第二十八話 <国際交流?>
「何なんだあれは・・・・?」
白髪が混じり始めた金髪の女性は、通信用の窓から目が離せなかった。
口元などにしわは目立ち始めているが、気位の高そうな50歳ぐらいの女性で、薄青い大きな目といい、若いころはさぞ美しかったことだろうと思われる容貌である。ちなみに来ている服は白い大ぶりなロングドレスで、意味は『未婚』を表す。座っているのは玉座である。
側に控える側近たちも、呆然と見ている。
「ええいっ、聞こえんっ!。もっと感度を上げいっ!!」
「じょ、女王様、感度を上げるとあちらに感づかれる恐れがあります。」
「やかましいわ、それどころではないぞえ。」
画像の中に動く黒髪の女性のつぶやきが、かすかに聞こえてきた。
「これは・・・?、精霊語のようですが、私も初めて聞くものです・・・。」
「もしかして、上位の精霊語なのか?。」
『女王様、お静かに願います。声が漏れ出ております。』
通信窓の向こうから、ガッセンディーニ子爵の声がかすかに響いた。
ガッセンディーニ子爵は、イングリアン国の外交官である。
世界最大の海軍国で知られているイングリアンは、外交官に必ず本国と直接通信が可能な魔道水晶を持たせているが、必ず一つしか持たせていないとは誰にも言ったことはない。
ガッセンディーニ子爵が襟元を飾っている大きな青い宝玉は、魔道水晶そのものであり、子爵がその場で見聞きすることは、直接本国の首脳部に伝わるようになっていたのだ。
そして、この場にいる女性こそ、イングリアン国の処女王、ロエルライザ・エミレス・ディ・フォルデフォン・イングリアンであった。
『ええい面倒な』
女王陛下がくいと顎をしゃくると、側の側近で白いフードをかぶった女性が、軽くため息をついて音声偏狭の魔法をかけた。
これは精霊魔術の一つで、二人の空気の精を操り、こちらの声を絞り込んで小さくし、相手の声を拡大する隠密や盗聴用の特殊な精霊魔術である。その代り、同時に二人の空気の精を使わねばならないので、かなり疲れる。
だが、画面に現れた光景に、思わず女王も一同も必死で口を押えた。
画面の海面が盛り上がり、風が吹き荒れ、巨大な津波が湾の出口から外海へ向けて突進する。津波が走り去った後には、水平線に並んでいたチーヤイのおびただしい軍船は一隻も残っていなかった。
『な、なにごとかあれはああっ?!、あんなことは上位水精霊でも不可能ぞっ!』
『わ、私めも何が何やら・・・??』
『と、とにかく大術師様をお呼びせねば』
全員、片手で口をふさいだまま、パントマイムよろしくこれを伝え合っているのだから、大したものと言う気もするが。
『お待ちを、また会話が始まります。』
これまた片手で伝える白いフードの女性。長い耳をしているところを見ると、エルフらしい。
ただ彼女も片手で口をふさいだままだったりするから、動転しきっているのは間違いなさそうだ。自分がかけた音声偏狭の魔法を完全に忘れている。
「と、とりあえずチーヤイらの船は去ったと言う事じゃな。」
「い、い、今探査の魔法を掛けましたところ、現在、その、40行程ほどのスピードで、本国へ戻っております。」
公王の少し怪しい声に、ラドルビンが言葉をつかえつかえながら、返答する。
ちなみに40行程というのは、地球の感覚で言うと時速80キロぐらいに相当する。
普通の軍艦で、帆を張り強い追い風で全力で走って14~5行程が精いっぱいなのだから、全員感覚がついていかない。
「とりあえず、今夜は用心のための警備体制を敷いておきまする。」
グシャーネンが、何事も無かったかのように言った。
「うむ、そうしてくれ。」
その言葉に、ようやく公王が落ち着きを取り戻したようだが、
「明日に備え、少し早く寝ておこうかと思いまする。何か悪い夢を見ていたようで、敵軍は明日あたり到着するのでござろうか。」
