付き合いたて編2『モールデートと独占欲』
俺は渚と二人で、休日で賑わう大型ショッピングモールへ来ていた。
「ねえお兄ちゃん、これどう思う?」
ハンガーにかかった清楚なブラウスを自分の胸元に当てながら、渚がこちらを振り向く。
「ん、渚にすごく似合うんじゃないか?」
「本当? 嘘ついてない?」
「本当だって。色も明るくていいと思うぞ」
「ふふ、じゃあ買っちゃおうかな」
そんな他愛もない恋人同士の会話を交わしながら、人混みの中を並んで歩いていると――。
「あれ? もしかして……」
ふいに横から、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「やっぱり! 久しぶりじゃん!」
「おお、久しぶり! こんなところで会うなんて珍しいな」
大学時代、同じゼミでよく顔を合わせていた女友達だった。
卒業以来すっかり会っていなかったが、相変わらず明るく気さくな雰囲気だ。
「買い物?」
「まあ、そんな感じ」
女友達の視線が、俺の隣で並んで歩く渚へと注がれる。
「……そちらは、妹さん?」
その瞬間――。
隣から「ムッ……」という、目に見えるほどの凄まじい不機嫌なオーラが立ち上った。
肘が触れ合うか触れ合わないかという距離にいる渚の佇まいが、一瞬で氷点下まで冷え込むのがわかる。
幼い頃からずっと『妹扱い』に悩み、苦しんできた彼女にとって、「妹さん?」という言葉は何よりも踏んでほしくない地雷中の地雷だ。
(……ここは、はっきりと言わなければ)
先のバーベキューでも心に誓ったはずだ。
もう鈍感なフリをして誤魔化すのはやめると。
男として、そして彼女を愛する恋人として、ここで日和るわけにはいかない。
俺は渚の華奢な肩にそっと手を回し、抱き寄せるようにして女友達に向かってはっきりと告げた。
「いや、妹じゃないよ。……俺の、彼女」
一瞬、女友達は驚いたように目を見張った。
それから何かを悟ったように、ニッと楽しげに笑った。
「そっか! ごめんごめん、勝手に妹さんなんて思っちゃって!
……じゃあ邪魔しちゃ悪いから、デート楽しんでね!」
女友達は手をひらひらと振ると、気を利かせて爽やかに立ち去っていった。
去っていく彼女の背中を見送り、ホッと安堵の息を吐いた――まさにその直後。
「……ありがとッ!!」
隣から爆発したような歓声が上がったかと思うと、渚が感無量といった表情で俺の手を両手でキュッと包み込んできた。
さっきまでの氷点下の空気はどこへやら、彼女の顔には満開の花が咲いたような眩しい笑顔が広がっている。それどころか、あまりの嬉しさに勢いあまって俺の腕に自分の胸を押し付けるように抱きついてきた。
「えへへ……『彼女』だって……♡
お兄ちゃん、ちゃんと『彼女』って言ってくれた……!」
「ちょ、渚……っ! 落ち着けって!」
ふわりと香る甘い香水の匂いと、腕にダイレクトに伝わる柔らかな感触。
周りを見渡せば、買い物客の家族連れやカップルたちが「あらあら」と言いたげな、微笑ましくも温かい(そして少し恥ずかしい)視線をこちらに向けている。
「真っ昼間から過剰なスキンシップはやめてください……! ほら、周りのみんなが見てるから!」
「やーだ。だって、すごくすごく嬉しかったんだもん」
渚は腕にさらにギュッと力を込め、俺の顔を覗き込んできた。
上目遣いに見つめてくる彼女の瞳は甘く潤んでいて、あの一夜の熱い視線を嫌でも思い出させる。
「妹じゃなくて、彼女だって自慢してくれたんだから……これくらいのご褒美、当然でしょ?」
そう言って渚は、周りの目も気にせず、俺の頬にちゅっと小さなリップ音を響かせた。
真っ昼間のショッピングモールの真ん中で、俺は顔が爆発しそうなほど真っ赤になるのを隠せなかった。
◇◇◇
「あの人たぶん、お兄ちゃんのこと好きだったんだよ」
モール内の落ち着いたカフェに入り、頼んだアイスカフェラテを一口飲んだところで、渚がとんでもないことを言い出した。
「……は?」
「だから、さっきの女友達さん。あの人、絶対、お兄ちゃんのこと好きだったよ。女の勘だもん」
腕を組み、ふくれっ面で断言する渚。
それを聞いた瞬間、俺の頭の中に(えっ、マジで……? だとしたら、ちょっと惜しいことをしたんじゃ……)という邪念が、ほんの一瞬、本当に一瞬だけ脳裏をよぎってしまった。
――次の瞬間。
「……何いま、『惜しいことしたな』みたいな顔してんの?」
ヒュッと背筋に冷や汗が走った。
渚の目が完全に据わっている。すさまじい眼力で睨みつけられた。
読まれた。思考を完全に読まれたのだ。
「ち、違う! 全然そんなこと思ってない! 誓って思ってないから!」
「嘘つき。顔に『惜しかった』って書いてあったもん。
ふんっ、あんな胸の大きくて大人っぽい人の方が良かったんだ……
私なんてただの幼なじみの妹だもんね……」
「違うって! 俺には今、世界で一番可愛くて最高の彼女がいるんです!」
必死になって両手を振り、運ばれてきたばかりのストロベリーパフェを渚の前に差し出しながら、汗だくになってご機嫌をとり、なだめ倒した。
「俺には、渚がいるから」
「…………」
渚の顔が、みるみるうちにりんごのように赤くなっていく。
「……ずるい」
「何が?」
「そういうこと、急に言うの」
「いや、怒ってたから」
「怒ってないもん」
「怒ってた」
「……ちょっとだけ」
渚は恥ずかしそうに俯いた。
それから――。
「でも、嬉しい」
ぽつりと、小さな声でそう言った。
「じゃあ機嫌直してくれ」
「うん」
「もう他の女のことなんて考えないから」
「それはそれでどうなの?」
「え?」
「私以外の女の子を全部無視するようになったら、それはそれで困る」
「難しいな、お前」
「ふふっ」
パッと花が咲くように、ようやく笑ってくれた。
(……やっぱり心から思う。俺が鈍感で良かった、と)
もし昔から周りの女子の好意に敏感なタイプだったら、目移りしてしまって、こんなにも一途で可愛すぎる彼女を手に入れることもできなかったはずだ。
「ほら、お兄ちゃんもあーんしてあげる。口開けて」
「あ、あーん……」
スプーンですくったパフェを俺の口に運んでくれながら、渚は嬉しそうに目を細めた。
鈍感だった俺を何年も何年も追いかけ続け、ついに捕まえた彼女の笑顔は、どんな甘いスイーツよりも甘く、俺の心を溶かしていくのだった。




