12話 魔法
私は相変わらずのスローライフを送っている。
朝になれば、ルコが私の寝室に訪れてる。
これは起こしてもらうだけだ。
朝の挨拶だけ交わし、ルコは退室する。
私はそれを見届けると、もぞもぞとベッドに潜り込む。
ルコが起こしに来るまで、再び眠りにつくのだ。
いわゆる二度寝である。
スローライフにとって、必須なのではなかろうか。
この寝方、もとい起き方を編み出した私は、やはり天才と言ってしかるべきである。
起きればルコが用意した朝食を取り、その後は庭の長椅子でドワーフを眺める仕事に就く。
最高である。
ただ、堕落しすぎた生活は身を滅ぼす。
私は魔法使いであり、適度に魔法の練習をしなければ体が鈍ってしまう。
そんな私は魔法を使いつつ、仕事をするという一挙両得な業を生み出した。
私は庭先に立つ。そこの横には紙を手に持つルコがいる。
「ここに隣りの畑と同規模のものが欲しいそうです」
「わかりました」
ルコから内容を聞いた私は、すたすたと歩きながら場所をチェックする。
脳内にイメージを湧かせ、世界樹の杖を高く振り上げる。
土が寄り、盛り上がっていく。それが列となって畝となる。
簡単に畑の完成である。
小石や雑草を取るのはドワーフの仕事であって、他人の仕事を取ってはいけない。
あとは空気中の水分を集め、畑に小雨を降らしていく仕事だ。
魔法とは偉大である。
朝の一仕事を終えた私はこれにて退社。
長椅子に座ってドワーフを眺めつつ、お茶や酒を飲んで過ごす。
そんな毎日にも、多少の変化はあった。
フラウとガインである。
ドラゴン素材の剣の護衛が終われば、ほとんど会うことはないかと思っていたのだが、二人は交易の定期便に護衛として着いたようだ。
その心まではわからないが、イーザの差し金だろう。
ドワーフの町に向かう時に一泊。人間の町に帰る時に一泊。
この中継地点の宿舎に来た時は、食事がてらに二人と話しをするようになった。
もちろん二人だけで、クソ金髪はいない。
そんなある日の夕方、来訪した二人と庭でお茶を飲んでいる時のことだった。
「私たち、今度ダンジョンに行くことになったんです」
「は? ダンジョンですか?」
テーブルを一緒に囲んでいるガインも頷いた。
この世界にはダンジョンが存在する。
大気中の魔素が、何らかの原因で溜まり濃くなると、その場所がダンジョンと化す。
主に洞窟や、廃城、古代の遺跡といった場所だ。
ダンジョンには魔物が住み着く危険な場所でもある。
「ええ、間引きに参加させてもらうことになって」
「新規攻略ではなく間引きなら、そんなに危険はない……ですかね」
ダンジョンに魔物が住み着くと、その濃い魔素を体内に取り込み、巨大化、狂暴化、さらには魔法を行使するものまで現れる。
その魔物が村や町を襲い壊滅させる話は、過去の文献から見てもよくあること。
そんな危険なダンジョンだが、悪いことばかりではない。
魔物の素材は通常よりも質がいいものが取れ、魔物の体内には魔素の結晶を宿す。
素材は加工に使えるのは言わずもがな、魔素の結晶は魔石と呼ばれ、価値の高いものとして取引される。
ダンジョンは要するに、都合のよい狩り場であり、金のなる木ということだ。
ただ、狩りすぎは魔物がいなくなる。
放置しすぎれば、スタンピードの可能性がある。
それを調整するため、定期的に間引きを行うのだ。
「初めての参加なので、もう緊張しっぱなしで……」
「そうですか。フラウが望むのであれば……頑張ってください」
ガインから鋭い視線を感じた。
フラウのことを心配しているのだろうか。
私はこほん、と咳払いをする。
「私は冒険者でもなく、ダンジョンに潜ったことはありません。ただ、魔法使いとしては一人前のつもりです。魔法使いとして助言をしましょう」
テーブルの対面に座るフラウが居住まいを正し、かしこまった。
真剣な目だ。
「常に最悪を想定しておくこと。危機的状況に陥ったとしても、最後まで生き抜くことを諦めないこと」
「ありがとうございます。心に刻んでおきます」
フラウとガインが頭を下げた。
真面目な話をしたためか、喉が渇き、私はコップに手を伸ばした。
「いつの間にかお茶がなくなっていたようですね」
コップの中にはお茶がなく、ティーポットから注ごうとするが、こちらも空になっていた。
「ルコさんに言って作ってきますね!」
立ち上がったフラウがティーポットを持ち、家の中に駆けていった。
残されたのは、私と寡黙な男ガイン。
男と二人っきりは気まずいものだ。
お茶があれば飲むのだが、それがないいま、手持ちぶさたである。
畑でも眺めようとしたところ、意外なところから声がかかった。
「ダンジョンの件、クエスはどう思う?」
