二人の日常編3『クリスマスプレゼント』
季節はあっという間に過ぎ、街が華やかなイルミネーションに彩られる頃――待ちに待ったクリスマスがやってきた。
「お兄ちゃんとクリスマス! ふふっ、お兄ちゃんと二人っきりのクリスマス♫」
渚は朝から上機嫌で、部屋の中をパタパタと走り回りながらはしゃいでいた。
子どもの頃は、イベントの度にくっついては二家族合同で盛大に集まっていた俺たちだが、実はクリスマス会だけは、成長するにつれていつの間にか開催されなくなっていた。
まあ、それもそうだろう。
高校生や大学生にもなって実家の合同クリスマス会に参加し続けるなんて、自ら「私、今夜の予定はありません(=独り身です)」と家族に大声で公言しているようなものだ。
思春期のきょうだいたちが避けるようになったのは自然の流れだった。
(でも……今思えば、渚には可哀想なことをしたよな)
俺たちがそんな理由でクリスマス会を突っぱねるようになった頃、渚はまだ幼く、サンタさんを信じていてもおかしくない年齢だったはずだ。
一番楽しみなはずの時期に、年上の都合でパーティが立ち消えになってしまったのだから。
申し訳ない気持ちになって、俺は部屋でチキンを皿に盛り付けている渚に、ふと声をかけた。
しみじみと反省を口にした、その直後。
「失礼なッ!!」
カチャンと皿を置く音とともに、渚が頬をぷくーっと膨らませて怒り出した。
「な、なに? なんで怒ってんの!?」
「当たり前でしょ! その時にはもう、サンタさんなんていないことくらい知ってましたー!
お兄ちゃん、私をどれだけ子ども扱いすれば気が済むの!?」
「えっ、あ、そうなの……?」
「そうだよ! 怒るよほんとに!」
肩を怒らせておこおこしている渚だったが、その顔はほんのり赤くなっている。
嘘だな。あれは絶対、当時はまだサンタさんを信じていて、今さら『サンタさん信じてたお子ちゃま』と思われるのが恥ずかしくて必死に強がっている顔だ。
あまりにも分かりやすいリアクションに、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で耐えた。
「はいはい、悪かったよ。大人だったんだな、渚は」
「もう……バカお兄ちゃん。子ども扱いするなら、サンタさんのかわりに……私に素敵なプレゼント、ちょうだいね?」
そう言って、渚はぷんすか怒っていた顔から一転、悪戯っぽく微笑むと、上目遣いで俺の首に腕を絡めてきた。
幼い頃に取り上げられてしまったクリスマスの思い出を取り戻すように。今夜は、大人になった渚と、恋人として最高の夜を過ごすことになりそうだ。
◇◇◇
そして、お待ちかねのプレゼント交換の時間である。
「はい! お兄ちゃんにはこれ!」
渚が少し照れくさそうに、でも誇らしげに取り出したのは、綺麗にラッピングされた手編みのマフラーだった。
「ふふん、どう? 『ザ・日本の彼女』って感じでしょ?」
胸を張って得意げになっている渚。その姿がどこか誇らしそので、あまりにも可愛らしい。
「すげえ……本当に自分で編んだのか? ありがとう、渚」
実際に、これはめちゃくちゃ嬉しい。
首に巻く前から、渚が俺のために一生懸命針を動かしてくれた時間や想いが伝わってきて、胸の奥がじんわりと暖かくなってくるようだった。
「じゃあ……俺からは、これ」
俺はポケットから小さな革張りのケースを取り出し、彼女の前に差し出した。
パカッと箱を開けると、そこには静かに輝くシルバーの指輪。
「……うそッ!?」
両手を口にあて絶句している。
やがて、その瞳がみるみる潤んでいく。
指輪ケースを見つめたまま固まったあと、何も言わずに左手を差し出してきた。
俺はその手を取った。
細い指に、そっと指輪を通す。
小指に。
「……なんでぇぇぇぇッ!?」
次の瞬間、渚が思いっきりスネた。
あんなに涙目になって感動していたのが嘘のように、唇を極限まで尖らせている。
「なんで小指なのぉー! ここは薬指でしょ! 普通そこは薬指でしょ!?」
「ばっ、お前、親たちから『学生のうちは順序を守れ』って釘刺されただろ?
薬指は、本番までの楽しみにしといてください」
俺が苦笑いしながら諭すと、渚は「むぅぅ……」と盛大に頬を膨らませた。
「お兄ちゃんのケチ……バカ……」
むくれながらも、小指にはめられたピンキーリングを愛おしそうになでて、嬉しさを隠しきれずに口元を緩めている。
なんだかんだ、指輪というプレゼントそのものがたまらなく嬉しかったらしい。
……と、微笑ましく思っていたのも束の間。
渚は、ふと思いついたように自分の薬指に指輪を近づけた。
「こっちにも入るかな」
「やめてください」
「入るもん! ギリギリ入るもんこれ! 薬指がいいんだもんー!」
「無茶すんな! サイズが違うだろ! 指が赤くなってきてるって!」
「入るかもしれないじゃん」
「入ったとしても抜けなくなるって」
「……むぅ」
渋々、小指へ戻す。
そしてまた、嬉しそうに指輪を眺めた。
「……薬指は、本番かぁ」
「そういうことです」
「絶対に一番綺麗な指輪にしてね?」
「約束します」
小指の指輪を撫でながら、上目遣いで小悪魔みたいに笑う渚。
手編みのマフラーの温もりと、指輪を喜んでくれた彼女の笑顔。サンタさんなんていなくても、俺たちのクリスマスはこれ以上ないくらい幸せな夜になったのだった。
◇◇◇
ケーキを食べ終え、部屋の照明を少し落とす。
キャンドルの揺らめく灯りと、窓の外のビル群が描く遠いイルミネーションの光だけが部屋を優しく照らしていた。
渚はもらったばかりの小指の指輪を光にかざしながら、俺の隣にすり寄ってきた。
もらったマフラーを俺の首に丁寧に巻くと、自分もそのマフラーの端に入り込むようにして、俺の胸にぴったりと顔を寄せる。
「お兄ちゃん、あったかいね」
「渚が編んでくれたからな。……ありがとな」
「……マフラーのことだけじゃないよ」
渚はそっと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
距離が近すぎて、お互いの息がかかる。
「小指の指輪も、すっごく嬉しい。お兄ちゃんが私との未来をちゃんと考えてくれてるのが分かったから」
「……渚」
「でもね……薬指はお預けでも、今夜は子ども扱いなしだからね?」
甘く囁かれた声に、俺の胸が高鳴る。
渚の小さく柔らかい手が俺の頬に触れ、彼女の方からそっと背のびをするようにして唇を重ねてきた。
チキンと苺のケーキの甘い香り。そして、二人を包む手編みのマフラーの温もり。
ゆっくりと唇を離すと、渚は熱を帯びた瞳で俺の首にしっかりと腕を回してきた。
「大好き……お兄ちゃん。メリークリスマス」
「メリークリスマス、渚」
俺は彼女の華奢な腰を引き寄せ、もう一度、今度は深く愛おしさを込めて唇を重ねた。
外は冷たい冬の風が吹き抜けていたが、二人だけの部屋には、世界で一番甘くて温かいクリスマスが訪れていたのだった。




