Abandoned
人混みをかき分けて歩く。
真夜中だというのに人の姿は多い。
寧ろ夜の方が多いと言わんばかりに人が出歩いている。
まあ、電脳世界の中でも引きこもる奴の方が少ないか。
スーツの男がタバコを吸い、バーテン服がキャッチを行う。
この景色は一世紀前には消えた文化らしい。
それがどうして復活したのかは文明の後退だろう。
電脳世界へ全てのデータは送れなかった。
ただでさえ人間のという超質量の情報をデータ化し、電脳世界へと送ったのだ。
要らないデータは消さないといけない。
最新技術は重すぎた。
だから生活様式を昭和から平成辺りへと戻さなければならなかった。
生活は昔に戻ったが平成に無かった浮遊する車や人工AIロボットはいるがな。
電脳世界の夜を出歩くのは大体3つに分けられる。
1つは今も尚仕事の奴。
夜の方が金払いの良い仕事が多い。
その分危険やきな臭さがプンプンする仕事もあるが…
それでも俺の現実に行く仕事よりは収入も希望も人気も高い。
2つ目は帰る途中の奴。
自宅で待つ者がいるのか、帰る場所があるのかは分からない。
俺もここに含まれる。
家では無いし、待っていると言えるかは分からないが。
3つ目は遊ぶ金がある奴。
左腕を出し、腕に出現する電子残高を見せびらかしながら、店へと繰り出す。
下層で働いている奴に遊ぶ金がある奴は殆どいない。
わざわざ上層から降りてきて、金を使いに来るのだ。
全く高尚な趣味なことだ。
前に蟻の話をしたが、割合を変えると新たに元の割合を保とうとするという昆虫の話。
地球から天才がいなくなった為に新たに天才が生まれた。
それにより電脳世界が出来、人類は生存出来た。
しかし、もう1つ地球から無くなったものがあった。
それは金を持った上級階級の民達。
それにより貧富の差は無くなり、全員等しく貧しい状況になった。
しかし、割合を保とうと人類には貧富の差が新たに生まれた。
この電脳世界で。
肉体から魂を解放しても人類は人類。
寧ろ金で何とでもなるせいで更に貧富の差がより苛烈に広がったらしい。
俺が生まれた時にはその差が当たり前だったから、余り気にはならないがな。
それに金で解決できるならそれに越した事は無いだろう。
この世界では才能がある奴が上に立つ。
ここでの才能は金儲けの才能のみだ。
電脳世界で技術は意味をなさない。
運動選手のデータをインストールすればホームランなど打ち放題。
芸術家のデータをインストールすれば評価される作品など作れる。
顔も生まれながらにして整っている者しかいない。
そんな世界で肉体を元にした才能なんて一銭にもならない。
だからこの世界では金を稼ぐ才能がある奴が上に立つのだ。
下につく者も金が貰えれば守りたいものが守れる。
なら、単純作業しか出来ない俺でも金を稼げることが出来、妹を養えるのだ。
考え事をしながら歩くと目的の場所へとつく。
品川区の中心からも外れたこの場所は白い建物だった。
中心の煌めきのせいで忘れがちだが、現在の時間は真夜中だ。
建物には最低限の明かりしかついていない。
左手を扉にかざす。
自分の識別コードが空中に浮遊し、データを読み取る。
認証されたのか扉が開き、エレベーターが現れる。
エレベーターに乗り込むと自動的にエレベーターは移動を開始する。
エレベーターの扉が開くと廊下では無く、1つの部屋だった。
部屋に入るとエレベーターの扉が閉まり、部屋は暗くなる。
部屋の中を進むとベッドに横たわる妹の姿があった。
目を瞑り、寝息を立てている。
部屋に入ったエイジに気がついていないように。
「アンジュ、ただいま」
当然答えはない。
しかし、エイジは帰宅を知らせ、近くの椅子に腰掛ける。
そして眠っている妹に対して今日のあった事を話し出す。
それに返答が無いことを理解しながら。
話し続けるエイジだったが、空が白んできたのを確認すると椅子から立ち上がる。
「それじゃ、いってくるよ。アンジュ」
そう言い残し、エレベーターに乗り込む。
来た順を遡るように白い建物、もとい病院を出ていく。
左手を確認し、正確な時刻を見る。
仕事の時間までもう少しある。
肉体が無いから疲労はそこまで無いが、精神的疲労はある。
仕事に行く前に椅子で一眠りするとしよう。
そうしていつもの路地裏へとエイジは歩を進める。
路地裏の椅子から現実へと渡り、人形に入る。
そしたらまたはしごを登り、仕事場で働き、金を貰う。
戻ってきて妹に会い、また仕事のために路地裏の椅子へと向かう。
それがエイジの1日のルーティンだった。
そしてこれは妹が目覚めるまでずっと続けるはずだった。
椅子で30分ほど仮眠を取る。
腕の電子時刻のアラームで起こされる。
目を覚まし、椅子に接続し、現実世界へと行く。
人形の身体に魂が満ちていく。
仕事に向かおうと立ち上がろうとする。
しかし、魂が満ちたことで理解する。
膝の上に何かが置かれていることに。
そこには1冊の本が置かれていた。
題名が無く、表紙や背表紙にも何も書かれていない。
それは重々しく、存在感を放ってそこに置かれていた。




