12. 農場と眷属
「とりあえず『眷属』を呼んで、今日の作業を始めさせておくよ」
外に出るなりそう言ったオトヨは、ログハウスの背後に広がる森に向けて指笛を鳴らした。
甲高いピューイという音があたりに響き渡る。
やたらと良い音だった。うるさくはないのに、ずっと遠くまで響くような澄んだ音色。
すぐにはなんの反応もなかった。
ただ風に揺らされた森の木々の梢が葉擦れの音を立てるだけの時間が続く。
しかし数分が経過すると、にわかに森の中が騒がしくなった。
その物音は段々とこちらに近づいてきて、やがて木々の合間からワラワラと大量のなにかが姿を現しはじめる。
「おはよーございます、あるじさま!」
「はろはろー!」
「きょーもいちにち、げんきにはたらきます!」
「おしごとのじかんだー!」
「がんばるん!」
どこか気が抜けたような声を上げてオトヨのもとに駆け寄ってくるのは、一言で表すならば『小人さん』だった。
全長はわたしの膝ぐらいの高さ。頭が大きく、手足が短く、ほぼ二頭身。ちょっと大きめのヌイグルミといった印象である。
頭はオトヨを真似たように緑色の髪を短く切りそろえており、まん丸な瞳も同じく緑色でくりっとしている。
身につけているのは白シャツに紺色のエプロン、デニム生地のパンツ、茶色い長靴。これから農作業するぞ、といった格好。
その数は軽く百を超えており、あっという間にわたしたちの周囲は彼ら(彼女ら?)で埋め尽くされてしまう。
「あれー? おーさまだ」
「お? ホントだおーさまだ」
「でもいつもよりちっちゃい」
「ちいさいおーさまだから、ちーさま?」
「おーさまの『おー』はおおきいの『おー』じゃないよ?」
「えっ」
オトヨと一緒にいるわたしに気づいた彼らは、足元にまとわりついてきたり、こちらを見上げて指差したり、手を振ってきたり。
「あっ、ウサギさまもいる!」
「ひえ~、たべられちゃう!」
「らめぇぇぇぇ」
「にげろー!」
「ひっさつ、しんだふり」
一方でウサギに対しては怯えたような反応を見せていた。
一定以上は近寄らず、彼女の周囲だけぽっかりとした空白地帯が生じる。
「はいはい。おしゃべりはそこまで」
そんな彼らに対してオトヨが手を叩きながら声を掛けると、それまでの騒がしさが消え失せて視線が彼女に集中する。
ぐるりと彼らを見回したオトヨは、わたしにはわからないなにかを確認してひとつ頷いた。
「うん、全員集合したみたいだね。じゃあ、今日も一日頑張りましょう! それぞれ持ち場にゴー!」
「あーい!」
オトヨの言葉とともに、再び彼らに騒がしさが戻る。ワーワーキャーキャー言いながら、その短い足をちょこまかと動かして農地へと駆けていく。
「…………」
その一体を、なんとなく捕獲してみた。
「お? お? どうしたの、おーさま」
目の前に持ち上げて、思ったよりも軽い彼、或いは彼女をじっくりと観察する。
こてんと首を傾げてこちらを見る瞳はぱっちりくりくりとしていて、邪気が一切ない。
顔のつくりは中性的で男の子にも女の子にも見える。
身体はもちもちというか、ぽよぽよというか、妙に癖になる不思議な弾力があった。
腕も腋も、お腹もふっくらしている。
有り体に言って――。
「か、かわいい……」
わたしの感性にどすとらいくだった。
ぷにぷに。
ぷにぷにである。
一体ぐらいお持ち帰りしたい。
「やっぱりネコはこの子らが好きなんだねぇ」
わたしが彼らの愛らしさにぷるぷる震えていると、横合いから声が掛かった。
苦笑を浮かべるオトヨだった。
「……これ、なんなの?」
「眷属。簡単に言えば、アタシたち神的存在が生みだす被造物だね。創造主によってその扱いや立場、姿形もそれぞれ異なるけど、アタシの場合は農場を世話するための部下みたいなものかな」
「おしごとがんばってます!」
オトヨの説明を聞いた眷属ちゃんは、わたしの手にぶら下げられたままびしっと敬礼のポーズを取った。
