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トンネルの中を1台の車が走る。
車内には黒いライダースーツと黒髪の女と片腕を無くした銀髪の男が乗っていた。
車内は一切の会話が無く、沈黙が支配していた。
最初は男も黙っていたが、走り続けて早10分。
遂に限界を迎えた。
「これはどこに向かってるんだ…?」
男が尋ねると女は簡単に答える。
「知ってどうするの?」
会話をしてくれるという安心感と質問を質問で返す会話のドッチボールに苛立ちを覚えつつ答える。
「いや、興味本位」
「さっきの奴らから守れる所」
「君は俺を守ってくれるのか?」
「そういう命令だから」
命令、か…
この女性もどこかの組織に所属しているのだろう。
あの黒スーツと同じく俺の頭の中の情報が欲しいのだろう。
「えっと……」
「まだ何かあるの?」
「ありがとう」
「え?」
助けてもらったことに対する感謝を述べたら疑問で返された。
「さっき助けてくれからな。君が来てくれなかったら死んでいた」
「……命令だったから…」
そう言っても命の危機を助けられたのは事実だ。
あの手が頭に届いていたらきっと頭から灰になっていただろう。
「それでも助けられた。命令だとしてもそれは事実だ」
「怒られると思ってた」
「怒られる?なんでまた…」
「私がもっと早くに来ていたら片腕が無くなることは無かった」
彼女はそう申し訳なさそうに答える。
なるほど。
あの登場は遅れていただけだったのだろう。
しかし、元よりこの危険に飛び込まなければ起こらなかった事だ。
右腕が無くなったがこれはリスクだ。
命があるだけまだマシだ。
終わったことはしょうがない。
今は助かった命を有難く思おう。
「あれはもういいさ。それより君のおかげで助かった。ありがとう」
「………どういたしまして…」
そう少し俯き、返事を返す。
なんだ。
無表情だから無感情かと思ったが、思ったより感情豊かなようだ。
「クロエ」
「え?」
「私の名前。君なんて呼ばなくていい」
「そうか……じゃあ、クロエ。ありがとな!」
そう名前を呼んだ女性、クロエはどこか嬉しそうだった。
仕方ない。
しかし、それはそれとして名残惜しいのは確かだ。
ふと、右肩を見てしまう。
右肩が白く染まり、その先は無い。
電脳世界にファンタジーな要素はない。
ゲームの世界ならあってもおかしくないと思うだろうが、それはあくまでもデータがあるならとつく。
電脳世界は人間という膨大なデータとその生活空間を作るのに精一杯なのだ。
だから一世紀前から変わらず電子機器の映し出すビジョンのキャラクターを動かす遊びしか出来ない。
雷を操ったり、炎の竜を作ったり、星を落としたり。
そんなファンタジーな事はできない。
そのはずなのにあの男は俺の腕に触れ、灰にした。
痣も怪我として直ってしまうこの電脳世界でアルファベットの痣。
眼鏡をかけるように痣や傷などをつけることはできる。
どうやっても服を着ているように違和感が浮き出る。
しかし、あれはまるで身体そのものにあるような。
そんな事元の電子人類のデータを弄らないといけない。
そして、そんなことすればデータに異常をきたして消滅する。
「灰の男の電能力。それが貴方の腕を灰にした」
「電脳力」
「電脳世界の"脳"じゃない。能力の"能"」
電能力…それが俺の腕を灰にした…?
