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第二十六話 戦争前の三幕と戦争の困難

<戦争前の一幕 キアナ>



「よしゃっ、全員始動キー回しや!。」


暗い部屋の中で、キアナの声がする。

それと共に、あちこちから鈍く重い音が起こる。


ギャリギャリギャリ


新開発の無限軌道を作り上げる金属が、甲高い音を立て、鉄の箱のような物が、暗がりから走り出てきた。


長さは6メートルあまり、鉄の四角い箱のような物が、次々と現れる。本体上部には一段小さい台があり、中央に2メートルほどの金属の筒が突出している。


この世界では禁忌に近い、重機械式ゴーレムに内蔵された地霊のエネルギー吸収と増幅の機構。それをキアナは、セイジが何気なく話したトランジスタやダイオードの持つ増幅と整流の機能と仕組みを聞き、独力でオリジナルのシステムを見つけ出していた。

これにはセイジも仰天し、左手ヴェルムンガルドですら絶句したほどだ。

さすがに重機械式ゴーレムほどのコストパフォーマンスは無いが(約1/5)、熱エネルギーを運動エネルギーに変える燃焼機関とは違い、直接運動エネルギーを発生させるため、地球のエンジンに比べてさえはるかに高率のエンジンとなり、原付バイクエンジン程度のサイズで200馬力近いパワーをたたき出す。これを元に無限軌道を用いた構造体を作り上げたキアナは、狂喜するドワーフら工房衆を率いて、この物体を作り上げたのだった。


「全員どないやー!」

「異常ありません!」「異常なし!」「異常なーし!」


それぞれの金属の箱から、元気のよい若い声が聞こえる。工房衆の中でも、小柄で若手の連中を率いて、その運転を覚えさせようとしていた。


それは木製の車体に隙間なく鉄の板を張り付け、ボルトで留めた武骨な姿だが、まぎれも無く戦車の形をしていた。


「よっしゃっ、移動砲台ダレル、縦列行進、はじめええっ!」


100メートル余りもある中央庭園だが、こんな物が4台も続けて走ったら、庭師は泣くだろう。

キアナはこの物体に、移動砲台と名付けていた。あらゆる場所に自在に大砲を運び、ぶっ放すために。

だが、これが実戦で使われれば、さらに違う効果がある事にはまだ気づいていない。歩兵、弓兵、槍兵、そして騎馬隊に至るまで、これまでの歴史上の戦術のほとんどをひっくりかえす新兵器『戦車』は、広大な庭に深い轍を刻みながら、大陸史上初の行進を開始した。






<戦争前の一幕 ハイネ>


いつもの通り、紙の工房にやってきたハイネは、工房の空気に気づいた。

整然としていたはずの中が、どこか雑然として、だれもが不安そうな顔でいる。


「お師匠様」


マーヤが、テトテトと駆け寄ってきた。その顔色は青ざめ、ひどく怯えている。


「どうしたの?」

「もうすぐ、戦争があるかもしれないって。そうしたら、ここは・・・。」


マーヤにとって、初めて生きがいを感じ、働く喜びを教えてくれた場所。

母を救い、自分を救い、そして夢を育ててくれる場所。

そこが、戦争で焼かれるかもしれない。母も自分も殺されるかもしれない。


戦争の恐怖は、この時代の人間たちは骨身にしみている。

キアナがあの移動砲台なる物を作ったのも、戦争のせいなのだろうとハイネは思う。


目を移せば、きれいな小川が光をはじき、板に張られた紙がまぶしいほどに白く日を弾く。

大勢の女性たちが、笑いさざめきながら、飢えること無く落ち着いて働ける場所だったそれが、ひどく暗く、そして怯えていた。何より、家以外で自分が初めて得た居場所なのだ。


「大丈夫よ、マーヤ。」


黒い瞳が、深淵の黒さをたたえ、静かにマーヤを見た。


「大丈夫。そんなことはさせないわ。」


なぜだろう。

ハイネがそういうと、マーヤはひどく落ち着いた気持ちになった。


毎日毎日漉いて作り上げる紙が、その眼に見えないほど細い繊維の向きが、一斉に変わったかのような不思議な感覚。『ああ、そうなんだ』とハイネの言葉に、違和感すら感じなかった。


