13. ミヤルラヘイオン
「一本だけ! 一本だけって言ってるだろうが! ケチくせぇこと言うなや! こんだけたくさん生えてるんだから一本ぐらいなくなったって気づきやしねえっつってんだろ!」
「ダメー! ダメダメー! これはみんなあるじさまのものなんだから、かってにだれかにあげちゃダメなんだよ!」
「そうだよ! だからめーなの! めー!」
「おこられちゃうー!」
「てやんでぇべらぼうめが! あいつらを恐れてこのアタラクシアで生きていけるかってんだ! いいからこのトウモロコシを寄越せってんだ! あっしはもう丸一日なにも食べてないんだぞ!」
「えー? べつにぼくたち、しょくじしなくてもしなないよ?」
「かーっ! これだからてめえらみたいな主体性のない量産型の木っ端眷属どもはダメなんだ! 生き死にの問題じゃねえんだよ! この生をより豊かにするために食は必要不可欠な要素なんだよ! それをわかってねぇヤツらが多すぎる!」
「よくわからんちんー」
その惨状を見て最初に思ったのは、「……なにこれ?」だった。
騒ぎはトウモロコシ畑の一画で起きていた。
複数の眷属ちゃんに取りつかれつつも、それを振り切って畑から作物を持っていこうとしている彼らとよく似た姿をしたモノ。
一瞬、オトヨの眷属ちゃんの一体かと思ったが、すぐにそれがまちがいだと知る。
わたしの膝ぐらいの体長で、全体的にふっくらもちもちしている点は同じである。
しかしそのデザインというかカラーリングが異なっていた。
まずその短髪が虹色である。光の反射や見る角度によって様々に色が変わる不思議な色彩。
対して瞳の色は黒。やたらと目つきが悪い上に、死んだ魚の眼とかドブ川みたいに濁っている。
次に服装。オトヨの眷属ちゃんは白シャツにエプロン、デニムパンツ、長靴だが、その眷属(偽)は素肌にオーバーオール一枚だけという格好で靴さえも履いていない。
そしてその背中にはまるで玩具のような、小さな白い羽が一対くっついていた。
正確には身体から直接生えているわけではなく、わずかな隙間を開けて身体の動きに追随するように浮いている。
また犬の尻尾のように感情に反応するのか、眷属(偽)がやたらと汚い罵声をとばすたびに連動してピコピコと動いていた。
「ありゃりゃ。これ、なんの騒ぎよ?」
畑からトウモロコシを引き抜こうとする眷属(偽)と、それを左右背後から引っ張り止めようとする眷属ちゃんズ。
そんな彼らに呆れ顔のオトヨが声を掛けると、全員がぴたりと動きを止めた。
シン、と静まり返る。
その静止した空間の中、騒ぎの中心であった存在――眷属(偽)が、ギギギと油の切れた機械のような動きでこちらを振り返った。そしてオトヨの姿を視界に入れた途端、その顔色が一変する。
「こ、これはこれはオトヨさまでございやせんか! どどど、どうされましたかね! へ、へへへ……!」
摑んでいたトウモロコシから手を離すと、コマ送りのような素早さでオトヨのもとに駆け寄り、眷属(偽)は卑屈な笑みを浮かべて彼女を見上げる。
そこには先ほどまでの傍若無人な様子は微塵も存在していなかった。
いっそ感心してしまうほどの変わり身。見事な胡麻擂りだった。
「……アンタ、もしかして『セイ』のところの眷属?」
眷属(偽)をしばらく無言で見下ろしていたオトヨは、やがて口を開くとそう問いかけた。
「!! わ、わたくしめのごときしがない眷属をご存知でしたか? さすがはオトヨさまでございやすなぁ……! 博識でいらっしゃる! へへ、いかにも、あっしは精霊湖に居を構える精霊神たる、セイ母上さまの眷属にございまする! 」
「あー……なるほど。珍しく眷属を生みだしたかと思えば、それがとんでもない問題児だったって噂は本当だったんだねぇ」
全力でヨイショしてくる眷属(偽)を見つめて、オトヨはしみじみと頷く。
彼女の言葉にウサギもなにかを思い出したのか、ぽんと手を叩く。
「吾れも聞いたことがあるな。あやつ、ダメな子ほど可愛がるタイプの女だからな、唯一の眷属がこうなるのも推して知るべしというところか」
