第三十話 <無双 その1>
セイジは、イングリアンの20隻の艦隊、その旗艦に乗り、チーヤイへ向かった。
もちろん、セイジは『乗せてくれ』、とは言っている。
『もし乗せたくないなら、そう言ってくれ』
とも言っている。
『以後、イングリアンとチーヤイの関係も大きく変わる。チーヤイが残るかどうかなど知らん。それに反対したいなら、あるいはチーヤイに味方したいなら、遠慮なく言ってくれ。』
ただ、その恐ろしい目と、その裏の意味が分からないぐらいなら、女王はすぐに王座を降りた方がいい。
並みの人間なら、この場を取り繕って逃げるのが選択肢だろう。だが、逃げたところで議会にどう説明するのか。この者を見て、知って、その恐ろしさを一片でも感じることが出来たのは、女王だけなのだ。魔道水晶すら突き抜けて、相手の命すら奪えるなど、誰が信じられるものか。
「ふむ・・・・・・」
少なくとも、この時の女王はにんまりとした笑顔を浮かべていた。心中はどうあれ、確かに『剛毛の心臓』と呼ばれるだけはある。
「おもしろいわえ、思う存分やればよい。わらわが、他国同士の争いなど知ったことではないのでなぁ。」
ふわりと、手の扇をあおる。
「チーヤイがつぶれようがどうしようが、わらわのイングリアンに何ほどのこともないゆえのぅ。」
ようやく、セイジのきつい目の色が緩んだ。
『そうおっしゃってくださいますか。ならば、以後の権利や交渉はイングリアンに任せる事、よろしゅうございますね。』
話の後半は、公王への言葉である。
『仕方あるまい』
と、公王はため息をつきながらつぶやいた。もはや両国の王の権威も形無しだが、この場の主導権というか、絶対的な権利はセイジにあると言っていい。
女王は『無礼の詫びじゃ』ということにして、セイジたちを軍艦に乗せている。
『乗せたくないなら、全部ぶんどる』と、あの目が言っていた。
そんな目にあわされたら、イングリアンの国名は地に堕ちる。
同時に、あぶられるような強い興味にも煽られていた。この少年が、チーヤイにいったい何を成すのか、何をしでかすのか。イングリアンすら動かざる得ない大精霊を使う女を妻とし、女王の目にすら判別不能なこれは、いったい何なのか。
イーラとハイネもついてきていた。
ディリエルはお腹の赤子と家を守り、それをさらにキアナがしっかりサポートしている。
普通なら、船に乗ればもはやどんな強い者でも、船長には逆らえないはずだが、今回ばかりは船長が脂汗を流している。かじ取りも船員たちも、悲鳴を必死に抑えていた。
船が、風も無いのに最高速度20行程を超える速度で進んでいるのだ。
舳先に黒髪の美女が立った瞬間から。
<はああいぃねえぇぇぇぇぇ、こおおのおおぐうらあいでえぇぇいーーーーいーーーー?>
「ありがとう、ホエール、丁度いいわ」
艶のある黒い絹に、濃い紫の縫い取りを入れた長袖のロングドレスがわずかにひらめく。
妖しく艶めく黒髪を潮風になびかせ、首筋の白さが、そのたびに際立つ。
激しく揺れる舳先で、まるで大地を踏んでいるかのような微動だにしない姿は、だれもが恐怖すら覚えた。
船員たちには彼女のつぶやきは聞こえないが、海の神のようなこの女性には、たとえ船長の命令があったとしても絶対に逆らうまい。彼らは骨の髄まで船乗りであり、海の恐怖はそれこそ魂に焼き付けている。海に逆らう愚か者は、船乗りには一人もいない。
おねむのグリは、ハイネの腕の中であくびをした。揺れないように彼女の足元を鎮めているのは、もちろんこの緑の少女である。そのおかげで、どれほど揺れようと、ハイネは大地に立っているに等しい。
旗艦が最後尾にあり、前をVの字型にほかの戦艦が並んで航行している。
「旗艦の後ろには、絶対に来ないようにしてください。責任は持てませんので」
セイジの言葉に誰もが首をかしげたが、夜に旗艦の後ろで恐ろしく巨大な光が広がり、雲とも霧ともつかないものがはるか天空まで立ち上り、月すらも隠した。全員の背中の毛が逆立った。
