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超能力を使えるわたしが異世界に拐かされて神々の王様になる話  作者: ちょろんぞ/小野崎まち
第一部 幼年編――《ネコとウサギのダンス》
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11. 農耕神オトヨ

 サクラとの朝食を済ませて、歯磨きをして(日本のスーパーで売ってそうな普通の歯ブラシだった。たぶん、外の世界の市販品)、夢見が悪かったせいでかいた寝汗を流すためにお風呂に入り、新しい下着に足を通し、白ワンピースを身にまとう。

 ちなみに着替えは、わたしの寝室の隣部屋に一式揃えられていた。

 昨日今日で運び込まれたのか、元からそこにあったのか、和箪笥と洋箪笥、それに帽子掛けがひとつずつ。

 和箪笥のほうの引き出しを開ければ白襦袢と帯と下着が隙間なく敷き詰められていて、洋箪笥には昨日着たのとまったく同じサイズ、デザインのワンピースが端から端までずらりと吊り下げられていた。

 なんとなく偏執的なものを感じてやや気圧されるも、まあ着替えが多いに越したことはないだろうと自分を納得させる(たとえその全てが寸分違わず同じ服だったとしても、きっと些細な問題にちがいない)。

 

 装いを一新してお風呂から戻ったわたしは、衣裳部屋へ寄る。帽子掛けに引っ掛けられていた麦わら帽子(兎の缶バッジつき)を摑んで、足早に居間へ向かう。

 ちゃぶ台に座ったサクラの前を横切り、台所へ。冷蔵庫の扉を開けて中からアイスを一本取り出すと、またサクラの前を通って縁側に出た。

 端に腰を下ろす。

 昨日と同じように空を見上げて足をぶらぶらさせながら、ソーダ味のアイスをガリガリと食していく。


「……あらあら」


 居間のちゃぶ台に頬杖をついたサクラが、そんなわたしをニマニマしながら眺めていることには気づいていたが、無視する。

 

「ずいぶんとまあ、ソワソワしちゃって」

「……(ガリガリ)」

「まだ日も高くなっていないっていうのにねえ」

「…………(ガリガリ)」

「あら、あれはもしかして」

「……!」

「ただの鳥だったみたいねえ」

「ッ(ガリガリガリガリッ)」 

 

 そんなふうにからかわれているうちに、一本目のアイスを食べ終わる。

 二本目に手を出すかどうか。

 口に咥えた棒をぷらぷらさせながら考えていると、不意に大きな羽ばたきの音が聞こえて、わたしは勢いよくぴょんと立ち上がった。

 空を仰ぐ。


 見覚えのある一対の黒翼が目に入った。

 鳥のふさふさした羽ではなく、前に図鑑で見たことがある翼竜のものに似た皮膜のような翼。

 それが屋敷の上空を旋回していた。

 じっと見上げていると、やがてその翼が閉じられる。

 いまだ地面までかなりの高さがあるというのに。

 翼を失った主はスカイダイバーのように手足を広げて落下してきていたが、やがて地面に近づくと体勢を変えた。膝を抱えて丸まるとぐるぐる回転しはじめたのだ。そうして、そのまま落ちてくる。


 ――数秒後、翼の主は庭のど真ん中に「しゅたっ」と自分で音を口にしながら、着地した。

 あれだけの高さから落ちてきたというのに、衝撃はほとんど感じられなかった。

 実に軽やかな着地だった。

 両手を真横に伸ばして決めポーズを取っていた彼女――ウサギはしばらくそのまま微動だにせず沈黙していたが、やがて曲げていた膝を戻し、ゆっくりと立ち上がる。


「ネコよ、吾れが来てやったぞ」

 

 腰に手を当てた彼女は、お決まりの得意顔でくふふんと笑うと、その慎ましい胸を張った。

 いそいそと靴を履いて立ち上がったわたしは、麦わら帽子を摑んで彼女のもとに小走りで駆け寄る。


「準備は万端のようだな」

「……うん」


 こちらの格好を見て頷くウサギに、わたしも頷き返す。


「……あの」

「うん?」

「昨日は、寝ちゃって、その……ごめんなさい」


 彼女を見上げてそう言うと、きょとんと目を丸くする。

 けれどすぐに得心したようにポンと手を叩いた。


「気にするな。まだお前の身体はこの世界に馴染んでおらんのだろう? 初日から少々無理をさせすぎたかと、吾れのほうこそ反省しておったところよ」

 