普段は口数少ない男からの言葉。
言葉足らずだが、フラウに関してだろう。
「間引きであれば、複数のチームで行くのでしょう? 出しゃばらなければ問題ないかと。まだフラウは駆け出しに近い魔法使いですし」
これまでに、フラウの魔法を見せてもらったことはある。
基本的な火と水の魔法は使えるが、威力も弱く、治癒魔法に至っては自然治癒の促進程度のもの。
その他の魔法はからっきしのため、心もとない。
ガインの演武も見たのだが、ガインは初心者の域を抜けていたため、それだけが唯一の救いだろうか。
「フラウに魔法を教えてもらえないだろうか」
空のカップの縁を手でなぞり、気を紛らわしていた私はゴンッと鈍い音を聞いた。
音の方向を見ると、ガインが両手をつき、テーブルに頭をこすりつけている。
「何やってんですか……」
「お願いだ。どうかフラウに魔法の稽古をつけてやって欲しい。フラウはいま、己の成長に悩んでいる。このままでは……」
「まぁ、いまのままではこの先、危ないでしょうね。でも魔法がうまくなったところで死ぬことに変わりありませんよ。難関を超えれば、待ち受けるのはさらなる難関。その先に待ち構えているのは死です。このまま初心者でいたほうが、ガインにとって都合がいいのでは?」
「どうか……頼む……」
私はため息をついた。
魔法を教えたとして、もしフラウやガインが死ねば、私はその時どう思うのだろうか。
しかし、フラウは村を飛び出してまで冒険者になった身。
このままでも、いずれ危険を冒し、死んでしまうかもしれない。
「そのダンジョンはどんな場所なんですか? 建物? 洞窟?」
顔を上げたガインは、私の意志が変わらないうちにと考えてか、捲し立てるように話す。
「洞窟のダンジョンだ。光源は設置してあるようだが、内部はそのままだそうだ」
パタパタと足音が聞こえてきた。
フラウとルコだ。
お皿も持っている。お茶と茶菓子を持ってきたらしい。
ガインと会話をしているところを見られていたらしく、フラウがテーブルにつくと「何の話をしていたのですか?」と聞きいてきた。
「フラウ。以前、私が金髪クソ野郎に使った魔法を覚えていますか?」
「はい! あの土を丸ごと動かす魔法ですよね?」
「使ってみたいですか?」
「えっ……」
間髪入れず答えると思っていたのだが、予想に反し逡巡しているようだ。
難しい顔をして、うんうん唸っている。
「使ってみたくないのですか?」
「あの……いいのですか? 以前魔法は教えないと……」
「構いませんよ。上を知るのもいい勉強でしょう。いち友人として教えるのですから」
「それでしたら是非!」
家の庭、畑の横にフラウと立つ。後ろにはガインとルコが見守る。
畑にいるドワーフたちが、何事かとこちらを見ていた。
「体を楽にして。杖を地面の印に向けて構えてください」
「はい」
地面には大きな丸が描いてある。
今回魔法を使う場所だ。
このようにしたほうが魔法を行使するイメージがつきやすい。
本来、魔法は見て学び、書いて学び、理解した上で使う。
このやり方は邪道。
大魔法使いエスラ直伝の荒療治である。
私は両手をフラウの背中にあてがった。
「やりますよ」
私は魔法を発動させる。
いつもならば、私の体内魔力が世界樹の杖で力を増幅させて、魔法を具現化させる。
それに近いやり方だ。
フラウの体を杖の代わりにするというやり方ではあるが。
私の魔力がフラウの体に注ぎ込まれる。
フラウの持つ杖から魔法が発動する。
印の範囲の土が盛り上がり、空中に大きな球状となった土の塊が浮かんだ。
塊を空中でくるりと反転させ、地面にどさりと落ち、土煙が上がった。
私は背中から手を離した。
振り向いたフラウは満面の笑みを見せる。
高度な魔法を堪能できた喜びだろう。
「すっ、すごいです! 体の中を魔力が通って魔法が生み出されるのをはっきりと感じました!」
「いまの感覚を忘れないようにしてください。頑張って練習すれば、似たようなことはできるようになるでしょう」
「ありがとうございましゅ。ひゃれ……?」
どさりとフラウは地面に倒れ込んだ。
目は虚ろ、顔面は蒼白に、額からは汗が大量に噴き出している。
こうなると知っていた私は、倒れたフラウを見下ろしていた。
いわゆる魔力枯渇だ。
生きるものはすべて体内に魔力を持ち、それを生命活動に当てている。
体内魔力が少なくなるとこうなるわけだ。
慌てて駆け寄ってきたガインにフラウは抱き起される。
「不足分はすべて、フラウの体内魔力から使いました。上位の魔法使いの魔法を経験できたと共に、己の未熟さも理解できたことでしょう。身の程を弁えて行動してくださいね。私とて、友人を簡単に失うようなことは避けたいですから」