チーヤイ最大の港、カイジャンまで2行程の位置で艦隊を止め、高速船でイングリアンの使者がチーヤイ王都、ペンギンに送られた。さすがにイングリアンの使者では、チーヤイの帝王と言えど切り捨てを命じるわけにはいかない。
「な、なんだぁとおおおおおおおおっ!」
激怒した帝王の声が王座の間に響く。
「これからダレルブレアンの断罪の使者がくる。『無礼の限りを尽くしたチーヤイは、帝王自ら面縛(目隠しして後ろ手に自分を縛って謝罪の姿勢を取る事)し、無腰で、罪を詫びる姿勢をダレルブレアンの使者に見せて土下座して謝るように。』とのことだ」
「イングリアンのくそがああっ、ふざけるなあっ!!」
薄っぺらで(その分軽い)大型の剣を抜いて、今にもイングリアンの使者を切り捨てようといきり立つが、周りの者が必死に止めた。これでイングリアンまで怒らせたら、またボコボコにされてしまう。
もともとチーヤイは、いやこの地方の過去において、ごくまれに暴力と部族の略奪で勢力を最大にした人間が帝王を名乗り、勝手に国を作ってやりたい放題に税を絞り上げて贅沢の限りを尽くすことがある。ほぼ例外なく初代が贅沢病で早死にし、2代目で国が亡ぶ。また時間がたつと、各地で争いが起こり、同じことを飽きもせずくりかえしている。
チーヤイもまさに2代目で、礼儀作法はおろか、文化のぶの字も知らない野蛮人そのままに育った脂肪ぶよぶよのメタボ青年20歳である。これで4000年に及ぶ歴史とその名誉ある王朝だと言い張り、各地で内乱、ろくな治水もしないので、洪水や飢饉で税も上がらず、これまで通りに滅びる寸前まで来ていた。何が何でもどこか適当な国から、金を奪い取って国庫を満たさないと、兵隊すら養えなくなる。
「お静まりください、イングリアンは無礼なダレルブレアンの伝言に来ただけでございますうっ」
「お怒りはダレルブレアンに、イングリアンに刃を向けるのはまずうございますうっ」
周りはわあわあ言いながら、必死にシュウ・コンペイ帝王を抑えた。
というか、イングリアンの使者は、周りに最新式の銃砲隊を数十人連れていて、シュウが切りかかれば遠慮なくハチの巣にする予定であった。何しろ、シュウは帝王としてだれも逆らわない、抵抗しない、謝らないでいい、という勝手放題の絶対者であったため、剣を振り上げたら自分が撃ち殺されるなど欠片も思っていなかった。子供がモンスターに向かって棒きれを振り上げたようなものだ。だが周りは巻き込まれたら、自分たちもこの醜い帝王と並んでハチの巣にされてしまう。
「以上、伝言は述べたぞ。帝王にご無礼いたしましたな、では」
こんなバカにこれ以上何かするのは時間の無駄と、使者はさっさと踵を返した。
「くっそおおおっ、アギンを呼べいっ。ダレルブレアンの愚か者に見せしめを繰り返し教え込めええっ」
アギンは、シュウの叔父の一人で、近衛軍を指揮する惨殺将軍のあだ名を持つ。
あだ名の通り、すぐ殺したがる残酷な性質の上に、帝王の叔父ということで非常に勢力もある。
10万の軍を率いて、すぐにカイジャンへむかった。
カイジャンの町に10万の軍がなだれ込み、あちこちで略奪や惨殺、強姦や暴行など好き放題の事をやらかしながら、港へむかった。チーヤイの成立上、その軍はもはや山賊や盗賊と何ら変わらず、軍は略奪で腹を満たし、財を得る事を当然としか思っていない。あちこちで火が上がり、火災も頻発していた。
「ひどいもんだな」
すでに港に来ていたセイジは、華麗な眉をひそめた。歴史に詳しい彼は、この手の軍がどういうものか知っていたが、現実に見てみると、自国の兵と言う考えすらまるで無いのは、あまりに歴史通り過ぎて呆れる。
血なまぐさい風と、汚れ、血に濡れた武具が無秩序に並び、わあわあ騒ぎ続けている。