「クロエ、電能力って?」
「電能力は電脳世界に起こったバグ」
「バグ?」
「元より人間を全てデータ化なんて不可能。それを無理矢理データ化した。だからバグが起こった」
納得はできる。
天才が居なくなってできた天才如きの頭脳で電脳世界に入れる事が本当に出来るのか。
それを可能にするために色々と無茶をしたのだろう。
バグが起きるのも納得はできる。
腕を灰にした。
それでも傷と認識されれば、体は再生されるはず。
バグにより腕が灰だったことになった。
元の感知しているデータに無いから傷と認識出来ず、身体が再生しない。
データに無いことを電脳世界は出来ない。
だからこそ電子人類に発展を促すのだから。
「Ash、灰化があの男の電能力」
灰化……投げ捨てた灰も元は俺の腕。
あの最初に感じた熱は発動を知らせるものなのかも。
「灰の男の手のひらに"A"って痣があったはず」
額に伸びる手を思い出す。
確かに手のひらにAと書いてあった。
クロエは運転しながら片手でライダースーツのチャックを少し下げ、はだけさせる。
鎖骨の辺りに"S"とアルファベットが書いてある。
「バグが起こり電能力者になった者は体にアルファベットの痣ができる。それが証」
「クロエも電能力者なのか…」
「私はSecret、秘密の電能力者。条件を満たせば誰も私の秘密を暴けない…」
「カッコイイな、それ」
「カッコイイ………ふふっ…」
少し、いや凄く嬉しそうなクロエはさておき、なるほど。
そんなものがあるとは。
全く知らなかった。
「それって、俺も使えるようになるのか?」
「たまに。あくまでバグだから。何が条件かは人によって違う。それを自然覚醒者と呼ぶ」
「自然覚醒者……じゃあ、強制的に覚醒させる道具とかありそうだな」
「ある。電能覚醒薬。覚醒率は99.9%。因みにこれ」
そう言って車のグローブボックスを開き、USBメモリを取り出す。
側面に脳みそのイラストが描かれている。
「その端子を体のどこかに刺す」
「刺すって……メモリの端子は指すような形状じゃ無いけど…」
「刺す」
「さいですか…」
鋭さがある訳でもないから、刺そうとするなら皮に押し込む必要がある。
絶対痛い。
「デメリットは3つ」
「デメリットあるのかよ!」
いや、あるか。
無理矢理バグを起こすんだもんな。
そりゃ何かしらあるだろ。
「1つ目は痛み。無理にバグを起こすから身体に拒否反応が起きてすごく痛い。痛みのデータを超えるくらい」
最後の痛みのデータを超えると聞き、ゾッとする。
痛みのデータとは裏社会とドM御用達の追加データ。
電脳体に追加データを入れるとスポーツマンにもアーティストにもなれる話をしたが、今回のデータは感覚のデータだ。
食事を食べる動作をせずとも追加データを入れて再生すれば食事の快楽が味わえる。
そんな商品が数年前に出た。
それにならって他の快楽データも出た。
その中にあるのが痛みのデータ。
追加すると激しい痛みが身体を襲い、脳へと伝える。
データに脳への負荷がかかりすぎると中止プログラムが出る仕組みで、一応安全性はある。
これを拷問用にインストールしたり、1人で楽しむためにしようしたりする輩がいる。
それ用のアイテムだが、今回の電能覚醒薬はそれを超えるらしい。
更にこれはバグへの拒否反応からの痛みらしいので脳の負荷などお構い無しに起こるらしい。
その時点で危険な代物だ。
「2つ目は必要の有無」
「そんな便利な力ならみんな欲しがるんじゃないか」
「バグは人間のデータの重さと人類が電脳世界への拒絶反応が起こして出たもの。人類が電脳世界に適応仕切ったらバグは起こらない。という事は今の適応してない全人類が覚醒する可能性がある」
みんなに等しく可能性があるなら、態々痛い思いする必要は無いという訳か。
必要に迫ったよう。
「いま電脳世界に適応しているのが99.9%の残り0.1%ってことか。それだったら嫌だな」
少しその電能力は使ってみたい気がする。
バグとはいえ、ファンタジーは夢のある話だ。
「正しくは10の18乗分の1の確率だけどね」
「刹那じゃねえか!」
じゃあ、俺じゃねえよ。
そこで当てたら俺逆に運いいだろ。
「そう、刹那。よく知っているね。服装が現実世界の仕事の人のだったからお金が無いと思ってた。ちゃんと教育されたの?」
「色々あんだよ。ていうかなんで俺の名前は呼ばないんだ?」
「だって私貴方の名前知らないから」
「え?命令で俺を助けたんじゃ……」
「私は蜥蜴の尻尾に囚われている男性を保護しろとしか聞いていない」
「な、なるほど。自己紹介すれば良かったな。俺はエイジ。改めて宜しくな」
「エイジ……宜しく」
「よろしくクロエ」
改めて挨拶すると何となく気恥しい。
あんなに会話していたのに、車内沈黙に包まれる。
「そ、そういえばデメリットの3つ目ってなんだ?」
既に使う気起きないけど、一応話を聞く。
「それは後で話す。そろそろ外に出る」
クロエに言われているのだろう前方を見ると確かに出口だ。
先は暗いが電灯の光が見える。
そして波の音も。
「東京湾か?」
「ええ。外に出てから、少し走って仲間の元へ行く」
それを聞き少し安心する。
トンネルの中では気が気ではなかった。
いつ襲われるかと内心ビクビクしていた。
もしかしたら、後ろから黒スーツが追いついてくるかもと思っていた。
クロエはいい子だが、仲間がいい人とは限らない。
それにしてもあの黒スーツには二度と会いたくない。
黒スーツそのものが嫌いになりそうなくらいだった。
そう丁度あのトンネルの入口で手を振っている黒スーツのように…
「クロエ!」
「見つけたぜSecret Girl!!!!」
声をかけた時は既に遅く、黒スーツの中で巨体の男がハンマーを振りかぶっていた。
ハンマーがフロントガラスに叩きつけられ、その衝撃でガラスにヒビが入る。
前が見えない…!
「ドライブは楽しかったか?ここが世界の端だぜ」
そして車外からあの男の声がした。




