Ability
目の前に立つ黒スーツの男たち。
真ん中に立ち、自分に話しかけてきた男は笑いかけてくる。
笑いながら自分の右横に移動して右手で右肩を掴んでくる。
圧が凄い。
指ひとつ動かせない。
額から汗が一雫垂れる。
「いきなり逃げ出すからびっくりしたぜ。でも、どうせ逃げるなら電脳世界だろ?現実世界に隠れられたら探すのが面倒だったよ。ありがとう、電脳世界に逃げてくれて。お陰で俺も助かった」
そう言って男は左手を出し、電子データを表示される。
そこには俺の名前と顔写真、給料その他諸々の個人情報データだった。
それは職場に提出しているリスト。
本来は保護法が働き、情報は守られる。
しかし、何度も言うがこの電脳世界は金が全てだ。
妹を助けられる位の値段で俺の情報くらい簡単に買える。
その中には俺がどの椅子から接続しているかも記載されている。
気が動転していた。
あんな事やらかす連中だ。
俺の個人情報くらい簡単に手に入れるだろう。
この電脳世界じゃ死なない。
それはあったも同じこと。
電脳世界に逃げるのは都合が良かったんだ。
「ただ、それでも結構な金を使っちまったんだ。あの子会社全部のデータだからな。他のやつも穴開けたが誰も知らなくてな。こっちも手っ取り早済ませたいんだ……なんで逃げた?」
より強く右肩を掴む。
ドスの効いた声で話しかけてくる。
「所長を殺していたから…」
「確かに!それで恐くて逃げ出した。それもあるだろうがもう1つあるだろう。もうお前だけなんだ……話してくれよ」
男は聞き直す。
もう、俺だけ?
もしかして先輩も……
「早く話してくれよ。ほら、時は金なりって言うだろ。こういう奴なんだけど知らねえか?」
そう言ってまた電子データを表示させる。
そこにはあの本の画像データがあった。
やっぱりこいつはあの情報を狙っている。
先程より多くの汗を流す。
声を出そうと口を開いても音は掠れた呼吸音しかでない。
きっとその姿は声を出すよりも分かりやすい合図だろう。
「恐怖で声が出ないか?素直な反応なのはいいんだが……早く話してくれよ。こっちも手荒な手は使いたくない」
人に何度も穴を空けといて手荒な真似をしていないとでも?
「知らない。俺はそんなもの持っていない」
1度様子見を…
「嘘だな」
あっさりと見破られる。
否定しようと声を出そうとするが、被せるように男は話し出す。
「お前昨日飲み屋にいたろ?目撃者がいるんだが、その時に本の話があったそうじゃねえか。昨日は大金が手に入る前の祝勝会だったか?」
あの時の会話が聞かれていた?
……いや、聞かれていて当然だ。
普通の大衆食堂で周りに人が居たんだから。
そのうちの誰かが面白がって情報屋に話を売ってもおかしくない。
電子書籍では無く、本というのは電脳世界ではありえないから。
本など存在しない遺物だ。
それに稼ぎの良くない現実世界働きの作業服の格好の奴が飲み食いしていれば目立つだろう。
先輩も上機嫌に電子残高を見せびらかしていた。
目立たないはずが無い。
男が更に強く肩を握る。
そこから凄まじい熱を感じる。
熱々のフライパンを押し付けられているようだ。
「なあ、教えてくれよ。本はどこだ?」
もう嘘はつけない。
話すしかない……そう考えた時だった。
右からぐしゃりと音がした。
そしてボトッと何かが落ちる音。
地面に根元が白くなった人間の腕が落ちていた。
その腕の服や手は見覚えのある腕だった。
根元だけ、白く崩れて見たことの無い光景になっている。
「ああ、すまねぇ。つい力んじまって。灰にしちまった…」
男は正面に立ち、右手を見せてくる。
そこには何かを握りしめている。
指を開き、手のひらを見せてくる。
そこには白い灰が乗っていた。
はい?ハイ?灰?
右腕の感触が無い。
右肩を見る。
そこは白く染まり、崩れている。
先を見ても本来あるはずの腕は無く、空間が開いている。
「うっ…うわあああああああああああぁぁぁ!!!」
叫ぶ。
叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
腕が無い。
ありえない。
電脳世界で外傷はありえない。
それどころかこんなファンタジーなんてありえない。
「こんな所でやる気は無かったんだがな。まあ、こいつも廃棄予定だったしな。このまま灰にしちまうか…」
男は握っていた灰を投げ捨てる。
今度は額に向けて手を伸ばす。
近づく手のひらにはアルファベットのAが刻まれている。
それが近づくほどに灰色に光る。
まるでその文字から熱を発しているかのように。
その文字が額に当たるその瞬間に男と俺の間に何かが落ちる。
それは手のひらサイズのもの。
落ちた衝撃で中身が炸裂する。
光と音。
それも閃光と轟音。
急に起こった現象に黒スーツ達は目を瞑り、耳を塞ぐ。
額に手を伸ばした男も例外なく手を引っこめる。
自分も目を瞑る。
片腕無いため両耳とは言わないが片耳だけでも守ろうと手を頭に伸ばす。
しかし、その前に誰かに手を掴まれる。
目を閉じているために誰か分からない。
けれど、手の大きさから男のものでは無かった。
女性の手?
そのままどこかに引っ張られる。
はんばひきづられる形で移動する。
離れた後に遠くの方からあの男の叫び声が聞こえる。
どうやら俺がいない事に気づいたらしい。
視力が戻り始める。
そこはどこかの、路地裏。
目の前を自分の左手を引っ張って黒いフルヘルメットを被った謎の人物が進んでいく。
何か聞きたいが、自分の耳がまだ回復していない。
それに逃げている最中で声を出すのは愚の骨頂だ。
ひとまず話が出来るようになるまで歩くのに集中する。
やはり、追手は複数いたのか。
見るからにあの黒スーツとは違う勢力のようだ。
黒いフルヘルメットに黒いライダースーツ。
闇に紛れて、手を引かれていると分かっているのに見えない。
ただ、たまに街灯の明かりでスタイルだけ見える。
手の大きさとスタイルからやはり女性のようだ。
ある程度進むと袋小路へとたどり着く。
そこにあるマンホールを開けた。
俺はマンホールが開いたことに驚く。
全てがデータの電脳世界に上水道も下水道も必要ない。
だから道にあるマンホールはただのテクスチャだ。
それがある方が道っぽい。
ただ、それだけだ。
それが開き、下にハシゴが続いている。
電脳世界では初めて見た光景だった。
風の音がするが、水の音はしない。
「降りて」
ようやく女性の声を聞いた。
透き通る声。
周りが静かだとかそれを抜きにしてもよく聞こえる。
ハシゴを降りた先、そこには水路の代わりに道路があった。
先の見えない平坦な道。
そして1台の車。
浮遊機能などついてない旧式デザインの四輪駆動車だ。
「乗って」
言われ、乗ろうとするが右手が無いのに腕を動かそうとしてしまった。
それを見かねたのか女性が助手席の扉を開けてくれる。
きちんと乗り込むと扉を閉めてくれる。
扉を閉めると反対側に周り運転席の扉を開ける。
そしてフルヘルメットを外す。
すると長い黒髪が出てくる。
サラリとした髪は肩へと掛かる。
運転席に女性が乗り込む。
その顔は整った美麗な容姿だった。
感情の無い顔は一種の芸術品を思わせた。
「何?」
「い、いや…」
つい見とれてしまっていた。
吸い込まれてしまいそうなくらい美しい顔だった。
女性は何も言わずに車を走らせた。




