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13話 イーザからの手紙

 ある日の朝、私はルコに起こされると二度寝をせずに庭へと向かった。

 手には園芸用の小さなスコップを握り、地面に突き立てる。

 土を掘り返して石で囲い、盛り土をすれば完成だ。


「おはようございます。珍しいですね。二度寝されないとは」


 声をかけられ、後ろに振り返るとルコが立っていた。


「おはようございます。たまにはガーデニングでもしようかと思いまして」

「いつもの魔法は使わないのですね」

「魔法はいまから使うんですけど、ぜんぶ魔法で済ませっちゃったら味気ないかなと」


 そばに置いていた切り花を手に取る。

 ジニアという名の花で、花弁が薄い銀色である。


 これはフラウから貰ったものだ。

 色が私の髪色にそっくりだとのことで、わざわざ買ってきたようだ。

 フラウだけではない。

 カインからは梨のような果実、イーザからはワインをいただいている。


 何かの記念日ではなく、ものを貰ったのは初めてだった。

 いつの日か、お返しに何かあげようと思う。

 何をあげようか。

 こんな悩み方をするのは初めてだが、案外悪くない。


 果実や酒は腹の中に入ればなくなってしまうが、切り花はなんとか残してみようかと思案した。

 花瓶に飾っていた切り花はもちろん茎の途中から切られている。

 私は手に持った切り花に治癒魔法を使った。

 切られた部分の茎が伸び、白い根が髭のように少し生えてくる。


 花を土に埋め、上から魔法で水を注いだ。


「植物に治癒魔法をかけるのは初めてですが、どうにかなるでしょう」


 満足した私は朝食を取ることにした。

 今日の仕事はこれで終わりである。



 それから十日ほど経ったある日、砦に商隊が来たのだが、そこにフラウとガインの姿はなかった。

 理由を聞いてみると、近々ダンジョンに潜るとのことで、二人は護衛任務から外れていた。


 あの二人は冒険者だ。

 いつまでもイーザの善意に頼って、お気楽仕事もしていられない。

 フラウとガインの選んだ道である。

 どんな結果になろうとも、本人の好きにやればいい。

 私のスローライフのように。


 フラウとガインが来なかったのはちょうどよかったとも言える。

 なぜなら植えた花が枯れてしまったからだ。

 魔法でできないことがあるいい例である。私のやり方が悪いのかもしれないが。

 すでに何も埋まっていない花壇になっている。

 このままにしておくも勿体ない。ここにはハーブでも植えるつもりだ。

 お茶会で、自家製ハーブティーを出すのが楽しみである。



 朝の仕事である畑の水やりを終え、朝食も食べ終わり、私はいつものように庭の長椅子に座って畑を眺める。

 することに変化はあまりないが、庭先では変化がある。

 時期は夏に近くなり、草木の緑は濃くなった。

 気温も日中はずいぶんと暑くなり、日が暮れるのが遅くなった。

 畑に植えられた作物は育ち、もうそろそろ収穫できるものもあるだろう。

 食卓にのぼるのが待ち遠しいものだ。


 うとうとしていると、いつの間にか昼間近になっていた。

 昼食に何を食べようか思案していると、砦の遥か遠くから、こちらに向かってくるものが視界に入った。

 この時間であれば商隊ではない。

 来る時刻は決まって夕方前後である。

 しかも向かってくるのは一人。

 馬に乗った者が、砦に向かっていた。


 私がハンドベルを手に取り鳴らすと、ルコがすぐさま駆けつける。


「砦に誰か来るようですが、何か聞いていますか?」

「いいえ、本日の予定にはありません」


 食料を供給するためにいる、ルコを始めとしたドワーフたちは砦の予定を把握している。

 ただ、ルコが知らないことなので気にはなったが、たいしたことはなさそうだ。

 それよりも昼食が大事である。


「ルコさん、昼食はホットサンドが食べたいです。葉野菜は使えるのであれば畑のものを」

「かしこまりました」


 ルコがもう一度、こちらに向かってくる者に目をやり、そのまま家の中に戻っていく。

 昼食までやることがなくなった私は、馬を走らせる者を見ていた。

 その者は砦まで着くと中に入ったかのように見えたが それは間違いだったとすぐにわかった。


「あれ? こちらに向かって来てますね。ここの誰かに用でしょうか」


 砦を出て、こちらの家に向かって馬を走らせている。

 ようやく顔が判断できる距離まで来ると、それは見知った人間だった。

 話しをしたことはないが、イーザの商隊の一人である。


 家の近くまで来ると、下馬した男は私にまっすぐ駆けつける。

 少しの距離だったが、息を弾ませていた。


「クエス殿っ! こちらを! イーザ様からです」

「私に用事でしたか」


 男が差し出したのは手紙だった。

 受け取り、手紙を見ると、イーザの商隊のシンボルマークで封蝋されていた。

 手紙を開けて検める。中には四枚の紙が入っていた。

 イーザからの手紙、東の町ティアムの通行許可証、冒険者ギルドとダンジョンの位置を示した地図。


 私はイーザからの手紙に目を通す。


「ダンジョンから冒険者が帰還せず。救援の要ありと認む……」


 書かれていた内容を読み、手紙を置いた私は商隊の男を見上げる。


「イーザ様より伝言です。クエス様のご助力をいただきたい、と」

「どのくらい日数が経っているのですか?」

「情報では――」


 男が語った内容をまとめるとこうだ。


・五日前 町から冒険者チームが出立

・四日前 ダンジョン一日目

・三日前 ダンジョン二日目

・二日前 帰還予定だったが帰ってこず

・一日前 ダンジョンを管理する職員がギルド本部に帰還

・今朝  事情を知ったイーゼが伝令をここに出す


 すなわち、ダンジョンに入って取り残されているのであれば、すでに五日目である。

 食料は節約すればどうにかなるだろうし、魔法使いがいれば水は不要。

 しかし、だ。

 20人以上からなる冒険者チームが全員ダンジョンから出てこない。

 はっきりと言えば絶望的である。


「冒険者ギルドの方で動いてはいるのでしょう?」

「動いてはいるようですが、いかんせん正確な情報が回ってこず……」

「入国の書類も用意していただいたみたいですが、私が行く必要を感じませんね。冒険者のことは、冒険者ギルドやその仲間が対応すべきです」

「そんな……。それではあまりにも……」

「あまりにも、何ですか?」


 私がぎろりと睨んでやれば、男は押し黙る。

「あなたの役目は手紙を届けることなのでしょう?」と伝えると、男は苦々しい表情を浮かべ、馬に乗って去っていった。


 私は嘆息を漏らした。

 私のスローライフが台無しである。

 今日の楽しみは昼食のホットサンドなのだ。

 そろそろ出来上がる頃合いかと見定めて、家の中に足を向けた。

 部屋の中には焼けたパンの香りが漂っていた。

 匂いにそそられた私のお腹が鳴る。


「クエス様、昼食の用意はできております」

「ルコさん、申し訳ないけどホットサンドはバスケットに詰めてもらえますか? 今日はいい天気だから外で食べることにします」


 ルコが怪訝な表情を浮かべた。

 私はたまに外で食べることがある。不思議はないはずだ。


「少しピクニックに行ってきます。数日戻らないかもしれません」


 ランチを持ってお出かけである。

 たまには遠くに出かけて食べるのもいいだろう。


 バスケットを脇に抱えた私は杖に飛び乗った。

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