「や、やややや!? こちらはもしや、アタラクシア最強の一画と名高いウサギさまじゃありませんか!?」
ウサギに視線を移した眷属(偽)が、またもや大仰で演技臭い驚きの声をあげた。
そしてさらにその目がわたしに向けられると――「どっひゃあ~!」と飛び上がって背中の羽をパタパタ激しく前後させた。
「なんと! まさか! こ、ここここの稚くもすでに美の化身にして最強無敵の王者たる片鱗を漂わせる高貴で美麗なオーラをまとった方は……まさしくアタラクシアの頂点! 唯一にして絶対なる王! キングオブアタラクシア! 世界の中心! ネコさまではありませんか!?」
腰が砕けたと言わんばかりの大げさな仕草でぺたんと尻もちをついて、眷属(偽)はわたしを呆然と見上げる。
「……この太陽の輝きのごとく眩いお三方を前にしては、あっしなど塵芥のごとくでありますなぁ。お目汚しここに極まるというか、恥ずかしくてとても姿を晒せたものではありやせん。へへへへ……そういうわけですので、あっしはここで、ちょいと失礼しやすね」
そう言うなり眷属(偽)の背中の羽が小刻みに動いて、尻もちをついた姿勢のままその身体がふよふよと宙に浮く。
そしてこの場から去って行こうとして――わたしはガッとその首根っこを摑んで捕まえた。
「えっ。……あの、ネコ、さま?」
「…………」
驚く眷属(偽)を眼前に持ってきて、間近でその腐りきった瞳をじっと見つめる。
眷属(偽)はわたしと視線を合わせようとはせずキョドキョド視線を左右に動かして、その顔からダラダラと汗を流しはじめた。
「あの、その、離して、いや、べつに嫌なわけではないのですがね、ちょっと、その、困るかなぁって。あっしのごときゴミなんてネコさまの視界に入れる価値もないというか、だから、えっと、解放してほしいかなぁって、思ったり」
「…………」
「というかアンタ、ウチの作物盗んで行こうとしたでしょうが」
「そうだそうだー! あるじさま、いってやってー!」
「ま、ままままさか! あっしがそのような無礼千万、まさに神をも恐れぬ所業をするはずありやせんよ!」
「よくあの決定的場面を目撃されて誤魔化そうという気になるねぇ。そういうところ、逆に感心――」
「……かわいい」
わたしが思わずぽつりと言葉を漏らした瞬間、周囲の空気が凍りついたような気がした。
その場にいた全員(眷属ちゃんたちさえ含む)の視線がわたしに集中する。
「……ネコよ。すまんが、今なんと言ったのだ? どうも聞き違えたようでな、もう一度言ってみてはくれんか?」
耳を軽く叩いたウサギが神妙な顔をして言ってきたので、不思議に思いながらわたしはもう一度繰り返した。
「かわいい」
「……んん。それは、なにを指しておるのだ?」
「この子」
目の前で吊られた眷属(偽)の頬をツンツンと指で突く。
わたしの言葉を聞いてその場の全員が、マジかよという顔になった(なぜか眷属《偽》当人も)。
「ちなみに訊くけどさ、どういうところが?」
「ダメっぽそうなところぜんぶ」
うわぁ、精霊神だけじゃなくこいつもかよ、と言いたげな様子のオトヨとウサギに、わたしは口を尖らせる。
まるでこちらの趣味が悪いみたいな反応だ。
失敬な。こんなにもかわいいのに。
「……わぷっ」
眷属(偽)の身体を胸に抱きかかえて、ぎゅっと力を込める。
そんなわたしを見て、ウサギの顔が真剣なものになった。
こちらの肩の上に両手を乗せて、言う。
「よいか、ネコよ。もしも将来好きな男子が――まあ、女子でもよいが――できたら、良い関係になる前に必ず吾れかサクラに教えるのだぞ」
「……なんで?」
「お前のためだ! よいか、絶対だからな!」
「…………」
理由は不明だが、とりあえず頷いておく。
実行に移すかどうかはわからないけれど。
……恥ずかしいし。
「……あの、ネコさま?」
胸の中から声が聞こえて、わたしは視線を落とす。
眷属(偽)の子が戸惑ったような目でわたしを見上げていた。
そんなところをもかわいいな、と顎の下をくすぐったりしてかまう。
