幕間その8 <夢と国際事情>
セイジが元いた地球でも、20世紀の始めぐらいまでは、国を強くするのは戦争に勝つためだった。
領地を得るためには、他所から切り取らねばならず、領地が無ければ王は部下に分け与える事が出来ない。また他所から責められたら勝たなければならない。
戦争をすることそのものが正義であり、国政であり、すべてに優先した時代があったのだ。ただ、21世紀になっても革命思想だとかにかぶれて、戦争を正義と思っている国が未だに残っていたので、セイジはこの世界と元の世界は、さほど変わらないと思っている。
そして厄介なことに、『国を強くする』つまり『軍を強くする』と、軍が自分の存在意義を主張する。すなわち戦争をしたがるのだ。
元いた日本のように、シビリアンコントロール(文民統制)の絶対が確立している国なら問題は無いが、あまりにもそうでない国が21世紀でも多すぎた。セイジは国政にいたわけでも何でもない庶民だったが、他国から脅され続けの母国に心を痛めていた一人である。
身寄りのない子供たちをしごいて、印刷業を始めたことは、セイジのある夢の始まりだった。地球での思いが、彼を突き動かす原動力になっている。
自分がこの世界に放り込まれたのは、いろんな都合もあったのだろうが、悪意は全く感じられなかった。何より、元いた世界とよく似た環境で、よく似た穏やかな国に蘇らせてくれて、彼を愛することのできる女性たちとの出会いすら用意してくれていた。
そのまま死んで消え失せていたのだから、蘇らせてくれただけでも感謝すべきなのかもしれないが、もしセンジルやチーヤイのような国に放り込まれていたら、間違いなく悲惨な人生を送るハメになっただろう。この世界の情勢や歴史を知っていくと、そう思わざる得ない。
生ける図書館とでも言うべき妻のディリエルは、この世界について実に詳しく教えてくれた。
ダレルブレアンは、グラッドストン大陸につながる半島状の国土を持つ。広さは日本とあまり変わらない。人口は2800万。
北方はグレアス大山塊と呼ばれるおびただしい山が連なり、多量の魔獣が生息することからも、超えることは極めて難しい。さらにその北方は最強の精霊にして氷雪の女王こと氷の大精霊アズサの領域の北方大陸、万年氷に閉ざされた世界であり、人間には侵入すら難しい。
90年前までは、東方にベスプッチと呼ばれる豊かでのんびりした大きな島が領土としてあったのだが、過去にあまり能力のない公王が続いたため、ベスプッチは他国の侵略を受け、地元民カナディも他国の騙りと煽りに乗せられ、ダレルブレアンの帰属から独立しようと戦い、結局ベスプッチ全土を失ってしまった。
だが、ダレルブレアンが保護政策を敷いていたカナディは、凶暴な植民地政策で乗り込んできたいくつもの国家の軍と、搾取と、持ち込まれた病気に蹂躙され尽した。2000万ほどいた彼らは、わずか40年ほどで10分の1にまで激減し、もはや再起も不可能な状態で、現在は奴隷同然に酷使されているそうである。
狭いダレル海を挟んだ西には、センジルという大陸にイボのように突き出した国があり、ここはチーヤイの属国、それ以上でも以下でも無い。
今のチーヤイの場所は、500年ぐらい前から北方森林地帯に住む気性の荒い人馬族の支配地域で、80年ほど前にどうにか地元民の活動で独立を果たしたが、そのリーダーをあっさり殺して、今のシュウ・コンペイの父ゼンペイが国をのっとってチーヤイという国を作って今にある。
もともと1万年以上前から、人馬族の領土であり、3000年ほど前に遥か南西部の砂漠の民デサーターが進出してきて強力な軍事国家を作ったのちに、何度か人馬族と取り合いをし、その合間にたまに地元民が国を作ることがあったという土地がらだ。ただ、1000年ほど前に人馬族の大部族が産まれ、それが砂漠の民や他の部族を滅ぼしたり、支配したりして、巨大な大陸全土を覆う大帝国ダイガンをつくってからは、砂漠の民は衰えて北東へは進出しなくなった。その元凶は、人馬族と砂漠の民の仲たがいをあおっていた地元民で、それが大部族を産む原因となり、その大侵攻によって人口が3分の1に減ってしまったのだから、皮肉と言う他は無い。