「さあ、始めましょう。戦争なんかよりずっとずっと大事なことを。」


笑いながら仕事にかかるハイネに、マーヤは嬉々としてついていった。





<戦争前の一幕 ディリエル>


白髪に眼鏡をかけた老医師は、にこやかに笑った。


「おそらく、間違いないでしょう。」


ディリエルはほほを染めて、うつむいていた。

喜び、不安、そして興奮。


「しばらくは、大事を取られてください。安定期は5か月ぐらいからです。」

「ありがとうございます、マイルヤー先生。」

「いや、むしろ私の方が礼を言いたいぐらいです。本当によくここまでなられました。医者になど何も出来ることはありません。すべてはあなたの命の力です。」


『いいえ違います。私の命は、セイジ様からいただいたもの。』


心の中のつぶやきを噛み殺し、彼女はほんの少し気弱げにほほ笑んだ。


あの時、彼が手を取ってくれなかったら、自分は間違いなく命の火が絶えていた。

彼の手から走った無数の何か。体の中を駆け抜けるそれが、体を、命を、湧き立たせ、蘇らせた。

そして、今自分に新たな命が宿っている。


『だけど、彼はどう思ってくれるだろうか。』


彼のことを、彼の全てを、いくら知ろうとしても、決して知り切ることができない巨大な人。

千に一つ、いや万に一つ、彼が否と首を振ったら・・・。

あり得ないと、思おうとしても、心の底に巣食う闇から、黒い不安が首を伸ばす。

だけれど、私の命は、まぎれもなく彼の物だ。

彼が差し出せと言ったら、私は心臓でも切り裂いて差し出そう。

彼が望むなら、どのような地獄でも堕ちよう。

私は、私の望んだただ一つの幸せを、彼から貰ったのだから。



セイジは、ディリエルの主治医であるマイルヤー医師が来ていると聞いて、不安になった。


すっかり健康になったように見えたけれど、何か具合の悪い事があったのだろうか。

あの愛らしい娘を、自分がずいぶんと乱暴に扱ったのではないか、と。


自分がディリエルとさほど変わらぬほど小柄で、愛らしい容貌と体つきをしている事すら忘れ、毎夜愛おしげに抱き付いてくる妻を、思う存分愛した事が、もしかして彼女を苦しめていたのではないかと、ひどく心細くなった。何しろ彼は、前世で多少の経験はあったが、本気で女性を愛したことが無かった。

彼の本気は確かにタフで色魔同然の絶倫だが、それにディリエルは喜んで応え、身をゆだね切っていた。だけど、もしかしたらそれは・・・。


ディリエルの部屋に行き、ノックをした。


「ディリエル、入るよ。」


セイジが断らなくても、ディリエルは喜んで迎えてくれる。だが、セイジは必ずノックをする。

ただ、いつもと違い、『入っていいかな?』という声ではなく、不安に駆られた『入るよ』。


マイルヤー先生は、まじめな顔をして聴診器などをカバンに収めていた。

ディリエルは不安げな顔を、少しだけ青ざめさせて向けていた。


「何か、具合でもわるいの?」


マイルヤー先生が、ディリエルの方を見た。ディリエルは目で『私が話します』と合図する。


「セイジ様、私に子供が出来ました。」


全てをセイジにゆだねようと、ディリエルはストレートに述べた。


「え・・・・・?」


紫の目が見開かれ、呆然とした顔が次第にほころぶ。


「くううううおおおおおおおおっ、そっ、そうかああっ、やったああああああっ!」


広大な屋敷中に響き渡る声で、セイジは絶叫した。

その破顔した笑顔を見て、誰が間違うだろうか。

ほろっと、ディリエルの薄い水色の瞳から、涙がこぼれた。嬉しさと、甘い喜びで。


セイジの夢の一つが、また叶った。





<戦争の困難>



50万からの軍勢が、センジル王国の海岸に集結しつつあった。

だが、遅々として事態は進まない。


まず、センジルが全土で大水害を繰り返し、食料や物資のあてがまるで無かった。

軍はどんどん来るのに、それを支えるすべてが、チーヤイから運んでくるしか道が無い。

その手だても、予想外すぎる大集結にまるで及ばず、略奪や奪い合いの戦闘があちこちで起こり、センジル全土が戦場に近いありさまとなっている。

元々が、略奪目的の山賊と変わらない連中であり、軍の形式こそしているが、やることは同じである。

当然センジル全土が、まず略奪と蹂躙の対象にされ、女子供は山に逃げ込み、山では禿山にされて飢え切った獣に襲われ、全土が荒廃していく。


そして、何よりも輸送方法が無かった。

元々、センジルを支援する形で長期戦をさせ、ダレルブレアンを消耗させてから乗り込もうと画策していたチーヤイは、輸送の船がまるで足りない。

少数ずつ送り込んだら、各個撃破されてしまうのはバカでも分かる。

外国の交易船を強制徴収しようとしたが、元々がかなりの武力を持つ船が多いので、逆にスクラムを組んで抵抗され、ことごとく撃破されて、損害を徴収(つまり略奪)される始末。

