23話 事情聴取
かっぽかっぽと蹄を鳴らして馬が行く。
馬車に乗って、私とゴンベは移動している最中だ。
この馬車の中は狭い。
ゴンベと離れて座っているが、揺れると足が触れそうになる。
不快、の一言である。
間にルコを座らせればよかったのだが、ルコは館にてお留守番だ。
だらしない顔のゴンベを見たくない。
そんな思いでルコを置いてきたのは、大失敗だった。
隣りに聞こえるように、私はわざと深いため息を漏らした。
ため息に反応して、ゴンベがこちらを見る。
「おい、クソエルフ。今日はイカれた言動はするんじゃないぞ」
「うっさいですよ、クソドワーフ。その髭をむしり取ってやりましょうか?」
そう言い放つと、愛しい我が子を守るようにゴンベは口周りを手で隠す。
男のドワーフにとって、髭は命よりも大事なものらしい。
私だってTPOくらい守る。
いまはやらないし、汚い髭には触りたくもない。
しかし相手が嫌がるなら、私は頑張りたい。
いつの日か、つるつるのたまご肌にしてやりたい。
そのために脱毛魔法を研究しようと心に決める。
私は光の魔法を使えるのだ。
波長の固定ができれば、対ドワーフ脱毛レーザー魔法が完成させられるかもしれない。
とりあえず魔法の照射範囲を考えようと、隣りに座るゴンベを見た。
ドワーフ兵士として金属鎧を着ての正装姿。
ゴンベのくせに生意気だ。
馬子にも衣装というやつである。
しかし、今日は正装せざるを得ない日。
私も正装であり、フォーマルな黒いワンピースドレスを着た、とても可愛らしい姿になっていた。
正装の理由は、この国に来たメインイベント消化のためである。
これからダンジョン崩落についての事情聴取なのだ。
「返答次第ではドワーフの国が舐められかねないから言っているんだ」
「それくらいわかってますよ」
煽るのは止めて欲しい。
特にゴンベに言われると、血が逆流するような感覚を覚える。
そこまでならいいのだが、前フリをされると、逆にやりたくなってしまうのが人の性。
私は鬼ではなくエルフなのだが、天邪鬼でもあるのだ。
即矛盾は気にしない。
くだらないことを考えている場合ではない。
今回呼び出された件。
事と次第によっては、ティアムから私の命が狙われかねない。
ここは大人しく、逃げの一手である。
何も知らない、何もしていない、純粋無垢なエルフ娘を装わねばならない。
思案を巡らせていると、馬車の動きがゆっくりになり、ついには止まってしまった。
どうやら着いたようだ。
冒険者ギルド近くにある大きな建物。そこが今日の目的地である。
王城であれば、王を人質に取ることも選択肢にあった。
選択肢が消えてしまったのは、とても残念だ。
馬車から降りた私たちは、ティアム側の従者に建物の中へと案内される。
前を歩くゴンベの足取りは重い。緊張しているようで動きがぎこちない。
話しを聞かれるのは私だ、お前じゃない、と尻を蹴り上げそうになるが、ここはぐっと我慢だ。
通された部屋は少し広く、小さな会議室のような場所だった。
椅子に座らされ、要人の到着を待つ。
私たちの前にテーブルはない。椅子だけだ。
対面には黒を基調とした重厚なテーブルが置かれ、威圧感をかもしだしていた。
まるで圧迫面接会場である。
暇な待ち時間。
今日の夕飯に何を食べるか妄想にふけっていると、がちゃりと扉が開かれ、幾人かの人間が雑談しながら入ってきた。
五人の人間。それに続いて数人の鎧をまとった人間の兵士たち。
一人は明らかに仕立てのよい、高そうな服を着ている。
これが大臣だろう、と私は目星をつけて立ち上がる。
重役の五人が席に着き、兵士たちは壁を背に並ぶ。
私はスカートを少し持ち上げ、優雅に挨拶する。
今日は淑女クエスなのだ。
「お初にお目にかかります。私はクエスと申します。貴国の召喚の命により、ドワーフの国から参りました」
私は挨拶を終えた。
隣りをちらりと見ると、まだ椅子に座ったまま、ぶるぶると体を震わせるゴンベ。
