24話 自称大魔法使いの女
窓際にテーブルを寄せ、窓の外を見ながらのティータイム。
外から見れば、窓辺に座る物憂げな美少女である。
いつもなら、絵画にでもなりそうなシチュエーションだと心躍ることだろう。
しかし私の心は晴れない。窓から覗く曇り空のように。
はぁ、とため息一つ。
その理由。
先日、魔法ギルドから呼び止められたことにほかならない。
ダンジョンの件が終わったと思ったところでの追撃だ。
せめて何の件なのか、事前に教えてもらいたかった。
外を眺めていると、館の門扉のに、一台の馬車がぴたりと止まった。
そこから降りてくるのは魔法ギルド長と自称大魔法使いの女。
今日来る予定だったと、近くに控えていたルコに、彼らを出迎えるよう伝えた。
「それで、用件はいったい何なのでしょうか?」
テーブルに着くのは私とギルド長、赤髪の女である。
ルコが私の後ろに立つ。
ドワーフの国に関することと予想されるので、もちろんゴンベもいる。
ゴンベは部屋の隅に置いた椅子に座らせているだけではあるが。
喋れないドワーフは、話を聞くだけで十分だ。
「まずはこれを」
ギルド長が木箱を私に手渡してきた。
両手で抱えるくらいの大きさと重さ。木箱には魔法がかけられているのがわかる。
ふたを開けると、中には少し冷えた瓶が入っていた。
その茶色の瓶の中にはたっぷりと入った液体が、ちゃぷちゃぷと音を立てて揺れている。
視線を瓶からギルド長に移す。
「これは?」
「珍しい酒が手に入りましてな。酒を嗜まれると聞いたので、お近づきの印にと」
貰い物はその場で確認し、食べ物や飲み物であれば、一緒に楽しむのがこの国のマナーだ。
「いま飲まれますか?」
「いいですな。酒を飲みながら話しをするのもいいでしょう」
「ルコさん」
ルコにグラスの用意をお願いする。
さすが仕事のできるメイドは違う。
すぐさまグラスが用意され、酒が注がれた。
それぞれが持つグラスを目の前に掲げる。
「我らの出会いに感謝を」
グラスを少し回し、香りを楽しむ。
ほんの一口、口の中に含んで舌の上で転がす。
酸味と渋みが少し強い。それが喉を通ると、甘みと酒精の香りが口の中に広がった。
余韻は悪くない。大人の味である。
「これは美味しいお酒ですね。こちらに来てからティアムで造られているお酒を何種か飲みましたが、これには到底及びません」
「それはよかったです」
初老のギルド長は、しわを深くして笑った。
高圧的な態度もなく、ギルド長は愛想のよい顔を向けてくる。
贈り物として、高そうな酒も持ってきてくれたのだ。
悪い話ではなさそうである。
私は、グラスをテーブルの上に静かに置いた。
「この度、魔法ギルド長自ら来られたご用件は、いったい何なのでしょうか?」
同じように、ギルド長が静かにグラスを置いた。
「率直に言わせてもらいますね。こちらの魔法ギルドに入りませんか? それなりのポストは用意させていただきますよ」
「私にドワーフの国を捨てろ、と?」
「有り体に言えばそうですな。エルフにとってドワーフの国は住みづらいでしょう? この国であれば問題ありませんよ」
「そんなことはありません。毎日を楽しく過ごさせてもらっています。いまのままでも私にとっては十分です」
「この大魔法使いリディア様が、あんたの魔法を見てあげるって言ってんのよ」
酒を飲み、女は少し頬を赤らめている。
ダンジョンの障壁を張った自称大魔法使い様が、声高らかにそう言った。
その発言に、私はテーブルの下で拳を硬く握る。
高慢ちき、傲慢なその態度。許すまじ。
しかし、未だ淑女クエスは継続中なのである。
青筋を立てた笑顔を張り付ける。
「なぜ私にそんな話を?」
この国に入ってからたいした魔法は使っていない。
イーザの商隊から、使っていた魔法の情報が漏れたのだろうか?
見られないよう、気を使っていたはずなのだが。
「冒険者の魔法使いに、オリジナルの魔法を教えたそうですな?」
ギルド長の言葉に合点がいった。
ダンジョンの生き残りの冒険者たち。その冒険者たちが、私の存在を話していないことに安堵してしまった。
フラウに魔法を教えたことが、頭から抜けてしまっていた。
その魔法を使って、あの四人の冒険者は助かっているのだ。
ダンジョンについての聞き取りで話したのだろう。
オリジナル魔法を教えてもらって助かった、と。
「他にもオリジナル魔法、持ってんでしょ? 技術提供しなさい。それなりの報酬は出してあげるから」
この世界の魔法は万能だ。仕組みを理解すれば、たいていのことはできる。
強すぎる力を持つことは、ろくな結果にならない。
提供なんて、そんなものはお断りだ。
適当に理由をこじつけて断ってやる。
「なんのために、ですか?」
「魔族との戦争を終わらせるためですよ」
戦争のためときたか。
ティアムの国は長い間、魔族と戦争している。
その話は聞いている。
イーザから、駐在しているドワーフから、町の人間から。ゴンベとルコから情報は入っている。
その集めた情報をまとめれば、まもなく戦争は終わるらしい。
もちろんブラフの可能性もあるのだが。
しかし、終戦間近だとすれば何のために、このタイミングで私の魔法について聞くのかがわからない。
「間もなく戦争は終わると聞きましたが……」
「だからですよ。魔法を使える実験場がなくなってしまいます。その前に、魔法ギルドとしては様々な魔法を試さなければなりません」
私はその言葉に絶句した。
この男、人のよさそうな顔をして、とんだタヌキじじいだ。
魔法なんて、誰もいない荒野ででも使えばいい。
戦場を実験場と言ったか?
