第十九話 <紙戦争 その3>
ベンダン公爵の一派は、先日の会合の後、ブデビットからの金の融通もあって、一斉に行動を開始した。
『今後雑木の刈り取りは、量に応じた代金を払ってもらう』
領主や地主から唐突な警告が、紙作りの工房に言い渡された。
本来、雑木は一定期間ごとに刈り取らないと、道や土地の管理が大変になる。
紙製造のための雑木の刈り取りは、むしろタダで掃除をしてくれているようなものだった。
だが、それが金になると知れ渡ると、とたんに難癖をつけたくなるのが人間だろう。
高い料金を言い渡したり、急に禁じたりする命令が出てきて、工房組合の方が驚いた。
「これまで、喜んで頼んでいたのに、どういう風の吹き回しだ?。」
組合長のキーロッカーが呆れて言う。
知らせに飛んできたセイジは、苦笑い。
「急にもったいなくなったんでしょうね。紙の製造がすごく進んでますから。でも、もう南の山が刈れますから、あそこで集めたらいいですよ。」
「南・・・?、あそこは禿山で何も無かったはずだぜ。」
だが、キーロッカーが行ってみて、仰天した。岩がごろごろしていた禿山が、一面濃い緑に覆われ、あらゆる植物が生い茂っている。
「どーなってんだ・・・?」
「ここなら、いくら刈っても問題ありません。それに刈りきれませんし。」
グリちゃんが嬉しげに駆け巡っているのが、セイジには見える。
その走った足跡から、どんどん緑が伸びていた。
その後、雑木の刈り取り料を期待していた欲の皮の突っ張った領主や地主は、臨時収入どころか自分でまた刈らねばならない羽目になり、今さらまた刈ってくれとも言えず、使いの者に料金徴収をささやかせていったゲルネン子爵をひどく恨むことになった。
その頃、ブデビットは涙を飲んで、紙の大幅値下げに踏み切った。
これで、紙工房を全滅させてやる!、と今の売価の半額以下という大バーゲンだった。
だが、紙の値段からしてすでに最高値の5分の1程度、値下げ幅はかなり小さい。その上、紙工房は20件近く増えていて、激しい競争と練磨が続いている。
そこへセイジは、より使いやすくする『規格紙』の考えを持ち込んでいた。ブデビットがバーゲンに踏み切るよりすこし前だ。
「使う人が適当な大きさに切る紙より、適当な大きさにしてあって、綴り用の穴が開けてある紙の方が、使いやすいと思いませんか?。」
本当なら印刷もしたいところだが、今のこの世界では、印刷はまだ革命的な技術が必要だ。
サイズを決めて大量に切る刃物は、キアナが日本刀の鍛造方法を聞いて作り出している。ちなみに、寝物語にそれを聞いた彼女は、さらにとんでもないものを開発中だが、それはまたのちの話。
試作品を紙をいちばん使うところ、すなわち政府の事務担当者の処に持って行ったら、
『なんでもっと早く作ってくれなかったんだよ!』
と、半ば本気で怒られた。
毎日毎日、紙を適切な大きさに切って、切って、切って、切って、穴をあけて、あけて、あけて、あけて、
延々と続くこの仕事が、今の事務仕事で一番嫌われている。
面倒くさくて、やる気が起こらず、評価も全くされないからだ。
その為だけに下働きを雇うというのも、なかなか予算がつかない。
使う側の各工房や鍛冶屋の連中も、こういう仕事と関係のない手間はひどく嫌う。
それに、たとえ一枚当たりの値段が半額でも、無駄や手間を考えたら規格紙を買う方が、ずっとマシだった。
と言うのは、誰もが気にするのが、切った後に出る紙クズも値段の内だということだ。これだけでも、ゴミが増えると財務関係者から『無駄の多い切り方をするんじゃない』と嫌味を言われるのである。『言われる身にもなってくれよ』と、先ほどの事務担当者がぼやくほどである。
ゴミの量も役所などでは半端な量ではなく、後はマキの焚き付けにでも使うしか無いが、これまたたまると邪魔になる。焼却場などのゴミ処理施設が、この世界にはまだ無い事に気付いたのもセイジだった。大量に出るゴミの押し付け合いは、かなり醜い争いを起こしていて、弱い立場の者が泣かされるのだ。
幸い工房なら、切りくずもそのまま紙に漉き治せるので無駄が無い。
切りくずや紙のゴミの回収も、紙を収める製紙組合が請け負ったので、もろ手を挙げて歓迎された。
