22話 ドワーフ領
「クエス様、クエス様」
体が揺すられ、ルコの声で目覚めた。
寝ぼけまなこで起きた私は、口から垂れる涎を手で拭う。
「やっと着いたのですか?」
はい、と答えるルコに手を取られ、馬車から降りる。
この二日間、移動中はずっと寝ていたために、体がだるさを訴えていた。
両手を伸ばして大きく背伸びをする。そのまま空を見上げれば夕焼けに染まっていた。
周囲をぐるりと見渡す。
石壁に囲まれた広い土地に、大きな館が建っている。
館にいたドワーフたちが列に並び、私たちを出迎えてくれた。その表情は国のドワーフとは違い、エルフに対する忌避感は見られない。
さすが外交として勤務しているドワーフたちである。
「出迎えご苦労様。行きますよ、ルコさん。あとクソドワーフは荷下ろしを手伝うこと」
顔を真っ赤に憤慨するゴンベは無視する。
働かざる者食うべからずだ。
私はルコを伴って、館の入口に向かった。
翌朝、ゴンベを呼んだ。
テーブルに着き、私は優雅にお茶を飲む。
ここは館の二階。滞在中に私が暮らす場所として押さえた部屋である。
客室だが、たいしたものはない。ベッドとテーブルに椅子があれば暮らすには十分だ。
食後のティータイムは重要なもの。
お茶を一口飲み、舌の上で転がして味わう。
ティアムで栽培されたお茶だ。ドワーフの国のものとは一味違う。
カップを置いて、少しほろ苦い余韻に浸る。
その様子を見ているゴンベの表情は、まさにクソドワーフに相応しい。
口をへの字に曲げ、目が吊り上がっている。眉間にはしわを寄せ、不快感を臆面もなく出している。
ぷるぷるとゴンベが震えだし、私は耳をふさいだ。
「なんだとぉ!?」
「あー、朝からうるさいですね。私の言葉はボルグさんの言葉だと思いなさい。すなわち上司です。トップダウンです。何も考えず、ただ『はい、わかりました』と答えるだけでいいです」
これから呼び出されるまでに時間がある。
その時間を有効に使うため、ゴンベに命令を下していた。
生意気にも、私に顎で使われるのが不服らしい。
どうしてくれようか思案していると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「ルコです。入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
ガチャリと扉が開き、ルコが入ってくる。その手には菓子が乗せられた皿を持っていた。
テーブルに皿が置かれ、ルコがお辞儀する。
「この国で一般的に食べられているバタークッキーです」
「ふむ」
私は皿に並べられた一枚を取り上げる。
ほのかに香るバターの匂い。それを口に投げ入れて、もぐもぐ咀嚼する。
柔らかめに作られたクッキーが口の中で砕かれ、バターの風味が広がる。
カップを手に取って、お茶を一口。
「まぁまぁですね。もう少し甘みが欲しいところです。ルコさん、レシピを控えておくようにお願いします」
やけに静かなゴンベを一瞥する。
先ほどと打って変わり、その顔は凪の水面のように穏やか。
口角を上げて白い歯がのぞく。目尻が下がり、眉尻もだらしなく下がる。
にこにこと笑うその顔。
一辺の曇りない笑顔であった。
あまりの変わりように反吐が出る。
「あ、ルコさん。体調が悪くなってしまったのでお水をください」
ルコが部屋から出て行くと、ゴンベの顔は先ほどの不快感あらわな表情に戻った。
「ほんとお前はころころ表情が変わりますね。逆に感心しますよ。それはさておき、さっきの件です。朝から夕方までは情報集めに走りなさい」
ここは外交領であり、ここに詰めるドワーフたちは情報を色々と持っているだろう。
しかしそれは国としての情報だ。
私が欲しいのは、平民からの情報。
魔族の話、冒険者の話、食事情の話。なんでも欲しい。
崇高な思惑が理解できないのか、またゴンベがプルプルと震えだした。
私は最終兵器としての言葉を出す。
「夕方からはルコさんの手伝いをしてください。店や市場を巡り、美味しそうなものを集めてくるようお願いします。お前はルコさんの荷物持ちです」
「なんっ……はい、わかりました」
にこにこ笑顔に辟易する。
これだけ感情が豊かなのはよいことかもしれない。
しかし悪くとらえれば、一瞬でストーカーの頭のおかしい危ないやつだ。
ルコに身の危険が及ぶかもしれない。
そうなれば、石打ち、縛り首。からの市中引き回しの刑である。
扉がノックされ、水の入ったコップを持ったルコが戻ってきる。
私はルコを見上げる。
ちょっと丸い顔にふっくらした体つき。抱き心地はよさそうである。抱いて寝ればスローライフの極地が拝めるかもしれない。
そう思うと、ゴンベの気持ちはわからなくもない。
二人が揃ったところで、これからどう動いて欲しいかをルコにも伝えた。
「それから謁見の段取りって決まりました?」
「はい。予定では一週間後とのことです」
「わかりました。それまで私はこの部屋に引きこもります。それからルコさんは、身の危険を感じたらすぐに報告してください。ゴンベに何かされそうになったら、すぐに叫んで周りの人に助けを求めてください」
ルコは少し困ったような表情を浮かべ、頭を下げた。
次の予定は一週間後である。
段取りはすべて他人任せ。
それまでは悠々自適に過ごすのだ。
外に出たいという気持ちは少しだけある。
しかし、ここはフラウとガインがいる町。
外に出れば、偶然出会うことがあるかもしれない。
あの二人のことだ。
ダンジョンでの謝辞を述べてくることは想像に難くない。
もしそうなれば、どんな顔をすればいいのかわからない。
私はお礼を言われるのが不慣れなのだ。
だから私は外に出ず、引きこもるのである。




