表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/41

第十七話 <紙戦争>

ジャブジャブ、ジャブジャブ、ジャブジャブ、


濁った液体の中で、馬の毛を張った大きな四角いざるを、一定のリズムで何度も揺らす。

次第に、ざるの底に白く積もっていく紙の繊維。

それを何度も何度も繰り返し、厚くぽってりした紙が出来上がった。


『出来た出来た~』


横で見ていたグリちゃんが、出来上がった紙を見て喜び、走り回る。

ハイネは、しっかりした紙の出来に満足しながらも、どうしてこんなに厚い紙を作っちゃったんだろうと、半分やりすぎたとも思っている。

幅は約1メートル、長さが1,4メートル、普通用いる紙よりはるかに厚く、寒風にさらすとまぶしいほど白くなる。


出来た紙を館に持ち帰ると、セイジが目を丸くした。


「すごいな、こんなにしっかりした紙が出来たのか。」

「セイジ様、ほめていただくのは嬉しいのですが、こんなに厚いと、いったい何に使ったら良いのでしょう?。」

「考えて作ったんじゃないのか?」

「紙がたまっていくのが嬉しくて、つい。」


紙すきは基本、仕事量に応じた能率給。まだ始まったばかりであり、やはり個人差が出て、出来不出来がどうしても出てくる。

セイジの妻であるハイネは異様に早く仕事になじみ、同じ材料と同じ時間で作っても、格段に質の良い紙を作ってしまう。きめが細かく、なめらかさも格段に上で、『同じ材料なのになぜ?』と、工房全員が首をひねるほどだ。セイジは、いつもそばでじゃれているグリの影響かもしれないと考えている。材料になる植物たちは、グリの精霊力を受けやすいし。

ハイネの紙は、混ぜて売ろうにも目立ち過ぎるので、セイジが直接買い上げることにして、『作りたいように作らせてみてくれ』と工房にも頼みこんでいる。とはいえ工房の主のキエンスは、ハイネがいてくれるだけで自分の持病の腰痛や、働いてる者たちまでも治してもらえるので、反対など絶対にしないが。

そういったことでハイネの好きに作って、出来た紙は贈り物としてあちこちに好評をいただき、つい勢いとノリで作ってしまったのが、今日の紙だったりする。


セイジは苦笑いしながらも、『怪我の功名だな』とつぶやいた。セイジには、この紙を欲しがりそうなところに心当たりがある。


「どういう意味なのです?」

「失敗が思わぬ成功につながることがあるんだよ。」


何枚も作ってしまった分厚い紙の内、一枚はグリちゃんが敷物にしている。

ハイネがすいた事もあり、その上がとても気に入ってしまったらしい。


セイジは画商のところへ、それを持ち込んだ。

ルーゼマン・スタイナーは、王都でもトップクラスの画商だが、セイジの名前よりその紙を見たとたん顔色を変えた。


「セイジ様、この紙はいったいどこから?。」


透かして確かめ、触って調べ、目を凝らして何度も舐めるように確かめる。


「俺の四番目の妻が、楽しくてつい作ってしまったそうだ。」

「なんと・・・、我が国でこれほどの紙が!」


今回は初めてでもありますが、と前置きして、一枚につき金貨一枚を払うというのである。

同サイズの羊皮紙でも、銀貨5枚程度と言うことを考えると、破格と言えた。


「その代り、以後奥様が作られた紙は、必ず自分のところに持ち込んでくださいませ。お願い致します、セイジ殿!!」



ハイネ紙という名前でスタイナーが売り出した紙は、貴族お抱えの有名画家たちが奪い合いになるほどの人気商品になった。一日20枚が限度ということもあり、見本を配った5日後には、半年先まで予約が埋まってしまったほどだ。もちろん、休みなしでとは言わないが、ハイネの方がひっくり返るほど驚いた。


「どーいうことなんです??」

「あれだけ厚いと、描くのも版を押すのも飾るのも、しっかり耐えるからだよ。」


セイジがいた日本は、世界に名だたる紙王国である。

生産量も多いが、何より特徴的なのは、21世紀においてなお、紙の工房が全国にあり、さまざまな種類の和紙が人の手ですかれていることだ。その種類と特徴、多様性は他国には及びもつかず、さまざまな分野ですそ野を広げ続けていた。中でも世界の絵画部門では、日本の和紙は無くてはならぬ存在であり、特に十回以上も版を重ねる版画は、和紙の持つ美しさと強靭さが絶賛されている。