さらに見栄えの悪い再生紙に、色を付ける工夫をセイジに提案され、『色紙』の制作も着々と進行中だった。
こうなると輸入品を売るしか能のないブデビットに、勝機は無かった。
安売りを提案したデスダ商会はというと、涼しい顔をして半額の紙を買い集め、規格紙にして売り込んでいたりしていた(と言っても、手間賃や加工賃があるので、結局少し安めの規格紙ができる程度だったが)。いと哀れ。
密かに上程された、紙工房に別の税を掛けるという案は、一部の貴族が関心を示したが、公王レマノフサンダーが一喝した。
『これからようやく芽吹くという産業に、重税をかけて潰す愚か者があるか!。』
紙作りはすでに公国の法案でも保護が進められている。完全輸入だった物を、今度はこちらが各国へ輸出が可能になっていくので、その税収で儲ければ良いのである。完全輸入では、産業も増えないし、公国から金が出ていく一方になる。
ライザー財務卿や行政担当者もそろって猛反対した。
ようやく安価な紙が手に入り、予算や人手に余裕が生まれたというのに、税をかけると言う事は、それが消えてしまう。
やたら公王が慧眼のように見えるが、公王から質問を受けて、税収のことや完全輸入の欠点を詳しく教え込んだのは、実はディリエルである。この恐るべき黒雪姫は、さらに自分の情報網を使って、行政の事務担当の人たちへ、紙に増税するとどうなるかをそっと流していた。これはセイジに頼まれたりしたわけではなく、公国としてどうすべきか考えただけだ。
公国の支配カーストの中では、最下級に当たる行政の事務担当者たちだが、毎日一番こき使われているのに、増税で輸入紙に戻ったりしたら、紙を自分でまた切るハメになったり、製紙組合のゴミ回収サービスが止められたりしては、たまったものではない。特にゴミ問題は、押し付けられる方も堪らないが、押し付ける方もやりたくないのである。その結果、殺意まで混じった大反対で、これで押し切ろうとしたらおそらく公国史上最初のストライキが起きかねないほどだった。人間便利を味わうと、二度と戻れないという好例である。
説明を受けた会議では、大半が課税反対にまわった。散々紛糾したあげく、ようやく決まった分け前を、今さらやり直しさせられては堪らないからだ。
予定が総崩れで、一部踏んだり蹴ったりの者もいるが、ベンダン公爵からすれば、大した問題ではない。
これらの騒動は、隠れ蓑になる。
今の愚昧な甥を暗殺し、
『最も正当で、もっとも気高き血を持ち、公王にもっとも相応しき我が成ることで、公国は更なる大発展、世界を総べる大帝国となり、我は公国中興の祖として永遠に称えられるのじゃ!』
と、根拠のかけらもない妄想がとどまることが無い。
カーレイが言った計画。
軍のトップであるグシャーネン将軍に失態を起こさせ、謹慎させることで暗殺。
筆頭魔導師のラドルビンも暗殺。
そうすれば、両腕を失ったような公王は、いつでも暗殺可能となる。
「今こそ勝機じゃ、すぐにカーレイに計画を行わせよ。」
どこに根拠があるのかと、聞かないでほしい。バカに付ける薬は無いのだから。
「なんで私はこんなところにいるのでしょうか。」
「ええい話しかけるな、気色悪いオカマめ。」
ようやく気が付いたカーレイは、牢屋の一室に押し込まれていた。
全身打撲で、骨折こそ無いものの、肉体変化ができない。
おかげで気色悪い角刈りオカマそのもので、女の服が見苦しい事この上ない。
もっとも、今の状況で変身なんぞした日には、自分から怪しすぎる人間ですと宣伝するようなものだが。
『こまったわね。何が起こったのか良くわからないけど、ケンカ扱いと言う事なのかしら、オカマだからと長くは閉じ込めないはず。』
隠し武器や、色々つけていた物も取り上げられているが、一目で使用目的がわかるような物はほとんど無い。
1,2日の事だろうと甘く見ていた。
自分が襲った相手が、まさかセイジだとは露ほども思っていない。
そしてセイジは、肉体変化の性質に気付いていた。
『あれは、骨格や筋肉の位置をずらして、血流まで変化させて他人に化ける技術です。普通の人間がそんなまね出来るわけがありません。』
他国のスパイではないかというセイジの重大な発言に、即座にラドルビンが調査を命じた。