 昨日サクラが言っていた通り、ウサギはまったく気にしていないようだった。

 ぽむぽむと頭の上に手を乗せてきたせいでズレた帽子を直しながら、ホッと安堵する。


「サクラ! ではネコを連れてゆくぞ」


 ウサギが屋敷の中に声を掛けると、居間に座ったままのサクラから「わかっているでしょうけど、日が暮れる前には送り届けなさいよ」という答えが返ってくる。


「わかっておるとも」

「それから今日はオトヨのところにいくのでしょう? だったら昼食は彼女に用意してもらいなさい」

「おうおう。了解したぞ」


 そう返事したウサギは昨日と同じようにわたしの背後に移動すると、お腹に手を回してぐいっと持ち上げた。

 

「……あの、ゆっくりね。ゆっくりだからね」

「わかっておる」

「昨日みたいに、ばびゅーんっていうのはダメだからね」

「うむうむ」


 本当にわかっているのか怪しい返事をして、ウサギは翼を広げる。


「――ネコ」


 わたしが不安にドキドキしていると、屋敷の中から声が掛かった。

 サクラが、微笑んでわたしを見ていた。


「いってらっしゃい」


 その言葉に、


「いって、きます」


 ムズムズする気持ちになりながらも挨拶を返して。

  

「では、ゆくぞ!」


 ばびゅーんと、わたしとネコは空に飛び上がったのだった。








「……! ……!! ッ!」

「だからすまんと言っておるだろうが」

「……!! ……!」

「いやだってな。吾れは知っておるのだぞ。ああいうのを『フリ』というのだろう?」

「ちがうよばかぁ!」


 拳を握って叩こうとするけれど、帽子越しに頭をガシッと正面から摑まれてそれ以上近づけない。

 腕が届かず、わたしの振り回した手はむなしく空をきった。

 

「ゆっくりって、言ったのに! 飛び上がるときも急だったし、飛んでる最中も曲芸飛行みたいなことして!」

「二回目だからもう慣れただろうと思ってな。それに喜んでおったろう?」

「悲鳴だよ! ばっかじゃないの!?」

「そいつはすまんかった。うっかり聞き間違えたようだな。うっかりうっかり」


 くふっと、ウサギは笑う。

 白々しいとはこのことか。どう見てもわざとだった。


「ぐぬぬぬ……!」


 ぶつけたい言葉はもっとたくさんあったが、これ以上はなにを言っても無駄そうだった。

 大きく息を吸って、吐いて、それを何度も繰り返して自分の中の怒り(半分以上は醜態を晒した恥ずかしさだったけれど)を静める。

 しばらくしてわたしが大人しくなったのを確認したウサギは、今のやり取りでズレてしまったわたしの麦わら帽子の位置を整えると、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。

 

「しかし真面目な話、いずれはお前も空をひとりで飛べるようにならんといかぬからなぁ。早めに慣れておいたほうがよいぞ?」

「……わたし、飛べないよ?」

「今はな。そのうち力が馴染めば自在に飛べるようになる。それに今のお前でもその類の道具を使えば可能だろうよ」

「…………」

「いつまでも吾れが抱きかかえて飛ぶわけにもいかんからな」


 わたしも、自分の意思で飛べるようになるのであればそのほうがずっといい。

 他人に身を任せるしかない、自分でコントロールできない状況で高所を飛ぶということが、余計に恐怖を煽るのだ。

 自在に操ることができるのならもう少しマシになるだろう。

  

「まあ、よい。それよりも今はさっさとオトヨのところに向かうぞ」

「オトヨ?」

「うむ。ここら一帯の主、外では農耕神と呼ばれていたらしい神的存在だ」


 言ってウサギが指し示したのは、わたしたちの周囲に広がる――田園風景。

 野菜らしきものが見事な葉をつけている畑。水が引かれた青々とした穂をつける稲田。地に垂れた黄金の穂が一面に実る麦畑。

 その他にも、見たことがない形の葉や実を生らす様々な田畑がずっと遠くまで続いている。

 

