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第二十七話 <戦争なんか、させません!>

「チーヤイの軍勢が動き出しました!」


ダレルブレアンの会議からわずか2週間後に、第一報が飛び込んできた。

知らせてきたのは、戦時の監督と支払いの保証に差し向けられた、イングリアンの軍艦であった。


イングリアンは意外なほど細かく教えてくれた。

チーヤイとセンジルの軍勢は、海上での行動訓練を開始し、2週間後には動き出すと言う事だった。

さすがにこの状態で、イングリアンとは事を構えたくないのか、チーヤイ側も艦隊に予定を説明していた。

航行速度は極めてのろく、ダレルブレアンの海岸に到達するには短くても10日はかかるだろうと推測している。


皮肉なことに、それは霜の月(11月)の23日頃。例の粗鋼の支払日とほぼ一致していた。


『連環の計?、まさかね・・・。』


チーヤイ側の様子を聞いたセイジは、三×志で有名な話を思い出したが、さすがに火計には風の向きが悪い。


「困ったことになりましたね。」

「ううむ、セイジ殿すらそう思うのか。」


グシャーネンがググッと太い眉を寄せた。


「ええ、本当に困りますよ。あれだけの数のゴミが航路に沈んだら、船が入れないじゃないですか。後をどう掃除するんですか?。」


え?、と会議室の全員がずっこけた。


「困ったって、そっちなのか?!」

「困るでしょう!、ダレルブレアンは貿易国なのですよ。死活問題です。」

「んま、あ、確かにそうではあるが・・・」


常識人であるラドルビンは、返答に困る。『すでに敵の船団をゴミ扱いかよ?!』ともはや威厳も忘れて心の中で嘆いた。

心配するのもバカバカしくなるが、それでも、一応まとめ役であるのが悲しい立場だ。



だが、実のところを言えば、今のセイジの心境は説明が難しい。



冗談めかした話し方で、周りを煙に巻いてはいるが、腹の底ではぐつぐつ黒い怒りが煮えたぎっている。

イングリアンの言うことが正しいなら、いや、セイジの判断から見ても、連中が嘘を言う理由が丸っきり無い。そしてディリエルの話ともずれるところが無い。

チーヤイもセンジルも、国の状況は戦争などやっている場合では無い。国は荒れ、民は貧困にあえぎ、社会は最低、そんなことをしている暇があるなら、畑の一つも耕していた方がはるかに役に立つ。にもかかわらず、戦争に、とにかく戦争に押し込もうと強引に押し寄せてくる。

かつての日本のように、他国が強引に押し込んでくるわけではない、石油などの資源遮断で国が滅びるかどうかというわけでもない、だのに、ただ自分たちの都合だけで戦争に、略奪に、押し寄せてくる。バカに付ける薬は無いと言うが、それが戦争を仕掛けてくるのだから、やり切れなさは言いようがない。


そして、前の地球で、彼にはいくつもの無念があるが、中でも最大の一つが、愛する女性と子供を作れなかった事だ。

その初めての子供が出来て、もうすぐ生まれようとしている。当然期待と歓喜は、生まれて初めてのものであり、子供好きであるゆえになおさら激しかった。


理不尽極まりない理由で、その邪魔となったチーヤイとセンジルに、真っ黒な殺意を押さえるべきかどうか、セイジは本気で悩んでいる。

彼が本気で殺意を振るったとして、誰も邪魔も反対も不可能だろうが、セイジは根っこが日本人で、さすがにそれは止めておこうとブレーキをかけている。だが、『仏の顔も三度まで』、まして神仏ではないセイジは、聖人君子でもなければ博愛主義者でもない。もはや限度ギリギリに近い状態である事だけは、間違いなかった。


それだけに活動的に動き回り、イングリアンの軍艦を訪れ、名乗って船長と会談し、パーティまで開いて情報を集め尽くした。

あちらはあちらで、ドラゴンスレイヤーの情報を探るよう言われていたらしく、『あなたから来てくれたので驚きました』と、実直そうな艦長は正直に述べている。



「連中は、数さえそろえばどうにでもなると思い込んでますが、センジルのろくな港も無い砂の海岸とは違うので、まず港に入ってこれる場所が、正面の1か所しかありません。」