何といっても、公王を守ったドラゴンスレイヤーの発言である。
それに、公王が襲撃された問題でも、調べていくうちに幾つもの疑問点が出ていた。あの時何度も襲い掛かってきた魔獣の群れは、山賊ごときでは集める事は不可能だ。逆に餌にされてしまう。
魔獣に言う事を効かせるには、よほど強力な魔法使いによる、制約の力が必要だが、これとて数が多いほど困難になる。
ただ、襲ってきたのは中型の狼系と呼ばれる、比較的繁殖力があり群れを作りやすい魔獣がほとんどだった。
この系統に効果がある、狼餌という長期間発酵させて作る薬があり、猫にマタタビのような、一時的に酔っ払わせる効果がある。
これで集めた魔獣を酔っ払わせ、魔法が効きやすい状態にして、てなづけたのだろうという推測だが、何しろ犬の鼻の鋭さは人間の数千倍。作るだけでも危険なのに、梱包や輸送はよほど気を付けないと、わずかでも漏れれば、襲われてしまう。
集めた後にも、強力な魔法使いが複数必要だったことを考え合わせれば、貴族個人や山賊程度ではどうあがいても実行不可能。ベンダン公爵など論外。
他国の強力な後押しがあったと思う方が、合理的だ。
ただ、集めた連中さえも、狼系の群れを餌にする陽炎熊や、さらにそれを餌にする空竜の出現は想定外だろうというのがラドルビンの見解である。あれはさすがに、人間が操れる範疇をはるかに超えてしまっている。
そしてカーレイが付けていた指輪が問題になった。
細かに掘られている文字が、チーヤイ語で『この者チーヤイの将校なり』という身分証になっていた。
チーヤイ語は、形の複雑な文字で、見かけは何かの文様にしか見えない。
だが、すでにその言葉はかなり知られていて、調べればわかる程度の話になっている。
かなり文明が遅れている国なので、複雑なチーヤイ語は他国には分かるまいとたかをくくっていたのが仇となった。
「やっぱりあれですかな?。」
「で、あろうな。」
ラドルビンとグシャーネンが顔を見合わせ、公王がうんざりした表情になる。
グシャーネンはミレン村に、出身者のブデンを向かわせ、調査とその後の網を張らせていた。
事情はほぼすべて割れている。
すでに何人かの『使者』が、網に引っ掛かりとらわれている。
そちらを尋問して、芋づる式にカーリィと金を出したブデビット、ブデビットに接待されて金を融通され、気が大きくなって再度暗殺計画を命じたベンダン公爵と、つながりが全て露呈してしまった。
証拠と証人まで耳をそろえて抑えられているので、公爵といえど言い逃れは完全無欠に不可能である。
チーヤイとベンダン公爵が手を結び(というかチーヤイが利用してだが)、公王暗殺を仕組んだのは、これで間違いない。
セイジのおかげで、そのたくらみは寸前で防がれた。
しかも、セイジが発案した事業がきっかけとなって、隠れていた山賊と村の連携まで破壊できた。
そしてその担当将校が、セイジに興味を示してとっ捕まるという事態。
「何と言いますか、セイジ殿はチーヤイとベンダンにとっては、疫病神としか言いようがありませんなぁ。」
すでにベンダンから公爵をとっぱずして呼び捨てのラドルビン。
「そんな事まるで知らなかったんですけどね。」
「だからこそ、連中にとっては疫病神なのでしょうな。」
グシャーネンもおかしそうに言う。
「それにブデビットも、これで終わりだのう。」
「誰ですそれ?。」
きょとんとするセイジに、公王は噴き出した。
「ホッホッホッ、やれやれ紙戦争とまでささやかれる騒動の、最大の問題人物すら眼中に無いか。さすが我が娘の婿である。」
笑う3人と、首をひねるセイジであった。
後日、ベンダンは公爵位を剥奪。全財産没収の後、平民扱いながらあっさり斬首。絞首刑にしなかったのは、王族に対する最後の慈悲であった。
その配下や、協力していた貴族、官僚、商人たちは、一部処刑や処分の後、残りも厳重な見張りが置かれ、首に縄をつけられたような状態となる。
ブデビットは、もちろん全財産没収。ほかの商人はそれで済んだが、生憎チーヤイと公爵の関係を知っていたり、いろいろ陰で策動しすぎたこともあり、やはり斬首となった。
キジも鳴かずば撃たれまい。
「あ~、くつろぐ~。」