「へ、へへぇ!? ふ、ふひひっ」
「……そういえば、あなたのお名前はなんていうの?」
「ひへぇ? あ、あっしの名ですか? あっしはミヤルラヘイオンと申しやす」
ふと思いついた問いに、そんな答えが返ってきた。
ミヤル……長い上に覚えにくい。
「短縮してミャーでいい?」
「へ、へい、ネコさまのお好きなように呼んでくだされば」
「男の子? 女の子?」
「基本的に眷属に性別はありやせんよ、ネコさま」
「……じゃあ、なんとなく男の子っぽい雰囲気だから、ミャーくんって呼ぶね」
「へ、へい、あっしは構いませんが……あふん!」
脇腹のあたりを突くと、身体をのけぞらして鳴き声を上げる。
「あっ、ちょっ」
その後も身体の敏感そうなところを突くと、ミャーくんはその度によく鳴いた。
おかげで、ついつい夢中になってしまった。
気づけば彼はわたしの胸の中でぐったりして動かなくなっていた。
「…………」
気まずくなってそっと地面に寝かすと、息を荒げた彼は死んだ魚のような虚ろな目を宙に向けて、時折その身体をビクッビクッと痙攣させる。
声を掛けても反応がない。
助けを求めるようにウサギとオトヨを見上げるが、ふたりは呆れたように首を横に振るだけだった。
「ネコよ、そやつをどうするつもりだ?」
「……一緒に連れていっちゃ、ダメ?」
「構わんが……本当に気に入ったのか?」
疑わしげに訊いてきたウサギに頷きを返す。
すると彼女は、大きな溜め息を吐いた。
「節操がないというか、無頓着というか……世における善悪美醜に囚われぬ精神性は、アタラクシアに馴染む前からのものであったか。良くも悪くも器の大きなやつよな」
「……べつに、普通だし」
わたしの言葉に、ウサギはくふんと笑う。
「普通なものかよ、ネコ。お前がこうして吾れらとともに過ごしているということが、それを証明しておる。唯人であれば、吾れのごときモノやサクラのような恐ろしきものと関わろうとはせんだろうよ」
彼女の言っていることは、よくわからない。
たしかに彼女たちは人ではなく神様のようなモノで、その内に秘めた力も人間とは桁違いだ。
その片鱗を感じて身を竦ませたこともある。
けれど、それでも彼女たちの心は人のそれからかけ離れているわけではなかった。
会話が通じる。触れ合うことができる。思い、思われることができる。
そしてなにより。
わたしを見てくれる。わたしを気にかけてくれる。
――わたしの存在を、否定せずに、受け入れてくれる。
それでどうして関わりを断とうとするだろうか。
「お前にとっては至極当然のことでも、他者にとってはそうでないということはこの世にいくらでもある。いずれ、わかるだろうよ」
その言葉の意味は、やっぱり、いまのわたしには理解できなかった。
――それから。
正気を取り戻したミャーくんを連れて、わたしとウサギは次の場所に移動した。
農場の次にウサギが案内したのは、人型の犬(狼?)のような外見の神的存在が管理している放牧場だった。
見た目は強面だったが、実際に話してみると気さくなお兄さんという感じで、快く場内を案内してくれた。
もっとも、管理とは言うが実際は囲いを作ってその中で自由にさせているだけで、これといって世話をしているわけではないらしい。放牧場内の動物とは外敵から守護する代わりに乳や卵を頂く契約を交わしているとかなんとか。
そうやって彼の説明を受けながら搾りたての牛乳やチーズなどの加工品をご馳走になったわたしたちは(ミャーくんは涙を流しながら喜び貪っていた)、やがて日が落ちるころに放牧場をあとにした。
帰途につくなか、ウサギに抱かれて空を飛ぶわたしの胸には、一体の眷属の姿があった。
「いいわよ」
屋敷に戻るなり、わたしはサクラにミャーくんを屋敷で暮らさせてもいいかと問うた。
それに対する答えが、先のあっさりとした言葉だった。
こちらが呆気に取られるほど簡単に許可を出したサクラは、ちゃぶ台を挟んだ向かい側で、わたしが胸に抱えるミャーくんに興味なさげな視線を向けている。