何のことはない、現実主義者であるグシャーネンも、さすがに今の光景は理性が拒否反応を起こしているらしい。サンたちはずっこけ、ライザーに至っては、頭痛で座り込んでしまっていた。
「ガッセンディーニ子爵どの、」
王宮側の全員が脱力し切っている中で、セイジが声をかけた。
「は、はい、なんでしょうか?」
「そちらのみなさん、あんまり必死に見過ぎですよ。」
セイジの言葉に、全員の視線が集中した。
子爵の襟元の宝玉には、目を血走らせてこちらを見ている略式の王冠をかぶった女性と、その取り巻きの顔が映ってしまっていた。
魔導水晶は、これまでのように音声だけでなく映像も見ることが可能だが、それは相手も見えてしまうということである。このような状況だと、普通はのぞく側が映りにくいよう、光の少ない部屋で一定以上近づかないようにして使うのだが、イングリアン側があまりに夢中になって見過ぎたらしい。
「あちゃー・・・・」
仕方がないので、イングリアン側が通常使う魔導水晶を持ち出してきた。のぞき見用の宝玉は小さすぎて、会談には向かないからだ。
どこから聞きつけたのか、ディリエルまで駆けつけていた。
まだ3カ月で、お腹も目立たないが、ぜひともこの会談は聞きたいと言う彼女を、公王も笑って認めている。
「お初にお目にかかる、ダレルブレアン公国公王レマノフサンダー・フォン・ビクトリー・グレイデスト・ダレルブレアンである。」
白銀の鎧もいかめしい公王が名乗りを上げる。
「ご無礼を詫びましょう。イングリアン国女王ロエルライザ・エミレス・ディ・フォルデフォン・イングリアンでございますわ。」
白いドレス姿の初老の女性は、上品に告げた。
「なあに、おたくの子爵殿を同席させた時点で、何も隠し事などする気はなかったのでな。」
にやりと笑う公王に、ぴくりとこめかみを震わせる女王。
「こちらも多額の戦費をお貸しした立場上、そちらの様子を知らぬでは民たちに申し訳が立ちませぬゆえ、ああもちろん、多少お言葉がもつれたぐらいの事は何も問題ございませぬ。」
チクリと笑い返す女王に、今度は公王がこめかみを膨らませる。
「うむうむ、そちらも目を血走らせてご覧になられていたようで、よっくご存じのようじゃのう。ふぉっふぉっふぉっ。」
「おかげでなかなか面白うございました、ホホホホホ」
聞いている周りの者たちは、胃が痛い。
『ラドルビン様、止めないんですか?』
『王族同士の会話じゃと、どうしてもこういう風じゃでの。ある程度言いあうと落ち着くので我慢してくだされ。』
声をひそめて、こっそりと話すセイジとラドルビン。
お互いの立場に差があれば、片方がへりくだるのだが、この場合どちらも王で差が無い状態であるため、こういうイヤミの言いあいになってしまうのだ。別な言い方をすれば、お互いの立場の再確認である。
「さて、御覧の通り、チーヤイの連中はお帰りいただいた。戦費については、あまり問題は無いと考えていただいてよろしかろう。」
さすがに、うろたえたところを見られて、少しだけばつの悪かった公王が話を切り上げる。
「さて、それはどうであろうかの?。」
セイジはその言い方が気にかかった。
これをその通りと同意するようでは、国同士の交渉にはお粗末すぎるので、女王の返事は当然だが、女王の声にはそれ以上の何か含みがあるようだ。ただ、それは悪い傾向ではない。イングリアンに好ましくない相手と判断していたなら、それすら感じさせないように話を持っていくぐらいは、女王には朝飯前だろう。つまりは、それを感じ取れるようなら、サービスしてやるぞえ、と言っているようだ。
「んむ?」
幸い公王も感じ取ったようである。
「わらわの国は、そこそこあの連中とは付き合いが長いのでな。」
見下した言い方といい、付き合いという言葉といい、かなり厄介を覚悟せよと女王は忠告してくれていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
さて、いよいよ・・・。