大きな木の香りのする湯船で、体を伸ばしながら、柔らかい肌をまさぐり、ポヨンポヨンのふくらみの上に頭を乗せて、人生の極楽を謳歌する。
「でも、よろしかったのですか?。」
第二夫人のディリエルが、桃色の肌を寄せてくる。
「ん~、なにが~?。」
セイジは自分で言うのもなんだが、完全ダメ人間になってる気がしてしまう。
だが、それも仕方あるまい。
ほほ笑みながらおっきなお胸の上に頭を乗せさせるイーラ。
桃色の肌を寄せ、潤んだ水色の目を投げかけるディリエル。
右手を抱いて、ツンと立った胸やなめらかなお腹やその下やら擦り付けるキアラ。
足を撫でて優しくさすってくれるハイネ。
『わが人生に一片の悔い無し!』
いあ、どこぞの救世主伝説じゃないけど。
「報償の事ですわ。」
他国の干渉と内部のガンであったベンダン公爵を除き、紙の製造という新たな産業を興した事などだが、俺からすると何かあったのかという程度。
報償を貰うなど、おこがましい。
ダルブレアン公国にしてみれば、面倒ばかり引き起こし、内部のクズや膿を集めて勢力化し、公爵の名を借りて借金を公王家に押し付けるベンダンは、目の上のコブどころか腫れあがったオデキのようなもので、財政的にも、国政でも、心情的にも、感謝してもし切れないぐらいありがたかったと、ディリエルを経由して公王が伝えてきたぐらいだ。
紙の製造についても、面白いからやっているのであって、何も報償などもらわなくても、こちらが呆れるほど金が入ってくる。
入ってくる金は、俺も含めて5等分して渡しているのだが、みんな『ではご主人様が預かっておいてください』と渡され、後の残高確認すら聞かれない。
それに銀行など無い世界、隠す場所を考えるより、俺に預けた方が安全なのは間違いないが。
「ハイネ、紙がすごい評判だな。俺も鼻が高いよ。」
「は、はい、ありがとうございます。」
濡れた黒髪が肌に張り付き、黒目のきらりとした輝きがまた美しい。白い肌はキアラに負けないぐらいだ。
「これはもう、今日はハイネさんからですね。」
「あ、はい、その・・・ありがとうございます。」
消え入りそうな声で、白い頬を染めるハイネは、本気で美しかった。
ハイネはハイネで、本気で求められていることが、嬉しそうである。
同じころ、
縛り首にされた罪人が、罪人穴に放り込まれるために運ばれてくる。
斬首は身分の高い者や急いで処分する必要がある相手に使われ、あまり重要でない犯罪者や、金を掛けたくない犯罪者はロープで十分である。
来たのは深い深い穴で、ここに罪人は放り込まれ、上から土をかぶせられ、また次の罪人が放り込まれる。
フードをかぶった陰気な男が、罪人穴の手前で、荷馬車を止めた。
ほろも無い、剥き出しの板の上で、舌を出して首に縄の跡がくっきりある醜い顔。
「さて、そろそろようございましょう。もうこんな不浄な場所に来るもの好きはおりませぬ。」
「カハア・・・」
途端に息が吸われた。
「ケホ、ケホ、ケホ、あー死んだ。」
首に縄の跡をつけたカーレイがむっくりと起き上がった。
「さすが身体変化術でございますな。」
「だけどねえ、死んだふりって大変なのよ。検死されるときは、本当に心臓止めなきゃならないし。」
血流操作などが出来るカーレイだが、さすがに心臓を一時的に止めるのは、うっかりすると止まりっぱなし、つまり死んでしまう事もある。それに今回は、何が原因かよく分からない全身打撲で、死刑執行直前まで身体変化術をつかえなかったし、かなりギリギリであった。
とはいえ、セイジを追いかけて自分でドツボにはまるような一面はあるが、殺しても死なないという恐ろしいオカマ、それがカーレイ。
こうして、顔や身元がばれても、一度死んでしまえば誰も生き返るとは思わない。
顔など身体変化術でどうにでも変えられるのだ。
「ただね~、あの坊やは気をつけないと、私の何かをひどく嫌っていたみたいだったわ。」
最後に何でぶっ飛ばされたのか、イマイチ思いだせないが、感づかれないよう気をつける必要がある。
「んーん、せっかく好みのタイプだったのにぃ、惜しいわぁ。」
「それなら、いっそ味方に引き込んでは?。」
「出来ればそうしたいわねえ。」
セイジの背筋が、ひどくぞわぞわしたのは、気のせいだろうか?。
次はセイジたち、いよいよ新居に移ります。




