二人の日常編4『まさかの振袖3連発』
年末年始というのは忙しい。クリスマスが過ぎたと思ったら、あっという間に一週間後にはお正月である。
そして今年も無事、毎年恒例の二家族が実家に大集結した。
「あけましておめで――えっ!?」
新年の挨拶を口にしかけた瞬間、俺は玄関先で完全に固まった。
目の前にいたのは、色鮮やかな振袖に身を包んだ渚だった。
赤を基調とした振袖。
綺麗にまとめられた髪。
来週行われる成人式用の振袖を、なんとこのお正月にフライングで袖を通したのだという。
普段の可愛らしい雰囲気とは打って変わって、綺麗に結い上げられた髪と華やかな着物姿は、息をのむほど大人っぽく、そして反則的なまでに綺麗だった。
「どう? 似合う?」
渚が少し照れながら尋ねる。
「……」
答えられない。
ただ、見ていた。
穴が空くほど。
「お兄ちゃん?」
「……」
「おーい?」
「……綺麗だ」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
渚の頬が、ぱっと赤くなる。
「……えへへ」
その横で、美凪さんが胸を張った。
「どんなもんだい!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「着付けも髪も私がやりました。育休中とはいえ、腕はいささかも衰えてないわよ!」
プロの美容師によるあまりの見事な仕上がりに、両家の親たちも「うわあ、渚ちゃん綺麗!」「本当に大人になったわねぇ」と大絶賛している。
俺は言葉を失い、文字通り穴が空くほど渚のことを見惚れてしまっていた。
夕べまでのあどけない笑顔とのギャップに、胸の動悸が収まらない。
パシッ――!!
「あでっ!?」
突然、後頭部に鮮やかな衝撃が走った。
振り返ると、そこには夏美姉が、冷ややかな視線を送っていた。
「……何の意味もなく殴られたんだけど!?」
「意味なら大アリよ。新年早々、鼻下伸ばしてデロデロな顔してんじゃないわよ。
眼福なのは分かるけど、直視しすぎて渚が赤くなってるでしょ」
夏美姉の指摘通り、渚は俺に見つめられまくったことで、着物の赤さに負けないくらい顔を真っ赤に染めていた。そっと袖で口元を隠しながら、上目遣いで俺をチラチラと盗み見てくる。
「お、お兄ちゃん……変、かな……?」
モジモジしながら尋ねてくる渚。
「変なわけあるか! めちゃくちゃ綺麗だ……マジで似合ってる」
俺が本気で褒めちぎると、渚は一瞬でパッと顔を輝かせ、夏美姉の制止を振り切るようにして、ふりふりの袖をひらひらさせながら俺の隣にすり寄ってきた。
「えへへ……お兄ちゃんに一番最初に見せたかったんだ♪」
両家の親たちが「まあまあ、新春からごちそうさま」「仲が良くて何よりねぇ」とニヤニヤした目で見守る中、俺は新年早々、振袖姿の可愛すぎる彼女にノックアウトされるのだった。
◇◇◇
そして一週間後。
いよいよ渚の成人式の日がやってきた。
振袖姿は先週のお正月にも見たはずなのに、やっぱり何度見ても綺麗で、ついつい見とれてしまう。
本人は「このあとお兄ちゃんと大人の階段登るんだ~♪」なんて言い出していたが、そこは「ダメ、絶対」となだめ倒し、なんとか式典の会場へと送り出した。
正直に言えば、俺だってめちゃくちゃ惜しい。ずっと隣にいてほしい気持ちは山々だ。
だが、中学・高校の同窓会なんて人生で最初で最後になるかもしれないのだ。今しか作れない友達との思い出を、絶対に優先すべきだろう。
――ということで、俺はお留守番である。
手持ち無沙汰な俺の現在のミッションは、美凪さんの愛娘・真夏ちゃんの相手をすることだ。
「あー、うー」とご機嫌な声を上げる真夏ちゃんを抱っこすると、ちっちゃな手で俺の首元にギュッと力いっぱいにしっかり抱き返してきた。
この無条件の信頼感がたまらなく愛おしくて嬉しい。
「ふふ、まさか年下キラーだったとはねぇ~」
授乳用の白湯を準備しながら、美凪さんがニヤニヤとした視線を送ってくる。
「……そんなことはないです。たぶん」
「嘘おっしゃい。渚ちゃんを沼らせて、次は真夏までメロメロにしてるじゃない。罪な男ね」
「真夏ちゃんはただ抱っこが好きなだけです!」
タジタジになる俺の胸の中で、真夏ちゃんはすっかり安心しきった様子で、小さなあくびをして目をトロトロとさせ始めていた。
(……まあ、渚の同窓会が終わるまでは、良き『お兄ちゃん』として大人しく待ってるさ)
そんなことを思いながら、腕の中の小さな温もりを優しくあやしていた。
同窓会で男子から声をかけられてないか、ちょっとだけヤキモキする胸の痛みを隠しながら。
◇◇◇
そしてさらに一週間後。
今度は洋の結婚式である。
そして渚は、まさかの『3週連続で振袖姿』という脅威の記録を打ち立てていた。
お正月、成人式、そして実の兄の結婚式。
毎週毎週、最高の着物姿をお拝見できる俺は間違いなく世界一の幸運男だ。
(……正真正銘、主役である花嫁さんより綺麗なんじゃないか?)
そんなことを思ってしまう親バカならぬ「彼女バカ」な俺だが、こんなこと披露宴会場で口にしたら親族一同・招待客全員から総スカンを食らうので、口が裂けても言えない。心の中だけに留めておくのが大人の嗜みというものだ。
披露宴の最中、親たちが感動の場面で涙ぐんでいる隙を突いて、渚が隣からそっと俺の袖を引っ張ってきた。そして、口元をテーブルクロスで隠しながら、耳元で悪魔的な囁きを投下してきた。
「ねえ、お兄ちゃん……式が終わったら、今日は二人でいっぱいイチャイチャしようね?」
「っ……!?」
えらいことを言い出した。
だが、考えてみれば仕方のないことでもある。
正月は両家族が大集結していて二人きりになれず、成人式は同窓会でほとんど一緒にいられなかった。ずっと不完全燃焼だったのだ。
洋、お前のめでたい日に本当に悪いとは思うが……この後は振袖姿の渚と思いっきりイチャつかせてもらっても、バチはあたらないはずだ。
◇◇◇
式が終わり、帰還した俺たち。
着物を脱いで楽な格好になった渚は、ソファで俺にピッタリと身を寄せながら、嬉しそうにカレンダーを覗き込んでいた。
「次はバレンタインだね! あ、でもその前に節分かぁ。楽しみだね♪」
渚は早くも、恋人として過ごす次のイベントに心を躍らせているらしい。
……節分。
恋人同士で過ごす節分って、一体どんな感じなんだろうか?
まさか「鬼は外ー!」とか言って豆をぶつけ合うわけもないし。
(……恵方巻きを、一本の端と端から二人で同時にかじりついて、真真ん中でキスするとか……? いやいや、それなんてエロ漫画だよ)
自分の妄想に一人で勝手に焦って赤くなっている俺の横で、渚は「なにニヤニヤしてるの?」と不思議そうに首をかしげ、抱きつく力を強めてきた。
「まあ、節分の前に……まずは今夜の『イチャイチャ』からだけどね?」
上目遣いに俺を捉える渚の瞳には、甘い熱がたっぷりと宿っていた。俺は覚悟を決め、愛おしい彼女の肩をそっと引き寄せるのだった。
かくしてバカップルのイチャイチャな日常は続いていく……。
という雰囲気を作ったところで、次回からは転パートに移行します。