秩序も無く、理性も無く、ただ欲を満たすだけの集団に、何の感情もわかなかった。
ただ、こんな連中を、一歩たりともここから出してはならない。
『全開で行く、連中の親玉の度肝をぬくぐらいでやってくれ』
『了解いたしましたご主人様』
左手の返事と共に、セイジは埠頭から歩き出した。
金髪のまぶしい、小柄な紫の瞳をした少年が、静かに歩んだ。
まさか、それがダレルブレアンからの使者だとは、誰一人として考えない。
ただ、獲物が一人こちらへきている、略奪し、暴行し、切り刻んて楽しもうとだけ思って、雑兵が動き出す。
ギビインッ
音とも光とも感じる物が、雑兵たちの目に入り、耳に割り込み、突き抜けた。
「なんだあれは?」
略奪を楽しんでいたアギンは、犯して殺した女を放り出しながら、目を凝らした。
白い何かが、地平線まで届くほど広がってくる。
目の前の兵団が、それに触れた瞬間消えた。
前の馬車が、宙に舞い、鍛え上げた兵士たちが、布を絞ったような有様で舞い上がる。
ギビインッ
アギンの目がつぶれた、耳が裂けた、脳が壊れ、意識が黒く染まって消えた。
シュウの居城、黄金城では、怒り狂う帝王を慰めるための宴会が盛大に繰り広げられていた。
酒の池を作り、肉の山を盛り上げ、薄物を付けただけの美女を並べつくし、ただ帝王を慰めるだけのそれに群がる無数の同族の群れ。帝王と共に贅沢をするためだけに、あらゆる方法で金と権力を集め続けた脂の塊のような集団。それらが足元にひれ伏してほめたたえ、美女の踊りや淫らな笑いかけで、帝王の怒りを鎮めるという儀式は続けられる。もはや国内には、国を支えるだけの金も無いのに、それを求めて他国へ侵略することを少しも不思議に思わぬ連中たち。
ゴオオオオオオオッ
突如大地が揺れ、黄金城はほこりが舞い、悲鳴があがり、豚のような男たちはみっともなく転げまわった。だれも椅子ごとひっくり返ったシュウの事など気づかないで騒ぐ。
「「「「「「「無礼の限りを尽くし、悪逆非道、不埒千万、厚顔無恥、愚帝シュウ・コンペイ許し難し!。天下の素浪人セイジ・リグマ、天に代わって成敗いたす!」」」」」」」
測定不能域、250万デシベルの超大音波砲撃は、彼の前に立ちふさがった10万の軍を、その衝撃波で粉砕。さらに暴風となって遠く100キロ以上離れた黄金城を揺らし尽くした。少年の甲高い凄まじい音声は、全員の耳をマヒさせ、シュウが必死に声を上げて起こせと叫んでも、誰も聞こえもしない。超メタボのシュウは自分では起きられないのだ。
イングリアンの軍艦に伏せていた同行者一同は、全員頭にかぶせていた毛布や耳カバー付き皮ヘルメットを外し、ミツロウの耳栓を抜いた。それでもまだ頭がガンガンするが、巨大隕石でも落下したかのような、前に広がる全ての物がなぎ倒された光景に声も無い。いったい何が起こったのか、理解できるものは、誰もいなかった。
4日後、各地からの早馬が、ようやく耳が聞こえるようになったシュウに、耳がまたおかしくなったのかと思うような知らせを叫んだ。
『10万の兵、ダレルブレアンのセイジの一声で粉砕、4万が即死、3万が身動きもならず、残りは恐怖のあまり逃散』
しかもその声は、広大なチーヤイ全土隅々にまで鳴り響き、聞こえなかったのは耳の聞こえない者だけだったというのだ。
『一声10万』のちのセイジ・リグマの伝説と言われる中でも、ひときわ有名な一節である。
「こうなったら、あれを引き出せぃ!」
シュウの側近のテンキンは、『あれ』の意味を知っていた。それだけに真っ青になる。
「あ、あれでございますか?!、しかし、あれは黄金城最下部の封印の獄門に・・・・・・」
「うるさああああい、死にたくなければあれを引き出せええっ!」
巨大な(薄っぺらな)蛮刀を振り回し、シュウは絶叫した。
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