 屋敷のある《玉座》より西に広がる平原地帯の三分の一ほどを占める大規模農耕地。

 その端にわたしたちは降り立っていた。


 あちらの世界では都会に近い地域に住んでいたわたしは、このように広大な田園風景というものを生で目にしたことはなかった。

 テレビ越しに映像で見たことはあったけれど、こうして実際に目の当たりにするのとは迫力が段違いだった。

 作物が大地を埋め尽くす光景というのは、いざ目の前にするとひどく圧倒されるものがある。


「ネコよ、あやつの家はうしろだ」


 ほーっと眼前の光景を眺めていたわたしは、ウサギに促されて後ろを振り返る。

 ここから少し離れた場所に、森を背に負う形で一軒の家が建っていた。

 丸太を何本も積み上げ、組み合わせて作られた小じんまりとしたログハウス。

 近くには小川が流れており、そこには水車小屋らしきものがあって、小屋の外側に設置された水車が今も川の流れを受けてゆっくりと回転していた。


「ゆくぞ。午前中はここで過ごす予定だ」


 ログハウスに向かって歩きだしたウサギのあとをついていく。


「その、オトヨってひとはどんなひと?」

「ふむ。まあ、悪いやつではないぞ。大雑把というか大らかというか、細かいことを気にしないやつだからそう緊張せずともよい」

「……べつに、そんなのしてないけど」


 帽子のつばをさげて、表情を隠す。


「くふん。ならばいいのだがなぁ」

「…………」


 お見通しだとでも言いたげな声に、イラッとしたわたしはすぐそばの彼女の脇腹を人差し指でツンと突いた。


「くふんっ!?」


 背筋を反らして甲高い声を漏らしたウサギは、すぐにジトッとした目をこちらに向けてきたけれど、わたしは顔を逸らして視線を合わせなかった。

 小さく息を吐く音がしたあと、無言のまま、また頭をぽんぽんされる。

 大人な対応をされたというか必要以上に子供扱いされた気分になってなんとなく癪だったけれど、とりあえず反抗はしないでおく。

 頭を撫でられたり、ぽんぽんされるのは、嫌いではない。


「オトヨ、おるか?」


 やがてログハウスの玄関前に辿り着いたウサギは、声を掛けて扉の戸を軽く叩いた。

 しばらく待っていると、「はいはーい」という声が返ってきて、扉が内側から開かれる。


「ありゃりゃ、ウサギじゃん。どしたのさ?」


 姿を現したのは二十代前半ぐらいの、緑髪をショートカットにした緑眼の女性だった。

 背が高い。まさに見上げるような背丈。

 オレンジ色のツナギを身につけているが上半身は脱いで、両袖を腰のあたりで結んで固定している。

 そのため腰から上はTシャツ姿で、それは胸部の内側に秘められた圧倒的なヴォリュームによりパツンパツンになっていた。

 こちらも、大きい。

 下手をすれば昨夜目にしたサクラのそれよりも大きいかもしれない。


「アンタがアタシのところに来るのって珍しいけど……って」


 ウサギに話しかけていた彼女の視線がふいに下げられて、腰のあたりにひっついていたわたしを捉える。

 その眼が、大きく見開かれた。


「ありゃりゃりゃりゃー? この子はもしかしてもしかすると……ネコ?」

「うむ。一昨日にやってきたようだぞ」

「へーえ。それじゃアタシとは初めましてになるわけだね」


 そう言った彼女はしゃがみ込んでわたしと視線を合わせると、にこっと笑う。


「アタシはオトヨだよ。ここで好き勝手に農作物を育ててる」

「ネコ、です。……よろしく」


 帽子を脱いで言葉少なに挨拶を返すと、彼女――オトヨの笑みが大きくなった。

 ニコニコと満面の笑みで、じっと見つめ返してくる。

 あんまり見てくるものだから、恥ずかしくなってわたしはすっと視線を逸らした。


「なにこれ! めちゃんこ可愛い!」


 黄色い声が上がって、髪の毛をわしゃわしゃされる。

 ついでに抱き寄せられて、その豊満な胸に顔が沈む。


「このネコ、『なに気安く見てるの。拝謁料とるよ』とか『またその胸おっきくなってない?』とか言っておっぱいをひっぱたいてきたりしない! すごい! なんかいろいろ染まる前って感じ! アタシの色に染めたい!」


 わたしには理解できないことを口走るオトヨ。

 まったくもってわたしには意味が伝わらない。

 そんなこと言うひと、わたし知らないし。

 あと最後の一言に背筋がぞわっとした。


「おうおう、そこまでにせよ。お前のその無駄にでかい乳でネコが窒息してしまうではないか」


 ウサギに首根っこを掴まれて、わたしはオトヨの胸の中から救出される。


「それよりもオトヨよ。今日はこやつにアタラクシアを案内する一環として来たのだ。農場を見て回りながら、いろいろと説明してやってくれんか」

「おっ、そういうことならアタシにお任せだよ!」


 引き剥がされて名残り惜しそうにしていた彼女は、ウサギの言葉を聞くと立ち上がり、自分の胸をドンと叩いた。

 

「ちょうどこれから作業を始めようとしていたところだったんだ。しっかり説明するから、ゆっくりしていってよ」


 そんな彼女を見上げて、わたしは思う。

 真下からだと、胸が邪魔して顔が見えない。

 

 おっきすぎる。


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