「ちなみに、テイクアウト不可だからね。気に入ったならしばらく構ってもいいけど、ちゃんとあとでリリースしておくこと」
「……残念」
少し肩を落として、眷属を胸に抱きかかえる。
やわらかい。
「あるじさまー。どうしたらよいのです?」
「ネコが満足するまで、そうやってかまわれておきな」
「はっ、あるじさまがそーいうのなら――きゃあ」
人差し指で顎の下や脇腹をこしょこしょすると、眷属ちゃんは身を捩らせてきゃらきゃらと笑い声をあげた。
癒される。
しかし、
「どれ、吾れもかまってやろうぞ」
「ひぎぃっ」
そう言ってウサギが近寄ってくると、眷属ちゃんはわたしの胸に顔を押し付けて小さく震えはじめてしまう。
その様子を見て、ウサギの口元が不満そうにへの字の形になる。
「なんでお前らはいつも吾れにそのような反応を返すのだ。別にいじめたりしておらんだろう」
「ウサギはさぁ、ちょっと属性的にこの子らっていうかアタシと相性悪いんだよね。ご覧の通りアタシの本質は農耕、生みだし育むモノだけど、アンタは真逆でしょ?」
「む……。まあ、な」
「同格のアタシならまだしも遥かに格が落ちる眷属の子らにとっては、アンタの気配はこの上なく恐ろしいものに感じるんだろうね」
ふたりの会話を聞いていて思い出すのは、ウサギと初めて会ったときのこと。
『吾れはウサギ。外では世界とか宇宙とかいろいろなものを滅ぼしまくって邪神とか呼ばれておったが、ここではただのウサギだ! ぴっちぴちのJCとかいうやつをやっておる!』
あまりに軽い調子で告げられた言葉だったのでどこまで信じていいのかわからなかったけれど、どうやらオトヨの話を聞く限りでは真っ赤な嘘というわけでもないらしい。
少なくとも、生みだすのではなくそれを壊す側だったというのは本当なのだろう。
――邪神。
今の、十代半ばぐらいの女の子の(角は生えているけれど)十分に可愛らしいと表現できる容姿や、古めかしい口調のわりには妙に軽い言動の彼女を見ていると、かつてそのような存在だったとはとても思えない。
むしろ時折薄ら寒い気配を発するサクラがそうだったと言われるほうが納得できる。
「小さき者ゆえ、というわけか」
「だね。まあ、ある程度距離をとっていれば問題ないだろうから、今のネコにはあまり近づかないほうがいいかな」
その言葉を聞いて、わたしは自分の胸の中で震える眷属ちゃんと、渋い顔のウサギを交互に見やる。
しばらく迷った末、わたしはしゃがみ込んで地面の上に眷属ちゃんをリリースした。
眷属ちゃんはきょとんとした顔でわたしを見上げる。
「おーさま?」
「……引き留めて、ごめんね。もう大丈夫。お仕事に戻っていいから」
眷属ちゃんは、判断を仰ぐようにオトヨに視線を向ける。
それを受けたオトヨは、軽く眉を上げて意外そうな顔を作った。
「ネコ、いいの?」
「……うん。この子を怖がらせるのも嫌だし、わざわざ案内してくれてるウサギを除け者にするのも、嫌だから」
眷属ちゃんのほっぺたをむにむにしながら言葉を返すと、頭上で含み笑いする声が聞こえた。
ふたり分。
「オーケー、ならアンタは持ち場に行ってよし! お仕事に励みなさい!」
「あいあい!」
オトヨの指示を受けた眷属ちゃんはその場でびしっと敬礼をすると、わたしに「ばいばいおーさま! またね!」と手を振ってトットットと走り去っていった。
しゃがみ込んだままでそれを名残惜しげに見送っていたところ、ふいにさすさすと頭を撫でられる。
ウサギだった。
「ここは礼を言っておくべきところか?」
「……べつに。わたしが嫌だっただけだし」
顔を見ないで答えると、今度は髪をわしゃわしゃにされた。
「ならば吾れも勝手に礼を言っておこう。――吾れを気遣ってくれてありがとう、ネコ」
「…………」
恥ずかしい。
抱えた膝の間に顔を埋めて、表情を隠す。
くふん、と笑う声が聞こえた。
「ほらほら、ネコ。いつまでもそんな格好してないで、そろそろ立ち上がりなよ」
「…………」
