18話 閑話 ボルグとゴンベ
「おいゴンベ、この書類足りなくないか?」
ボルグは指先で机の上をトントンと叩き、合図した。
視線の先にはゴンベが机に座っている。
手には書類を持ち仕事をしているようには見えるが、視線はそれに向いておらず上の空。
物思いにふけ、ふぅと吐息を漏らしている。
ボルグは拳を握り、机にドンッと叩きつけた。
「ゴンベ!」
「は、はいぃ!」
突然の音に体を飛び上がらせ、ゴンベはボルグの方へと体を向けた。
「仕事中だぞ。この書類何枚か足りないだろ? 確認しろ」
「すみません……」
立ち上がったゴンベはボルグから書類を受け取り、すごすごと自分の机に戻っていく。
ここはドワーフの国、ボルグの執務室である。
本来であればボルグ専用の部屋だが、効率を重視するボルグはここにゴンベ用の机を設置した。
部下から上がってきた書類にボルグが目を通し、押印した書類をまた部下が取りに来る。
どうしてもタイムラグができてしまうし、意見を聞くことにも時間がかかる。
それを解決するために、この部屋で一緒に仕事をするようになった。
しばらく経ち、ようやく効果を実感し始めた矢先のこと。
レッドドラゴン襲来という国のが揺らぐほどの惨事が起こった。
巨大な力は抗えず、無力なボルグたちは逃げ惑う人々を誘導するだけにとどまった。
その時に、ふらっと国に現れたエルフ。空を飛んでいたことからも高位の魔法使いだろう。
それがクエスとの出会いだった。
それからだ。徐々にゴンベの様子がおかしくなっていったのは。
クエスが砦近くに住み始めてから、ゴンベのおかしさは加速していった。
(原因はわかっているのだが、どう解決したものか……)
ゴンベは机に山積みとなった書類を崩してしまい、あたふたとしている。
それを見てボルグはため息をついた。
「ゴンベ。少し休憩にしようか」
ボルグはお茶の入ったコップを手に取り一口飲む。
コップをことんと机に置いた。
「ゴンベ、お前が上の空になっている原因はわかっている。我が娘に会えないからだろう?」
「な、なぜそれを!」
胸のうちに秘めたる気持ち。それをなぜ知っているのか?
慌てふためくその姿から、そんな様子が見て取れる。
ゴンベは酒が好きだが、かなり弱い。
酔うと娘への愛を臆面なく語るゆえ、周知の事実だった。
ゴンベは若くして優秀。さらには勇猛でもある。
かのエルフが現れた時には、真っ先に先頭に立ったことからもうかがい知れよう。
だからこそ、この副部隊長という任に就いている。
だが、ゴンベにも欠点はあった。
こと恋愛に関しては奥手なのだ。
酔うと娘への愛を周りに説くくせに、娘の前になるとカチコチに固まって無言になるのがゴンベという男である。
「砦の視察任務を入れるか? それであれば娘に会えよう」
「公私混同をするわけにはいきません」
「それがお前の意見なのか? 率直な言葉を聞きたいのだが」
「あそこにはクソエルフがいます。俺には到底行く気になれません」
ボルグは再度ため息をついた。
ゴンベはいずれ、自分の跡を継いで欲しいと考えている人物。
物事を広く見る目を養って、感情ではなく利益で考えて欲しいと思っていた。
「クエス殿はエルフではあるが、我が国を救った英雄と呼ばれてもおかしくない人物だぞ?」
「しかし、あいつはエルフです!」
「たしかにドワーフとエルフは確執はある。いや、あっただ。いまの国がエルフに何かされたのか? お前が何かされたのか?」
「……突然殴られて気絶させられました。それから宿屋前では住民が被害にあっています」
「エルフというだけで悪態をついたお前が悪いのではないか? それに住民もだ。エルフだからとむやみに喧嘩を売った。通りをなるべく使わないようにと通達を出したにもかかわらず。お前も魔法を撃たれて気絶して、何度運ばれたのかわかっているのか?」
ドワーフとエルフは仲が悪い。
ドワーフはそう聞いて育ってきた。祖父母から両親から、周りのドワーフから。
しかし、それは口伝として聞いただけで実際被害にあった者は数少ないだろう。
宿屋の件も聞いているが、それは通行人が喧嘩を吹っかけたとのこと。
あれほどの魔法使いに悪態をついておきながら、魔法を撃たれた者は無傷なのだ。威力を抑え、治癒魔法も使っているに違いない。
確執?
それがなんだと言うのだろうか。
ドワーフの国にエルフを住まわせることには非常に骨が折れたのだが、結果は一目瞭然だ。
「クエス殿はドワーフの国にとって利益をもたらしている。ドラゴンの鱗はまさにそれだ。あれほどのものを提供したのだぞ? 代わりに住む場所をと言われたが、比較するまでもない。それに新たに作った宿舎では、畑の支援もしてもらっていると報告に上がっている」
「国民感情のことを考えれば納得できません」
「お前にはもっと広い視野を持ってもらいたいと思っている。そのために配置転換も考えているのだが……」
「配置転換ですか!?」
「そうだ。ティアムのドワーフ領で、人間の考え方や文化を学んではどうかと」
「それは……」
困惑するゴンベ。
いまは月に二、三度、ここに娘が報告に来る。
ティアムに赴くことは、その数少ない会える機会も失うということだ。
「……冗談だ。これからドワーフの国は大きくなっていくだろう。その時、誰がこの国を守り導いていくのか。その中の一人がお前だゴンベ。期待しているぞ。もちろん娘との進展もな」
「ボルグ部隊長……」
目尻に少し光るものを溜めつつ、ゴンベは頷いた。
それから二人は執務に取りかかかる。
いままでの失態を取り戻すようにゴンベは忙しなく働き、それを見たボルグは満足するのだった。