ちなみに、当時センジルの場所にあったコウジル国も、地元民と一緒になって煽っていたため、大帝国の侵攻にあっさり滅ぼされ、王族は一人残らず殺されている。それほど人馬族の怒りを買っていたらしい(ダイカンは割と早く消滅したが、その後も人馬族の支配は続いた)。
チーヤイが作られることで、どさくさまぎれに出来たのがセンジルという国であり、どっちもその成立があまりにお粗末すぎて、国としても目も当てられないぐらい悪い。センジルはチーヤイに依存し、チーヤイはまた人馬族に責められないよう、センジルを隷属させているといった有様だ。
元いた地球の時代に比べると、中世後半から近世、大航海時代に近いだろうか。
航海術はかなり発達しているので、交易は盛んだが、一面精霊や魔物・魔獣の力が強いため、まだ踏破されていない地域がかなりあるらしい。最新情報だが、ベスプッチが大陸であることが分かり、植民をおこなった各国が奥地に進出しようとしているのだが、けた外れに強い精霊や魔獣が多く、山一つ越えられないで屍の山ばかり築いているとか。
そんな世界で、ダレルブレアンのような他国への侵略や植民地政策を取らない国家は珍しい。
大きな領土であったベスプッチを失ったときに、多くの犠牲と損失を払い、保護政策を取っていたにもかかわらず、他国にだまされて反抗し、最後は無残な有様に成り果てた地元民のカナディの状況に、あいそが尽きて、内政重視と交易中心の方向へ自然に決まっていったのだそうだ。
その後、弱体化したダレルブレアンは戦火に晒されたが、王都とその湾の防衛力は天然の要塞ともいうべきもので、何とかしのぎ切り、交易で重要視されると、自然と戦争を仕掛ける国は減ったらしい。そして現在は、再起と繁栄を遂げているのである。
だったら、ここから元いた世界での夢を広げても良いのではないか?。
セイジは『夢』を『事業』と言う実益に変えて、世に問うてみることにした。
これなら、失敗したところでセイジ自身が損するだけである。
成功すれば実益は人を喜ばせ、セイジは夢に一歩近づく。
幸いなことに、
ハイネもどうやら師範レベルの弟子を育てているようだし、その弟子が世に出るようになれば、もっと紙作りは広まるだろう。公国も輸出産業として後押ししてくれている。
さらにキアナが印刷用の機械を作る工房を手伝い、十分に事業化できる見通した出来てきた。さすがという他は無い。
そして当分は宗教関係者が、印刷を広めようと協力を惜しまない。
悪くはなさそうである。
元いた日本で、『日本を変えた10人』というアンケートを取ると、必ず上位トップクラスに食い込む一人のサムライがいた。権力者でも何でもない、ただの土佐藩の下級武士で、それすら脱藩して素浪人になった。
そのサムライの小説や歴史、行動を追ってみてセイジが最も注目したのは、何かの夢のために『事業』を追い求め、その結果として『国政』という化け物のような権力機構までも、『事業化』して成功に導いたことにある。そのサムライは大政奉還の直後、暗殺されて大事業の成功を見ずに死んだが、その事業は日本を、近代化という新たな事業に取り組ませるのに十分な素養を持たせていた。
セイジが『素浪人』という名乗りに執着しているのは、TVシリーズへの愛着だけではなく、夢を現実に変えた男へのオマージュも密かに抱いていたからと言えた。
全ては、これからだ。
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