15話 ダンジョン①
虫が出てきます。
苦手な方はご注意ください。
月が照らす中、私は空を飛んでいた。
ホウキではなく杖に乗っているが、気分は魔女である。
目指す先は、ティアムの南の森にあるダンジョンだ。
夏の夜でも空高くを飛んでいれば、空気は冷たいものになる。
冷たい風を受けながら、これから先のことを冷えた頭で考える。
冒険者たちが生存している可能性は、もはや限りなく低い。
ただ、何もしなければ、私は必ず後悔だろう。
どの道後悔するのであれば自分の目で確かめたい。
そう思った。
空を飛び続け、日付けが変わった頃だろうか。
森の中、月明りで薄っすら姿を浮かび上がらせる丘陵を視界にとらえた。
丘陵には洞窟の大きな入口がぽっかりと開き、そこからは光が漏れている。
それはまるで暗闇に浮かぶ誘蛾灯のように光り、妖しく誘っているようだった。
入口の近く、私はふわりと地面に降り立った。
降りた場所の前には二本の槍のようなものが穂先を空に向け、地面から突き出ている。
その槍の奥、20メートル先といったところに照明の点いたダンジョンの入口があった。
ダンジョンでは、濃い魔素を媒体として光る魔道具を使う。
中に住まう魔物の環境を維持するため、点灯させるのは内部に人が入る時のみ。
すなわち、この夜も更けた時間でも光源が点いているということは、冒険者たちはまだ中にいるということ。
脱出した冒険者とすれ違いになるかもしれないと思ったが、その可能性はなくなった。
冒険者たちの予定が狂っていなければ、中に入ってから約六日が経過する。
「この目で確認するまでは……ね」
私は槍の間に立った。
これも魔道具であり、ダンジョンの入口を守る広範囲障壁装置である。
人が立ち入れないようにする役目。そしてダンジョンから魔物が出てこないように阻害する役目。
本来であれば、この障壁を貼った魔法使いか、一時的に障壁を解除させる魔道具がなければ入ることはできない。
ただ、それは一般論の話。
私は右手の指先に、属性の違う魔力の塊を生み出す。
無属性から始まり、火、水、風、氷。
五属性の魔力を指先に宿し、手を障壁にあてがった。
指先に起こる変化を私は感じ取る
「無属性がメインで水がその次、水と風が少量、火が一つまみってとこですか。この障壁を作った魔法使いは、なかなかセンスがいいですね」
右手に障壁の構成と同じような魔力の塊をまとう。
すっと息を吸い込むと、右手を振りかぶり、その拳を中空に叩きつけた。
パンっとガラスの割れるような音が聞こえ、障壁は魔素の粒となってきらきら光り、空中に溶けて消えていく。
妨げるものがなくなると、私はすたすたと槍の間を歩いてダンジョンの中へと侵入した。
岩肌や土肌が見えているダンジョン内。
天井からは水銀灯のようなランプが周囲を照らす。
通路が照らされる中を進み、二股に分かれたところで立ち止まった。
「おーい! 誰かいますかー?」
私の声がダンジョン内をこだまする。
返事はない。
だが、反応はあった。
片方の道から音もなく現れたのは、大きな蜘蛛である。
見た目は大きなアシダカグモ。足を広げれば3メートルはあろうかという大物。
それが二匹のお供を引き連れて、私の前に立ちふさがった。
「冒険者を探しているのですが、見ませんでしたか?」
尋ねてみたが返事はない。
かさかさ足を動かして、私を捕食しようかと迫ってきた。
「答えないなら死ね」
魔法で氷の槍を生み出し、先頭を走る蜘蛛の口もと目がけて撃ちだす。
口に刺さり頭を貫くにとどまるが、一瞬怯んだだけで口に槍を咥えたまま迫ってくる。
さすがにダンジョンの魔物である。
強化された生命力は伊逹じゃない。
私は即座に魔法を切り替える。
無属性で硬く強化した無数の刃を中空にいくつも生み出した。その刃がひゅんと音を唸らせ襲いかかる。
狙うは足の関節。
狙いを定めた攻撃は蜘蛛の足を切り飛ばしていく。
いくつもの足が宙を舞った。
戦いが始まってから数分後、私の前には手足をもがれ、ばたつく蜘蛛たちがいた。
ダンジョンの魔物と言えど、しょせん魔素を体内に取り込んだ昆虫にすぎない。
昆虫には自切行動があるために、付け根や関節が弱い。
頭と胴体のみになった蜘蛛に、何本もの槍を体に突き刺していく。
ようやく蜘蛛は動きを停止させた。
死んだ蜘蛛の傷口から黒い宝石のような石が出てくる。そして、からんと地面に落ちて転がった。
それを拾い、手の中で転がして眺める。
「これが魔石ですか」
知識としてあれど、見るのは初めてである。
いま手にあるのは小鳥の卵くらいの大きさの魔石。
ダンジョン内の魔物は空気中の魔素を体内に溜め込み、それが結晶化する。
たいていは肺に溜まる。蜘蛛で言えば書肺だ。
母体が死ねば、魔石が体内から逃げ出すように排出される。
私は手に持った魔石をバスケットの中に放り込んだ。
虫の体内にあったのかと思うと、このバスケットはもう使用不可能である。
私は目の前の死骸に目をやる。
昆虫は火に弱い。炙れば楽勝なのだが、そうすると私が炭素中毒や酸欠で死んでしまう。
火を使わず自切を狙った戦術は、我ながら称賛に値する。
このダンジョンの魔物にも勝てると自信をつけ、奥を目指して歩みを進めた。
その後も何度か蜘蛛に行く手を阻まれつつ、内部をさまよう。
冒険者が間引きをしたあとだからだろう。多数の魔物に囲まれることはなかった。
ただ、通路が二股、三股と分かれ、その一本ずつを進むことになる。
ダンジョン内部の地図がないのが惜しまれる。
とある道を進んだ先は行き止まりだった。
少し遠くからでも行き止まりはわかる。
「はぁ。行き止まりですか。……あれは?」
引き返そうかとしたところで私はあるものに気がつき、奥の壁際に足を進める。
地面はおびただしいほど赤黒く染まっていた。周囲には服の切れ端、折れた剣や槍、へしゃげた盾が落ちていた。
ここで戦闘があったことは明白だ。
狩る側が狩られる側に。
遺体もないことから、冒険者の幾人かは食われてしまったのだろう。
落ちているものを拾い上げ、丹念に調べる。
しかし、ここにはフラウの杖も、ガインの戦斧も落ちていなかった。
私は引き返して別の道を目指した。