いまは、こちらから言葉を発することもできない。
蹴ることもはばかられる。
雨に濡れた子犬のように震えていたゴンベが私を見上げ、ようやく現状を理解したようだ。
ばっと勢いよく立ち上がる。
「ドワーフ国軍副部隊長、ゴンベ・シチシノでしゅ!」
「クエスさんとゴンベさんね。今日は宜しくね。とりあえず座ってもらっていいから」
中央に座った一番偉そうな大臣が、座るようにと促してきた。
悲しいことに、ゴンベの受け狙いに誰も反応しない。
この先ゴンベは切り捨てていこう、と私は着席した。
対面に座る五人の人間を見る。
真ん中に座るのが大臣。何の大臣なのかは知らないが。
その左に座るのが、冒険者ギルド長、となれば左端は商業ギルド長。
大臣の右に座るのが魔法ギルド長だろう。ローブを着ていることからも間違いないと思われる。
これで親書の印にあった人間はすべて。
右端の人間が誰なのかわからないが、おそらくローブを着ていることから、魔法ギルドの関係者だろうか。
真っ赤に染まる髪、髪と同じ赤い目。20代半ばといった女である。
その女が高圧的、蔑むような視線で私を見ていた。
大臣が口を開いた。
「時間も限られている。端的に知っていることを答えるように」
「はい、承知しております」
どこまで情報を把握しているのか。
事前の諜報活動では、そこまで掴めなかった。
調査なのか、詰問なのか、糾問なのか。
全力回避の戦いが始まった。
「我が国のうごめきの迷宮が崩壊したことについて、何か知っているかね?」
「いいえ、私はまったく存じません」
もちろん、とりあえず否定だ。
こちらの情報を掴んだ上で、カマをかけている可能性もあるが。
そもそも、私はダンジョン名を知らずに行ったのだ。
違うダンジョンの可能性もあるかもしれない。
ここは知らないと答えるのが正解である。
「君は冒険者ギルドに来て、ダンジョンに入らせるように言ったと聞いているが?」
「はい。確かに冒険者ギルドまでは行きました。ですが丁重にお断りされたため、すぐ国に戻りました。そもそもダンジョンには障壁があるかと思います。許可を貰えなかった私に通るすべはございません」
大臣は、ふむと一言。
周りと密談を始めた。
エルフ耳は地獄耳。
密談を盗み聞きだ。
「やはり関係ないのでは?」
「冒険者の証言とも一致する」
「あんな子供に障壁をどうこうする力はない」
一部聞き捨てならない言葉もあったが、ここはこらえて我慢の一手。
内容から察するに、フラウとガインは約束を守ってくれたようだ。
あの二人なら大丈夫と考えていたが、ほかに冒険者は二人いた。その二人が密告する可能性は十分にあった。
それが心配だっただけに、いまは一安心である。
魔法を使えることは、あの髭から聞いているだろう。
しかし、障壁を壊せる魔法使いはそうはいない。
これは逃げ切れること間違いない。
逃げ切ったと同義だ。
内心、笑い出したい気持ちを抑え、私はすまし顔を続けた。
「やはり、私の意見が正しかったようですね」
口を開いたのは、テーブルの右端に座るローブの女だった。
「特殊個体の出現の報告がありましたし、魔物のスタンピードが起こったのでしょう。外に出ようとした特殊個体が障壁を壊せたものの、負傷して断念。ダンジョン内に戻った魔物が暴れて崩壊、という流れが自然だと思われます」
やはりそうか、とほかの面々は呟き頷く。
女はぐっと拳を握り、声高らかに言った。
「障壁が壊れたのは遺憾ですが、この私、天才大魔法使いリディアがスタンピードから国を守ったってことです!」
あの障壁を張ったのはこいつか、と私は満面の笑みを浮べる女を見つめていた。
いま、私は淑女クエスである。
おしとやかに口元を手で隠し、「プッ」と小さく吹いた。
思い出せば、一瞬で壊れた障壁。
障壁を張った張本人が、自称大魔法使いだと言っている。
それならば、障壁を簡単に壊した私はいったい何なのだろうか?