ちなみに、ミャーくんもこの提案には乗り気だった。
彼は生みの親であるセイという精霊神のもとを数ヶ月前に巣立っており(本人の言によると『諸般の事情があって』とのこと)、以来ずっと新たなる安住の地を求めてアタラクシア各地を放浪していたそうだ。
だからアタラクシアの王であるわたしの屋敷においてくれるなら、是非ともお願いしたいとのことだった(なお、その際『これで強大な後ろ盾が……』『王様がバックにいれば好き勝手できる……げっへへへ』という言葉が聞こえたけれどとりあえず聞こえないふりをしておいた)。
「おい、よいのかサクラ。こやつ、ネコの教育に悪そうなのだが」
ウサギがあっさりと許可を出したサクラに問いかけると、それまで私の膝の上で「ふへへへ」と悪い顔で含み笑いをしていたミャーくんが慌て出した。
「な、なにをおっしゃいますウサギさま! あっしほど人畜無害という言葉が相応しい存在はこのアタラクシアのどこを探してもいやしませんぜ! まるで品行方正が服を着て歩いている眷属だといわれているぐらいですからなぁ! へへへ……!」
「……ほぉう」
卑屈な笑みで手を高速ですり合わせていたミャーくんは、隣に座ったウサギにひどく冷たい目で一瞥されると、「ひぃっ」と悲鳴を上げて身を強張らせた。
わたしの服をつかんで縋り付いてくる。
「ももも、申し訳ございやせん! 嘘です! 見栄を張りました! あっしなんてゴミクズです! クソの役にも立たねぇ穀潰しでございやす! だからなにとぞ、なにとぞお怒りをお静めくださいませぇぇぇ!」
……かわいい。
他者に簡単に見透かされる非常に浅い魂胆でひとり悦に入っていたり、それが露呈した途端に態度を一変させて媚びへつらいはじめたり、最終的に涙目で情けない姿を晒しているところも、かなりポイントが高いと思う。
まだ出会ったばかりだけれど、ミャーくんにはこういう姿が本当によく似合っている。
わたしは彼を安心させるようにぎゅっと抱きしめた。
「おふっ、あの、ネコさま、ちょっと力、強いかなーってあっし思うんですけど――あ、これ聞こえてないやつッスね。ぐふっ」
そんなわたしたちを見て、ウサギは溜め息を吐く。
対してサクラはこれといった反応は見せなかった。
「見ての通りだが、本当によいのか」
「大丈夫でしょう。これも、この屋敷でふざけたことをしたら冗談で済まないことはよく理解しているでしょうし。……ねえ?」
ミャーくんに向けられたサクラが瞳が、冷えた。
「ひぎぃ……!」
気配を感じたのか、わたしのお腹に顔を埋めたままのミャーくんの背中の羽がピンと逆立って硬直する。
「も、ももももちろんございやすサクラさま! 決して、決してこのお屋敷にいる間はふざけたことはしませんとも! ですから、ど、どうかこの剣呑な気配をお収めくださいませ! 死んじゃう! あっしみたいな木っ端眷属、このプレッシャーだけで消し飛んじゃうぅぅぅぅ!」
そのあまりの怯えようにサクラへジト目を向けるが、彼女はそれでもしばらく剣呑な目つきでミャーくんを見続け、十秒ほど経過したあとでようやく視線を外した。
軽く鼻を鳴らす。
「脅しはこの程度で十分でしょう。あとはネコ、あなたがきちんと躾けなさい」
「……うん」
「甘やかすだけでも抑えつけるだけでも、躾はうまくいかないわ。要はそのバランスよ。そこに気をつけて面倒をみなさい。これもアタラクシアの王としての振る舞いを身に着けるために多少なりと役に立つでしょう」
サクラに頷いて、次いで隣のウサギを見上げる。
わたしの視線に気づいた彼女は、やれやれといったように肩を竦めた。
「お前の好きにするといい。もともと吾れがどうこう言える話でもなかったからな」
「……うん」
「まあ、困ったことがあれば吾れに相談せよ。話ぐらいは聞いてやろう」
「…………うん」
こうして、わたしとサクラの暮らす屋敷に、新たな住人が加わることになった。
アタラクシアにおける二大水源のひとつ、精霊湖に居を構える精霊神の唯一の眷属、ミヤルラヘイオン。
ミャーくんである。