「こうやってアンタの前に立つと、おパンツ丸見えだからね」
「!!」
反射的に立ち上がる。
ワンピースをぎゅっと押さえつけて、眼前に移動していたオトヨを上目遣いで睨みつける。
そんなわたしの反応を見て、彼女は快活に笑う。
「隙だらけの体勢でいるほうが悪いんだよ。まあ、いいじゃない。パンツの一枚や二枚」
「……よくない」
「うーん、この恥じらいが残っている感じ。やっぱり女の子はこうじゃないとね。たとえ相手を同性と認識していても、やっぱりある程度の慎みは必要だよ」
わたしの咎めるような視線を軽く流して、うんうんと頷くオトヨ。
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「そのまま慎み深い乙女に成長するんだよ、ネコ」
頭を撫でられるが、その顔が「多分ムリだろうなぁ」というものだったので、どうにも納得がいかない。
「吾れがお前のことを一人前の乙女に育て上げてやるからな」
「いや、それはどうかなぁ。難しいと思うよ」
「…………」
わたしとオトヨは、胸を張ってしたり顔を見せるウサギに目を向ける。
外見は女の子だけれど、彼女のふるまいはどちらかというとやんちゃな男の子といった感じである。
乙女度はだいぶ低そうだった。
わたしがアタラクシアで会った中では、今のところサクラが一番乙女っぽい雰囲気を持っている。
本人は自分のことをおばあちゃんだと言うけれど、少女めいた顔を見せることも多い。
「ま、いずれなるようになるだろうさ。それが運命ってやつなんだから。不確定の未来も過去も、アンタを中心としてやがてはあるべき形に収束していくんだよ」
よくわからない言葉を口にして、オトヨは大きく伸びをする。
前に突き出される形となった大きな胸が、揺れる。
「というわけで、そろそろこの農地の案内をしていこうか。気になったのがあれば、その場で試食させてあげるから遠慮なく言いなよ」
――こうして、アタラクシアにおける食料庫の見学が始まったのだった。
農地には、本当にたくさんの種類の作物が育てられていた。
日本で見かける定番の野菜はほとんど揃っていたし、異世界のものと思しき作物も数多くあった。
ただ全体の割合を見ると、これもアタラクシアが地球を参考にして作られた影響なのか作物のおよそ半分は地球産のもので占められていた。
一体異世界というものがどれぐらいの数存在するのかはわからないけれど、三千世界と呼ぶほどなのだから十や二十ではきかないのだろう。
だというのにこの比率で地球産の作物が育てられているのは、参考にしたせいなのか、品種の質の問題なのか、或いはわたしが王様だからわたしに馴染みのある作物が選ばれているのか。
オトヨに訊ねてみたところ、全て合っているという答えが返ってきた。
地球を参考にしたため、その気候、地質に適した作物を育てようと思えば必然的に地球産の作物が第一の候補に挙がる。そして地球の作物は他の世界と比べても品種改良が進んでおり、高品質なのだという。
また、アタラクシアにおいて生命維持のために食べ物を必要とするのは唯一の人間であるわたしだけなので、どうしてもわたしの好みが優先されるのだそうだ。
神的存在も物を食べるが、彼らにとってのそれは必需品ではなく味を楽しむための嗜好品とのこと。
ならばどうしてこれほど多くの作物を育てているのかと問えば、第一に神的存在の中にはかなりの割合で食を楽しむ者がいること。
第二に、彼らの胃袋は底なしであるためその気になればほぼ無限に食べ続けることができること。
第三に、余った作物は半永久的に保存することも可能であり、そうでなくともサクラを通じて外の世界に売却することができ無駄にならないという理由のためらしい。
まがりなりにも神が育てた作物だからか、アタラクシア産の作物は外の世界の者にとっては万能薬にも等しい効能があるのだそうだ。
そのためかなりの高値で売ることができる。