大大大魔法使いクエス様である。
頭が高い、恐れおののき、ひれ伏すがいい。
これで謎はすべて解けた。
ダンジョン崩壊はスタンピードが元凶であると。
真実はいつも一つなのである。
これで事情聴取も終了だと思ったのだが、なかなか会議が終わらない。
こちらの存在を忘れているかのように、大臣や、各ギルド長が議論をしている。
完全に私たちは置いてけぼりだ。
仕方のないことかもしれない。
ダンジョンが一つ潰れたのである。国や各ギルドが困っているのは当然だろう。
こちらも拘束されて困っているのを察して欲しいのだが。
聞き耳を立てると、今度は財政面のことで、大臣と各ギルド長は顔を寄せて喋っていた。
他国民の前でそんな話題は止めて欲しいし、終わったのであれば早く解放してもらいたい。
ふと、隣りを横目で見れば、ゴンベが顔から汗をだらだら流している。
お前は一言しか喋ってないだろ、と心の中で突っ込みつつ、私は手を挙げた。
「発言、宜しいでしょうか?」
周りの視線が刺すように、私へと向けられた。
「何かあるのかね?」
「はい」と一言。
「財源であるダンジョンがなくなったことは国にとって一大事でしょう。我がドワーフの国も、貴国にできる限りの支援をしたいと考えています」
「具体的な話があるのかね?」
「はい。レッドドラゴンの鱗を使った武具を何点か、お安くご提供できるかと思います」
「おおっ!」と感嘆の声が上がった。
「そ、それは本当か!?」
「それなりの量の素材が確保してあります。少なからず、一点以上はお売りできることは確約できます」
「それはありがたいが……。貴国の上層まで話は伝わっているのか?」
「早急に、我が国のボルグ部隊長と打ち合わせしようかと思います」
こちらからの話はすべて終わった。
ダンジョン崩落の話はどこへやら、だ。
大臣やギルド長が、以前購入したドラゴン素材の剣の出来栄えや価格についての話で盛り上がっている。
転売でもなんでもして、資金の足しにすればいい。
もう帰ってもよさそうな雰囲気である。
打ち合わせを早くしないと! と、いまならいいわけもできる。
「それではすぐにでもドワーフ領に戻り、話を進めたいと思います。御前、失礼いたします」
私は立ち上がって礼をし、呆けた顔をしているゴンベの足を踏みつつ、さっさと部屋を出る。
戦いは終わりを告げた。
ここからは即時離脱が最優先。
撤退障壁が展開される可能性もある。
すぐさま部屋を出た私は、待機していた従者に用件が終わったことを伝え、出口へと案内される。
何事もなく無事に終わった。
あとは馬車に乗り込んで館に帰るだけである。
スキップでもしていまいそうなほどに足取りが軽い。踊り出してしまいそうだ。
今日の私は淑女クエス。
はやる気持ちを抑えつつ、優雅に、おしとやかに私は足を進める。
外へ出る扉が見えたところで、逃げ切ったと私はほくそ笑んだ。
油断大敵である。
イベントフラグは突然に。
背後から「お待ちを!」との声が聞こえた。
びくりと私の体が飛び跳ね、ぞくりと背筋を冷たいものが走る。
ごくりと息を飲んだ。
立ち止まった私は、くるりと後ろを振り返る。
こちらに向かってくるのは、ローブを着た初老の男とローブを着た赤髪の女。
たたずむ私たちのもとへ、その二人が駆け寄ってきた。
「ギルド長、ここは私が」
そう言って、私の前に、自称大魔法使いの女が歩み出てきた。
私よりも頭一つ分ほど身長が高く、見下げるような視線を向けてくる。
「魔法ギルドから少し話があるんだけど」
「……何でしょうか?」
「ここで立ち話はなんだから、後日こちらからドワーフ領に行かせてもらうわ」
「は? はぁ……」
すべてが終わったと思っていたところ、この仕打ちである。
スキップしたい気分は吹っ飛び、ニーキックしたい気分に変わった。
断りたいところではある。
障壁の件はうやむやになったはずだ。
魔法ギルドに絡まれる理由が思いつかない。
しかし、邪険にするのは得策ではない。
冷や水を浴びせられたような私は「はい、いつでもどうぞ……」と小さく頷いたのだった。