この点イングリアンの船長も、『連中がどのように攻略するつもりなのか、非常に興味があります』と人の悪そうな笑顔を浮かべていた。

つまり『大軍でどうこう出来る場所ではないのに、死にに来ている愚か者』としか思えないらしい。


ダレルブレアンには、意外に浜辺や上陸しやすい場所が無いのである。

というか、そういう条件の良い場所は、昔の戦乱で失われていて、ダレルブレアン王都のある良港以外は、大型船をつけられる場所がほとんど無い。


「つまり、鎖を解いて、港に並んで入ってこないと無理か。」

「それ以外方法がありますか?。」


聞かれて全員思いつく限りの方法を考えてみたが、そんな方法は無い。

険しい山のついた湾口は恐ろしく狭いのに、中は非常に広く深い、イングリアンの艦隊が全部余裕で入って、貿易の邪魔にもならない。

恐ろしく攻めにくく守りやすい要塞のような湾、それゆえに過去の戦乱でも、この王都と港は守り切れたのである。


チーヤイの連中は、そういう事態すら考えたことがあるまい。さすがは陸戦国、脳筋である。


どれほど大軍であっても、港口を通れるのは、1~2隻。小型船でも4~5隻ずつ。

入ってくる所を集中砲火されたら、何十万だろうと皆殺しだ。




だがしかし、何事にも想定外と言うものは起こるのだった。




「えらく、少なくありませんか?」

「・・・・・言わんでくれ。」


ラドルビンは、うめくように言い、グシャーネンは天を仰いでいる。


水平線上に、ズラリと並ぶ艦船の群れ。

それに対して、味方の領地持ちの貴族たちは、125家あるはずのそれが、50家も無い。


「病気理由が32、引退宣言と代替わりが30、軍備が間に合わないと言い訳してきたのが16・・・」

「長年の貴族統治の弊害だ。臆病風に吹かれおって。」

「それに、あの艦船を見て、司令官が逃げ出した家が6家ほどあるぞ。」


ラドルビンが指を折り、グシャーネンがぼやく。白鉢巻をしめて、なぜか悲痛な面持ちで槍を握っているのはライザー財務卿だ。

ここは陛下の執務室の一つだが、今回の指令室も兼ねている。

なぜかイングリアンの外交官ガッセンディーニ子爵までいるが、これは公王公認らしい。


『そういえば、旧日本軍にも観戦武官という制度があったな。』


「よく部下が逃げませんね?」

「むしろ部下たちの方が、恥ずかしいのだろう。周りに他の貴族の部隊がいるのに、自分たちの武名に傷がつく。」

「武名のいらん貴族などそんなものだろうな。」


ここにいるのは、戦闘部隊であり、武名に傷がついたが最後、居場所がなくなってしまう連中である。


「防護には十分である。むしろこの後は、きっちりけじめをつけてくれようぞ。」


レマノフサンダー公王は、白銀の鎧に身を固め、気合も入っている。

どうやら、愛娘に孫が出来たことが、火をつけたらしい。


「セイジ様、この者たちがセイジ様を守るんだと言うので、連れてきました。」


ぞろぞろ入ってきたのは、印刷仕事をさせていたはずの子供たちだ。


「どうしたサン、おまえたちは館にいろ。」


セイジが最初に声をかけたガキ大将は、サンという名だった。


「いやです、御館様。」


なぜか子供たちは、セイジを御館様オヤカタサマとひどく古めかしい呼び方をするようになっていた。

先日から、小説なども読ませているのだが、その影響らしい。


「俺らはガキですけど、御館様の盾ぐらいにはなります。」

「俺たちが先に死にます。」

「私らには、他は無いんです。」

「ごめんなさい、セイジ。どうしても行くって聞かなくて。ついでにあたしも来たかったし。」

「イーラ!」


子供たちだけならここに入れるはずもない。第一夫人であるイーラがいたから来れたのだ。


「それに、ディリエルに頼まれたの。『私はこの子を守るから、あなたはセイジを守って』ってね。キアナも移動砲台とゴーレムでがっちり守ってるわ。」


キアナはゴーレムの構造を調べ、セイジから得た知識を元に新たな機構を編み出し、ついに無限軌道式の構造で自在に走り回る移動砲台を作りだしていた。木製のフレームとは言え、全体を鉄で覆い、地霊のエネルギーを吸い上げて動く移動砲台は馬より早く、地上を蹂躙するこの世界初の『戦車』である。