それで得た資金で外の世界のものを買い込んでくるのも、サクラの役割のひとつであるとオトヨは言う。
なるほど、と思う。
屋敷にあった電化製品などは、もともとそうやって外の世界から持ち込まれたものなのだろう。
そんなことを話しながら時々もぎたての野菜をかじって小休止しつつ、午前の時間をフルに使って、わたしたちは広い農地を見て回ったのだった。
やがてお昼になるとログハウスに戻って、オトヨの手料理をご馳走になった。
採れたての野菜と製粉したてだという小麦粉を使い、釜でしっかりと焼き上げられた厚めの生地のピザ。
ソースは自家製で、チーズやハムなどの加工品はアタラクシアで放牧を行っている知り合いから譲ってもらったという。屋敷で使う鶏卵の出荷元もそこで、オトヨの農作物と同じく外の世界での外貨獲得にも用いられているらしい。
オトヨの手作りピザは、びっくりするぐらい美味しかった。
料理の腕というより、素材の味が段違いなのだろう。
外で薬扱いされているのも納得できる味で、むしろ、なにか怪しげなクスリでも使っているのではと疑ってしまうほどに旨味が凝縮されていた。
「う、うぅ……」
そのせいで、うっかり食べすぎてしまった。
椅子にもたれかかって、ぽっこり膨れたお腹をゆっくりとさする。
「まあ、その小さい身体であれだけパクパク食べれば、そうもなるよね」
食器を片付けて、代わりに人数分のお茶を淹れて戻ってきたオトヨが、姿勢を崩してだらしなく座るわたしを見下ろして呆れ顔を作る。
「オトヨのピザは絶品だからな、無理もない。ネコが訪れたときぐらいしか作らんから、吾れも久しぶりに食したぞ」
「アタシひとりだけだったら、わざわざここまで手間を掛けて食事を作ろうとは思わないからねぇ。収穫した作物をそのままひとつふたつ齧る程度で十分さ。アタシは食べるのではなく作る側だもの」
ウサギの言葉にそう答えたオトヨは、盆に載っていた陶器製のティーカップをそれぞれの席に並べていく。
「これでも飲んでしばらく休んでなよ。単純においしいんだけど、消化を促す効能もあるから少しは楽になると思うよ」
やっとのことで身体を起こして、カップの中を覗き込んでみる。
不純物などが一切見えない澄んだ茶色の液体だ。麦茶やウーロン茶よりずっと薄い色合い。
軽く匂いを嗅いでみるとミントに近い爽やかな香りがした。柑橘系の果実にも似ている。
初めて嗅ぐ匂いだった。
訊けば、地球には存在しない異世界産の香草を煎じたものらしい。
恐るおそる口にしてみると、味は思っていたよりも控えめだった。
わずかな甘みを感じるだけで、あとはほとんど水と変わらない。代わりに、香りが予想以上に強い。しかし決して悪いものではなかった。ツンとした若干の刺激とともに、その爽やかな香りは鼻先に抜けていく。
これは味よりも香りを楽しむ類のお茶なのだろう。
軽い酩酊感があって、スッと気分も楽になった。心なし満腹感による苦しさも和らいだような気がする。
おいしい、という感じでないが、悪くないお茶だった。
そうやってチビチビとカップに口をつけながら、結局二杯のお茶を飲み干したころである。
「あるじさまー! おーさまー! きて! きてー!」
慌てた様子の眷属ちゃんが一体、ログハウスの中に駆け込んできた。
その小さい足をチョコチョコ動かして足元までやってきた眷属ちゃんは、オトヨの裾を必死に引っ張って言う。
「へんなのがきた! へんなのがきたよ!」
「へんなの? このあたりには獣も足を踏み入れないはずだけど……まさかあの脳筋ドラゴンどもじゃないだろうね?」
不思議そうに首を傾げていたオトヨの顔が、一瞬凶悪に歪むが、わたしの視線に気づくとまるで幻であったかのように消え失せた。
……びっくりした。
「ちーがーうーよー! あるじさまじゃなくて、ぼくたちとおなじようなの! なの!」
「アンタらと?」
「とにかくきてー! きてー!」
わたしたちは顔を見合わせる。
「とりあえず行ってみようか」
そういうことになった。