それが意味するところ。魔族相手にぶっ放して殺傷の威力を確認したいということだ。
反吐が出る。
「戦争なんて馬鹿らしいですね」
「魔法の発展のため必要なことです。協力すれば先ほどの酒も簡単に手に入るようになりますぞ。あれは魔族を殺して奪ったものですからね」
私は落ち着かせるため、深く息を吸い込んだ。
「魔法は民の生活のため」
いままで何度も聞かされてきた言葉を言った。
すべて正しいとは思わないが、重要なことではあると思う。
その言葉を聞いたギルド長は鼻を鳴らした。
「かの大魔法使い、エスラの言葉ですな。戦争で使う魔法は我が国民を守るため。すなわち民の生活のためですぞ。魔族も戦争では魔法を使います」
言い分は合っている。
詭弁だ。解釈の違いだ。屁理屈だ。
お話しにならない。
「ゴンベはこの件、どう思う?」
私は部屋の隅に座っているゴンベに話しを振る。
突然振られたゴンベは目を丸くしながらも、こほんと咳払いを一つして真剣な表情に変わった。
「俺個人の意見になりますが、戦わずとも手を取り合い、共に歩める道を探すべきではないでしょうか? ドワーフの国は、他国と戦争をしたことがないので言えるのかもしれませんが」
「私も同意見ですね。二人だけの意見ですが、ドワーフの国民も同じように答えるでしょう。ですから、戦争で使われるようなことに私は協力できません」
さすがルコの前のいい格好しいである。
きりっと口元を締め、かっこいいことを言ってやった感が体全体から出ている。
たまには褒めるのもいいかもしれない。
あとからルコ製菓子でも差し入れしてやろう。
「なんでよ!」
リディアがテーブルに、バンッと勢いよく両手をついて立ち上がった。
エセ大魔法使い様は納得できなかったようだ。
「えっと、リディアさんは空を飛べます?」
私は唐突に質問した。
「もちろんよ! 舐めてんの? 私は大魔法使いなのよ?」
「それはどうやって?」
「風の魔法を使って飛ぶのよ! これくらい常識でしょ」
「そうですか。ご教示ありがとうございます。ルコさん、お二人はもうお帰りになるみたいですよ」
何を言っているのか? そんな表情を浮かべる二人を無視し、私は立ち上がって窓を開けた。
「私の魔法を少しだけお見せします。できるもんならレジストしてもらっても結構です。できるものならですけど」
そばに置いていた世界樹の杖を手に取り、私は魔法を発動させた。
二人はふわりと床から宙に舞い上がる。
手足をばたつかせる二人。そのまま窓から外に、ぽいっと放り出した。
ここは二階である。もちろん怪我をしないように、地面から1メートルほどの高さで魔法を解除する。
窓から覗けば、へたり込み、呆気にとられた表情を浮かべる二人がこちらを見上げていた。
「ルコさん、お二人を馬車まで連れて行って差し上げて」
「は、はいっ!」
ルコがパタパタと足音をさせ、慌てて部屋から出ていった。
空を飛ぶにしても、方法は色々ある。
例えば、風を使う方法。
例えば、風のように魔力を使う方法。
例えば、気圧を使った方法。
例えば、重力そのものを操る方法。
リディアの言った風を使って飛ぶ魔法は、簡単だが効率も悪く、駄目な魔法使いの典型である。
大魔法使いなんて自称するおこがましさを理解できたことだろう。
「な、何やっとんじゃー! おのれは!」
部屋の隅から怒鳴り声。
真っ赤な顔をして怒るのはクソドワーフ様である。酒を飲んでいないのに、顔が真っ赤に染まっている。
先ほど、ちょっと感心してしまった自分が情けない。
ルコがいなければ、これである。
「うるさいですね。私の魔法を見せてあげただけですよ」
「あの二人はこの国の要人だぞ!?」
「ところで、もしドワーフの国にエルフが攻め込んできたらどうします?」
「そんなもん決まってる! エルフを根絶やしにするまで全面戦争だ!」
私は杖を振るって、ゴンベを窓から投げ捨てた。
翌日の早朝。
私は窓際にテーブルを寄せ、窓の外を見ながらのティータイム。
外から見れば、窓辺に座る物憂げな美少女である。
空は晴れているが、私の心は晴れていない。
窓から外を見ると変なものが視界に入るからだ。
「クエス様。あの……あの人はどうしたらいいのでしょうか?」
「ここは一応ドワーフ領のはずなんですけどね。完全に不法侵入です」
ため息を吐いた私は部屋を出て、階段を降りる。
階段を下りた先の大きな両開き扉。それを開ければ館の外だ。
そこから門扉まで石畳の道が続いている。
その石畳の道の上、ローブを着た赤髪の女がいた。
土下座ではない。
五体投地でもない。
石畳の上、大の字に寝転ぶ自称大魔法使いのリディア。
「殺すなら殺せーっ!」と叫びそうである。
私は近づいて顔を覗き込んだ。
「何やってんですか……」
「やっと降りてきてくれたんですね、師匠!」
「誰が師匠ですか。弟子を取った覚えはありません」
世界樹の杖で頭をぽかんと叩いてやった。