仕方なく、国内の船をあらん限り集め、それで送ることにした。しかし、それでは国内の物流が無くなる。抵抗があちこちで起こり、また終息に時間がかかった。


そういう騒動が、ダレルブレアン公国にもかなり伝わってきている。


チーヤイの計画では、まず軍団を海に送り出し、早い船で一週間ほど先行させて、開戦の使者を送り込み、直後に全土を蹂躙するつもりだった。

だが、ここまでバカバカしく騒動を起こし、センジルは全土が荒廃するありさまであり、強制徴収されそうになった交易船は全部激怒している。


チーヤイからすれば、後で十分に保障をすると言っているのに、なぜ交易船が激怒しているのか分からないのだが、交易船はそれぞれの母国の必要事情がある。

それを無理やり取り上げられたのでは、たまったものではない。

ダレルブレアンに寄る船はもちろん、わざわざ予定を変えて停泊し、忠告や情報をぶちまけていった船すらあった。


「50万でございますか・・・」


ラドルビンは、言葉も無い。公国の全兵力を集めても5万がやっとだ。


「どうするのですか。」「早く交渉の使者を送っては?」「あのセンジルが聞くわけがないですぞ責任は・・。」


「よろしいか?」


感情的な声が混ざり始めたころ、ずしりと重い声がした。グシャーネン将軍である。


「事は我が国の存亡そのものです。先だっての陛下のお命を狙った騒動も、鉄買占めも、この為に仕掛けてきた事とお分かりかと。」

「だからこそ、その責任を・・・」


外務大臣の悲鳴のような声を、ギラリとひとにらみで押さえつける。


「チーヤイがしてきた事を、何とお考えか!。卑怯にも公王陛下のお命を狙ったのですぞ。その行為万死に値する!。」


さすがにこの一言に否定できる者は、この席にはいない。王の命は国家と等しいのは、王政国家の不文律である。表立った証拠はなく、チーヤイに問いただしても、なしのつぶて。一切無視されているが、腹立たしく無いわけがない。


「よろしいですか?」


セイジが声を上げ、ようやく会議のメンバーのほとんどが『なんでここにいるんだ?』という顔をした。

大体が王宮は顔パスのセイジ、それが堂々と末席に座っているので、警備担当者ですら不審に思わなかったのだ。


「なにごとかな?」


公王も、重い雰囲気に少しだけ関心を向けた。


「私も他人事ではありませんのでね、ましてや今日お知らせすることは、なおさらです。」

「んむ?」

「ほお?」


ふっと、全員の気が向けられた。


「妻のディリエルが妊娠しました。来年の3月出産予定だそうです。」

「おおう!」


公王が歓喜の声を上げた。


「私の血は、この地に根付くのです。私を受け入れてくれたこの国のために、大事な身重の妻のために、いずれ生まれてくる子供のために、私、セイジ・リグマはいかなる者にも、この国を侵略などさせません。」


言いも言ったり、これほどの大言壮語を言ってのける個人は、この世界にはいない。


静かで涼やかな声だが、セイジの体から超能力ちからが満ち溢れる。

ぞくぞくするような気配が、巨大な会議室をゆるがせ、力の無い者たちですら、背筋の毛を逆立てた。

数十万の軍ですら倒せない空竜スカイドラゴンを、撃滅しえたドラゴンスレイヤーの『意味』が、今ここにいる物たちは肌で感じ取った。

チーヤイに伝手があり、そちらから言い含められていた者もいたが、それすら忘れ去った。

この恐怖が、相手に向けられることを心の底から感謝しながら。


「これは頼もしいのう、楽しい、実に楽しいわ。ハッハッハッハッ。」

「おめでとうござる、セイジ殿。」

「これは面白いことになりそうだな。」

「うむ、やる気が出てきたでござる。」


がやがやと、会議は急ににぎやかになってきた。

それに、なんと言っても海戦では玄人のダレルブレアン公国。海の戦いは数ばかりとは限らない。


調べてみると、相手は思っていた以上にうまくいっていない。


特に渡海は問題が多く、肝心の船が確保できないでいる。

50万もの大軍はあちこちの敵対的な豪族や軍閥の寄せ集めになってしまったため、センジルで戦争同然の騒動を繰り広げられていた。

このままでは、動き出すのにも半年はかかるだろうという見方が有力だった。

それまでに、この大軍自身も自重の重みに、センジル国も酷すぎる負担に、どちらも耐えられるとは思えなかった。




ただ、何事も想定外と言う事は起こる。




おびただしい軍勢で溢れたセンジルの海岸。

ここで、全軍のまとめ役となった残虐将軍とあだ名されるデス・デ・デギンと言う軍閥の長がいた。


一刻も早く動き出したいのだが、なかなか船がそろわない。

なんとか数がそろう小舟では、外洋に乗り出すのは自殺行為である。

普通の船で3日、軍団で動けば1週間はかかるのだ。


焦りを感じながら、考えているところで、積み上げられた鉄が目に入った。


「そうか、こいつを使えば・・・!」


センジルの国中にあふれている鉄、それで太い鎖をおびただしく作らせ、船で方陣を組んで、縦横に鎖でつなぎ合わせ、巨大な船の陣を作り上げた。

船の動揺も少なく、流される事も無い。鎖を伝って自在に動くことすら可能だった。


デギンは急ぎに急いだ。今ならまだ季節風に乗り、間違いなく攻め寄せることが出来るからだ。あと2か月過ぎると、逆の風になり乗り出すのも難しい。



「いそげええっ、急ぐのだあああっ!!」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

明日は一日仕事ですので、おそらく投稿は休まざる得ないと思います。

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