そのように、デッサンぐらいならとにかく、本格的に色を付けて描こうとしても、紙が丈夫でないとすぐふやけて破れる。

それに、壁やついたてに直接描くのは、凄く大変なのである。

それより書いたものを張る方がはるかに効率もいいが、布であるキャンバスは張り付けるのは至難の業だ。


輸入される紙で、わずかに入ってくる高級品はそれなりに厚さがあるが、これが予約しか認められず、入ってきた時に変質していても買わねばならないため、全損で泣かされた業者は数多い。スタイナー氏も何度か大損をさせられている。だから高いように見えても、見て買えるというだけでも損がゼロ。そして見本を見せられた画家が口をそろえて言うのが、『白さと厚さと品質で比較にならない』。

以後、壁紙という言葉が生まれ、上流階級の自慢の部屋づくりの最低条件とされるようになったが、壁紙とはイコールハイネ紙である。



だが、これが騒動の最終的な引き金となった。



紙はそれまで全量輸入であり、需要もあって高値で取引されていた。

ただ、それで大儲けを続けていた紙商人がいた。デイブ商会のブデビット・デイブである。


需要と供給から簡単に言うと、つまり同じ物があまりに多すぎれば値段が下がる。

それぞれの貿易船にも積み荷に向いた特徴というものがあり、船長はそれをうまく計算して運ばなければならない。


デイブのやり方は、そんな中で構造上紙を一番たくさん積んでくる船を見越して、積み荷を早く丸ごと買い取り、値段を高く吊り上げて、少しずつ放出することで荒稼ぎを繰り返すのだ。

ほかの船は、その船と争わないよう、紙はあまり積んでこない。

紙の需要は徐々に増え、売値は高止まり、デイブは笑いが止まらなかった。

分厚く儲けた金で、爵位が得られるよう宮廷に運動まで始めた。

出来れば子爵か伯爵あたりを得て、国の使用する紙の利権でさらに食い込んでいくことを夢見るほどになった。


しかし、それがある日突然つまづいた。

紙の値段が下がり始めたのだ。


供給を抑えて、値段を吊り上げようとしたが、逆にさらに下がる始末。

高値で売ることに慣れていた使用人たちは、なぜ売れないのかが分からない。

これまで紙を買っていた先に訪ねてようやく分かってきたのが、紙の製造を始めた工房が、それも複数出て来たと言う事だった。


「紙の製造だとおおおおっ!」


これまで100%輸入であったからこそ、大儲けが出来たのであり、製造が始まってしまえば競争しかない。


それだけでも苦痛だが、作られている紙の質が悪くない、いやかなりいい。

先に書いたが、輸送中に水気や塩気などで紙が悪くなることはよくある。

ましてや、輸入まで待つより、できたところで買う方がはるかに安心である。


21世紀の日本のような、輸送中の環境整備に空調などが自在に使える時代ではないのだ。


製造を始めた工房が一つだけなら、財力で強引に潰すことも簡単だったが、すでに10を超える工房が、紙の製造を始めている。


「とにかく、何としても製造を止めさせろ!。ウチをつぶす気かあああっ。」


ブデビットも紙の製造を考えたことはある。だが失敗して損をするより、買占め独占を敷いて、利益を荒稼ぎする方がはるかに楽だった。何より、作り方をまねられたら、他人が作り始める。それが一番恐ろしかった。


貿易という、他人が割り込みにくい、独占と押しつけがしやすい環境は、ブデビットにとって天国であった。もちろん、輸送中の事故や嵐など、損失も出ることは出るが、その分値段に上乗せすれば済むからだ。