「そういえば、キアナ嬢から送られたキャノン砲は、あそこに並んでおるぞ。」

「薄い鉄を重ねて作る日本刀の作り方から、よくあの長砲身の作り方を思いついたよな・・・。」


港にずらりと並べられた砲身が、湾口を睨んでいた。

セイジが寝物語に、日本刀の作り方と強さの話をしたら、『薄くて長い丈夫な砲身が作れるで!』と跳ね起き、これまでの倍近い飛距離と命中精度を持つ大砲を作り上げてしまった(最初はキアナ砲と名付けようとしたら、泣いて嫌がられ、キャノン砲としたのだ)。しっかりライフルまで刻んであるので、異様に良く当たるらしい。


キアナの態度は、あの館とディリエルそして、そのお腹の子を死守する気だとわかる。

つまり、こいつらもそうだ。


「そういうことだよ、セイジ。いまさら、あんたのいない生活なんぞ戻れない。その責任はしっかりとってね。」

「やれやれ、ますます死ねねえじゃないか。」

「ふっふっふっ、婿殿は大人気じゃの。だが、子供たちは国の宝じゃ。先に死なせるわけにはいかぬ。」


自分の娘よりも小さな子供たちが、死ぬ気で来ている光景に、公王の目元が潤む。

ラドルビンがゆっくりとうなづき、グシャーネンは別の意味で顔を上げて、あふれそうな涙をこらえていた。


「当たり前です。まだ私は子供もいただいておりません。イーラさんもキアナさんもです。」


艶のある黒髪がふわりと揺れ、ハイネが入ってきた。胸元にはグリを抱いているが、それは俺達だけにしか見えない。


「戦争なんか無駄です。紙でも作っていた方がはるかに役に立ちます。」


もはや戦争すら、彼女の眼中には無い。


「迷惑なお客様には、さっさとお帰りいただきましょう。ホエールさん、おられますか?。」


<ホエエエエルウウウウウウウウウゥゥゥ>


ハイネが海に向かってつぶやくと、港の海面が盛り上がり、巨大な透き通る青のクジラのような姿が浮かび上がった。見えない者たちには、唐突に港が荒れ、ごうごうと風が巻きあがっているように見えるらしい。


