初めて嗅いだ匂いだった。
最初は体臭かと思ったのだが、違う。
あの匂いはルコの香水だ。
いつもと違う匂い。
それはなぜ?
次は考察②である。
ゴンベの部屋に向かうルコ。問題はその顔つきだ。
あんな表情をいままで見たことがあったのだろうか?
いや、ない。
短い期間ではあるが、ルコとの共同生活は長い。
いままと違う顔だった。
あれはまるで――恋する乙女の顔。
いやいや、ないない! と頭の空想を手でかき消す。
ありえない、笑えない、面白くない、だ。
しかし、私は花も恥じらう魔法乙女である。
私の魂が耳元で囁いている。
私の直感はいつも正しいのだと。
ベッド脇に置かれたハンドベルを見た。
ティアムに来てからは使っていないハンドベル。
私はそれに、手をそっと伸ばした。
――カランカラン
がちゃりと扉が開き、ルコが部屋に入ってくる。
「何かご用でしょうか?」
「……ちょっと聞きたいことがあるのですが、ゴンベに魔法をかけられたりしていませんか?」
ルコはきょとんとした顔をする。
「変な薬とか飲まされていませんか? キノコとか、何か変な食べ物を渡されたり……」
ルコはおかしそうに口角を上げ、クスッと笑った。
「ゴンベさんは魔法を使えませんし、特に何も貰っていません」
魔法や薬のたぐいではないようだ。
答えはわからずじまい……。
いや、答えは目の前にあるのだ。
「ルコさん……。こんなことを聞いてしまうのは非常に申し訳なく思うのですが……。ゴンベのこと、好きだったり……します?」
その言葉に顔を赤く染め、目線をずらしてうつむくルコ。
ありえない。
ゴンベは魔法を使っていた。
私ですら使えない魔法。
恋の魔法である。
「ルコさん、ちょっと用事ができたので出かけます。当分、ここへは戻りません。ルコさんはボルグさんから預かる大事な身。私がいない間に何かあっては顔向けできません。私が戻って来るまで、ゴンベとは接近禁止命令を発令します」
ルコは私のものだ。
私の専属メイドだ。
ゴンベにはもったいない。
「えっ!? あ、あの、どちらに?」
「魔族の国に行ってきます」
当分ここへは戻ってこない予定である。