『文句を言うなら、買わなくて良い。どうせ、無ければ自分の処に買いに来なければ無いのだから。』


そういう絶対的な独占商売でのし上がってきたブデビットは、頭に血が上って強引に押しつぶそうとした。


取引所に圧力を掛けて、作られた紙の売り買いを減らさせようとしたり、

『紙の製造には悪い薬が使われていて、水が飲めなくなる、魚が取れなくなる』などの噂を流したり、

ならず者を雇って、インネンをつけさせようとしたり、

製紙組合は不当だ!と、有りもしない訴えで解散させようとしたり、

宮廷への『運動』で顔を知ってもらったライザー財務卿に、紙の製造を禁じるよう袖の下を渡そうとしたり。


というように、あらゆる悪辣な手段を使ったが、頑強な抵抗にあった。


何しろこの事業は、工房組合全体が後押ししている。それも工房組合・鍛冶師同盟の総組合長キーロッカーが支持している。そうそう簡単にはへこたれない。


それに、ブデビットは頭に血が上って分からないでいるが、自分も相当に嫌われているのだ。

若い頃から苦労して、今の地位に就いたと日ごろから自負しているが、そんなことは誰でもやっている。工房が苦労していないはずがない。

それ以上に、貿易を独占するために相当えげつない手段で、他人を蹴落としてきている。

真面目に苦労している工房の人たちを、信じる者は数多い。


そして工房組合・鍛冶師同盟共にドワーフの比率が異常に高い。

戦闘能力が高く、我慢強く、誇り高い彼らに、脅しも透かしも通用しない。

彼らにとっても、紙の製造は願いである。

暴力で来るなら、むしろ組合や同盟の方が実力が高い。

知らずに雇われたならず者が、叩きのめされて二度と来なくなった。


ライザー財務卿も、ブデビットの要請には眉をしかめた。

すでに、紙の値下がりによる予算の余裕をどこにどう振り分けるかの調整に入っている。

その額はブデビットの袖の下ぐらいではない。

紙が楽に使えるようになる分、人手は減らせる、通達は楽になる、しかも記録が楽にどこでも残せる。それらを試算をしてみたら『なんでこれまでこんなことが出来なかったんだ!』と会議が騒然となった。これまで足枷を掛けられてきた事業や国政が大いに伸びることが分かり、今更止めたら、ライザー財務卿すら危ない。

何より、ライザーはセイジが怖い。先日ドラゴンの素材の事で本気で泣きついて、その借りが大きすぎて返せない。

あれを怒らせるぐらいなら、ブデビットを潰す方がはるかにましだった。


そして画商のルーゼマン・スタイナーからある知らせが届いた。


『今度の上質紙は、違約金を払うので、買わない。』


高品質な上質紙は、厚手で質も高いが値段も高い。

予約制で、買う以上全量買い取りになっている。

ただ、貿易である以上『違約金』も存在する。船が港に入る2週間以上前なら、という条件だ。

普通は、品物も見ないで高い違約金を払う事は無い。貿易はある意味カケであり、ハズレを恐れるなら、最初からしない方が良い。

当然ブデビットは丸儲けで、買われなかった紙は、別の顧客に回せばさらに儲かる・・・はずだった。


だが、誰も乗ってこない。


聞けば全員、『ハイネ紙以上の物なら考える』と言うのだ。


そう、ルーゼマンにしても、誰も買わない・使えない紙を抱え込むぐらいなら、最初から断った方がはるかに助かる。

しかも『ハイネ紙』で儲けが十二分に出ている。


これでブデビットは完全にブチ切れた。


しかも、ハイネ紙を作っているのは、あのドラゴンスレイヤーのセイジの妻だという。

紙の作り方を伝え、工房に広く作らせるよう指導したのもセイジだ。


「くそおおおおっ、疫病神めえええっ!」


ブデビットは考えた、頭から血を吹きそうなぐらい考えた。

ただ、それが新しい商売や、この先の新たな生き方なら良かったが、その考えることはただ一つ。


『あの疫病神セイジをどうにかして潰す!』


その事だけが、頭の中をぶんぶんうなりを上げている。


『あのセイジを潰すか消すかすれば、紙作りの工房も停滞する。ハイネ紙の製造も止まるだろう。ライザー財務卿もこちらを向く。何もかも良い方へ向かうに違いない。』


何の根拠があるのかと、関係者全員が突っ込みたくなる考えだが、元になっているのが自分の絶対的優位。そんなものもはやありえない幻想なのだが、幻想にしがみつくには妄想で理由を作らねば、足がかりすら無い事になる。(まったくありえない幻想を元に、現実がそう出来ると思い込んだ人間が、21世紀日本でもごろごろいる。総理になった他称宇宙人までいる(本当の宇宙人にはすごい失礼な話だが)。)


こういう負のエネルギーは、出ている間は止まらないものだ。

そうすると、負のエネルギーは別の負を見つけ出して、糾合するのである。


今のセイジともめ事を起こしている相手、それがいたのだ。


この話は、少し続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