<はああいぃねぇぇぇ、よおんんんんだあああああ??>


「迷惑な人たちが、無理やりこちらに来ようとしています。お帰りいただきたいのですが、来た方へ送っていただけますか?」


ハイネが指さす水平線をみると、ゆっくりとうなづいた。


<うううんんん、いいいいよおおおおおおおっ>






ゆっくりとダレルブレアンに向かう船団が、ひと組の珍客を拾い上げた。


チーヤイの同国人でありしかも、総大将デギンの顔見知りだった。


「黒薔薇よ、何でこんなところにおるんじゃい?。」


ガリガリにやせ細っているが、黒薔薇将軍とあだ名されたカーリィ・デンデンと黒フードの部下だ。


「津波に流されて、死にそうになってたのよ、残虐。」


運が良かったのか悪かったのか、津波に襲われ流されながらも、大きな船の部品をつなぎ集め、雨水をため、魚を釣ったりしながらどうにか生き延びてきたのである。

干し肉と水を貪りながら、状況を尋ねると、すでにダレルブレアン強襲の部隊を率いているのだとのこと。


「もーすでに、そこまできちゃったのね。こうなったら、押すしかないのかしら。」


どうにも気は進まないが、ここで反対しても船からつまみ出されかねない。


「公王暗殺を阻止したドラゴンスレイヤーの事は知ってるの?。」

「んあ?、なんじゃそりゃあ。飛竜を狩る程度の者はいくらでもおるぞ。」


いや、飛竜の大親分よりさらに上の空竜なんだけどね、と、どーいったものかと考えながらふと外を見ると、全身が泡立った。

何度も何度も夢に見た悪夢が、また目の前に現れていた。


海面が盛り上がる、盛り上がる、盛り上がる、盛り上がる、

だんだんそれが近づきながら、さらに高く盛り上がっていく。


「なんで・・・また来るのおおおおおおっ?!」


夢の中の悪夢の大波より、さらに巨大な大津波が、突然数千隻の船団全部を持ち上る。全部の船が一斉に傾いた。


 ぎゃあああああっ

 助けて、助けてええええっ!

 これは俺の綱だああっ、貴様は死ねええっ、

 いやあああっ、なんでえええええええええっ!!


海がモリモリと盛り上がり、鎖でつなぎ合わせた数千隻の船をすべて乗せたかと思うと、水がまるで手のように全体をがっちりと掴み止め、斜め40度を超える角度のまま疾走を開始した。

しかも不条理なことに、海面は猛烈に流れている。

全船団が逆向きのまま、激しい揺れに揺さぶられる。

海面は波高く、その中を逆向きに疾走すれば、その波は艦尾から牙を叩きつけてくる。


ドバアッ、ザバアッ、


波に自分からぶち当たり、船はさらに高く揺れ、凄まじく低く下がり、まるでおもちゃのように軽く哀れに振りまわされる。全軍50万、生きた心地などもはや無い。


最初に運悪く船から転げ落ちた人間は、その上を数十隻から数百隻が走り抜けていく。

顔を出せば次々と来る船に引きつぶされ、沈みっぱなしならそのまま溺死。


累々たる屍を残しながら、船団を捕まえた津波の疾走は止まらない。

1時間立とうと2時間立とうと、耳元で轟々と風がうなり、飛沫と揺れが船全体を揺さぶっている。


 いったいどうなってんだあああああっ!

 貴様のせいか黒薔薇ああっ!

 あたしが知るわけないでしょおおおおっ!


斜めのまま動けないのに、大荒れの大波に揺さぶられ、上下に左右にめちゃくちゃに船団全体が揺さぶられ続けている。

しかも、鎖でつながれているため、50万の大軍は一兵残らず一蓮托生。

鎖を切りたくても、もはや鎖の所へ移動することすら不可能だった。


恐怖に怯え、必死にしがみつく手が、次第に力を失っていく。




丸一昼夜疾走が続き、半数近くの20万が脱落死亡。残りも死人同然の顔色を朝日に晒した。


 陸が見えたああっ!

 助かるぞ、あと少しだあっ。


揺さぶられ続け、頭も半分壊れかけたチーヤイ兵たちは、陸が見えたことでこの地獄がようやく終わると『ぬか喜び』した。

だが、それからさらに10分、


 と、止まらねえ、止まらねええええっ!

 いやだあああっ、死にたくねええええっ

 海の神様ああっ、弟を捧げます、おれだけはあああっ

 貴様が死ねええっ、糞兄貴いいいっ


発狂状態になった船上で、何故か味方同士、いや兄弟血族での殺し合いまではじまり、自分だけは助けてくれと絶叫する。



<おぅぅかぁぁぁえぇぇぇりぃぃぃくぅぅぅだぁぁぁさぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ>



ホエールはしったこっちゃねえ。


200メートルを超える超巨大津波が、センジル最大の港、ナンコウの前で、優しく全船団の手を離した。

時速80キロを超える猛スピードで。


鎖につながれた数千隻の船団は、ついに耐え切れず鎖が飛び散り、ばらばらの散弾になって、ナンコウ全体に襲い掛かった。


旗艦でもあった残虐将軍の船は、5キロ先の山腹に激突し、転覆して真っ二つになった。


港は全壊消滅。


津波の流れ去った後は、船の残骸が散らばるだけの何もないがれきの転がる平地が広がっていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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