二人の日常編2『新しい家族(後編)』
「そういえば……夏姉ちゃんは?」
洋が周りを見渡し、首をかしげた。
「あー……夏美姉はちょっと、諸事情により不参加でして」
俺が苦笑いしながら濁すと、晴海さんの顔に「誰?」と小さな疑問符が浮かぶ。
その時、ご対面という大仕事を終え、すっかり酒が入って変なテンションになっていた洋が、豪快にビールカップをあおったあと――さらっと、とんでもない爆弾発言を投下した。
「こいつの姉ちゃん。それで、俺の初恋の人」
「「「「「はぁいぃぃぃっ!!???」」」」」
庭にいた全員の声が綺麗にハモった。晴海さんは目を丸くしてフリーズし、うちの親父はビールを吹き出し、隣のおじさんは肉を喉に詰まらせかけた。
「ちょっと洋!? あんた何バカなこと言ってんのよ!!」
おばさんが慌てて怒鳴りつけるが、本人は悪びれる様子もなく、どこかすっきりした顔で笑っている。
「いやー、まあ完全に見向きもされなくてさ。逃げたいのもあって地方の大学に行ったワケ。……でもさ、そのおかげで、そこで最高の彼女と知り合えました!」
最後に晴海さんの肩を抱き寄せ、ドヤ顔で綺麗(?)なノロケにつなげた洋。
だが、落差が大きすぎて全員の衝撃は収まらない。
(マジかよ……洋、お前夏美姉のこと好きだったのか……!?)
あんなにガキの頃から一緒に泥だらけになって遊んで、夏美姉にコテンパンに扱われていた洋が、まさかそんな甘酸っぱい片思いをこじらせていたなんて、一度も気づかなかった。
(待てよ……? 夏美姉のやつ、『周りはカップルだらけ! 私だけ独り身!』って部屋でヤケ酒飲んで嘆いてたけど……それ、ただ足元の好意を見落としてただけなんじゃ……?)
「……ふふっ。鈍感なのは、お兄ちゃんだけじゃなくて、お兄ちゃんの家族の血筋なのかもね」
呆然とする俺の横で、渚が呆れたように小さく肩をすくめ、容赦ない毒を吐いた。
「渚……お前、身内に酷いこと言うな……」
「だって本当だもん。ちぃ兄ちゃんの視線なんて、端から見てたら丸わかりだったのにさ。
やっぱり『隣の家族』って目線で見てると、一番大事なことに気づけないんだよ」
渚はそう言って、俺の腕にギュッと身体を寄せてきた。
「……だから私、頑張ってよかったな」
耳元でぽつりと呟かれた小さな声。
洋のまさかの初恋暴露に揺れるバーベキュー場の中で、俺は己の鈍感さを反省すると同時に、諦めずに俺を好きでいてくれた渚の健気さに、改めて胸が熱くなるのだった。
◇◇◇
「夏ちゃん、昔からそうなのよねぇ……」
抱っこした真夏ちゃんを優しくあやしながら、美凪さんがクスクスと微笑んだ。
「これでも昔から結構モテてたのよ?」
「……マジで?」
思わず聞き返す。
夏美姉が?
確かに顔は悪くない。
いや、普通に美人の部類だとは思う。
ただ、本人があまりにもガサツというか、男勝りというか。
「でも本人は全然気づかなくてね」
美凪さんは苦笑する。
「自分のやりたいことだけやって、我が道を爆走してた」
容易に想像できすぎて、ぐうの音も出なかった。
夏美姉のあの性格なら、好意を寄せられても「ウケるw」の一言で処理して我が道を行きそうだ。
(……待てよ?)
ふと、俺の背中に冷や汗が流れた。
(それって……一歩間違えたら、俺も同じだったんじゃないのか……?)
「安心して良いぞお前。お前は昔から一切モテてねぇから」
俺の青ざめた顔を見た洋が、肉を頬張りながら容赦ないツッコミを入れてきた。
「……ッ、余計なお世話だわ! ちょっとはオブラートに包め!」
地味に傷つく真実にショックを受けていると、隣に座る渚が「ふぅ……」と深々と息を吐き、自分の胸に手を当ててホッとした顔をしていた。
「……よかったぁ」
「何がだよ渚……」
「だって、お兄ちゃんがモテモテじゃなくて本当に良かったもん。
これで鈍感な上にモテてたら、ライバル多すぎて私、途中で折れてたかもしれないし」
渚はそう言って、照れくさそうに笑いながら俺の肘にすりすりと頬を寄せてきた。
「お兄ちゃんが鈍感で、モテなくて、私だけの『隣のお兄ちゃん』でいてくれたから……今、こうやって彼女になれたんだよ? だからちぃ兄ちゃん、お兄ちゃんをいじめるのはそこまでにして」
庇われているのか、追い打ちをかけられているのかよく分からない渚のフォローに、俺は嬉しいような悲しいような複雑な気分になりつつも、寄り添ってくる彼女の頭をそっと撫でるのだった。
◇◇◇
「で、式はいつにするんだ?」
うちの親父が、ビールを飲み干しながら洋と晴海さんに問いかけた。
「来年の、年明けすぐの予定です」
洋のその言葉に、俺は思わず首を傾げた。
(年明けすぐ……? ずいぶんと急な気がするな)
結婚が決まったとはいえ、式場の手配や準備、双方の調整を考えれば、かなり駆け足すぎないか。なんでそんなに急ぐんだ?
不思議に思って二人の様子を窺う。すると洋はどこか気恥ずかしそうに鼻の頭をかき、晴海さんは少し顔を赤らめながら、そっと自分のまだ平らなお腹に手を添えた。
……あ。察した。
急ぐ理由は、一つしかないはずだ。
今日、ご対面する前のあのやたら重たい空気、そして洋の妙に緊張していた態度の正体は、どうやらそれだったらしい。
(そうか……お腹の中に)
納得した俺は、心からの笑みを浮かべて洋の肩を叩いた。
「そういうことか。……改めておめでとう、洋、晴海さん。ダブルでおめでたいな!」
洋が照れくさそうに笑い、晴海さんも幸せそうに微笑んだ。
だが、そんなお祝いムードの感動的な空気の中で、渚だけが、青ざめた顔で自分の携帯のカレンダーアプリを凝視していた。
「えっ……待って!? 来年の年明けすぐって……私の成人式と被らないよね!?
大丈夫だよね!?」
「……お前、心配するのそこかよ」
感動の雰囲気を一瞬で台無しにする渚の的外れな心配に、洋も俺も脱力してしまった。
「だって! 成人式は一生に一度だし、お兄ちゃんに晴れ着姿を見せて一緒に写真撮るって決めてるんだもん! ちぃ兄ちゃんの結婚式と被ったら私、どっち行けばいいの!?」
大真面目に頭を抱える渚。そんな彼女の頭をそっと撫でながら、俺は「大丈夫だよ、被らない日程で洋が調整するさ」となだめつつ、思わず吹き出してしまうのだった。
◇◇◇
そして。
嫌な予感は的中した。
洋への祝福が一段落したところで、なぜか矛先がこっちに向いた。
「で、お前たちはどうなんだ?」
「……はい?」
「渚ちゃんが学生のうちは、絶対に許さんからな」
うちの親父が真顔で言った。
「気をつけます。肝に銘じます」
なぜ俺が誓約させられているんだろう。
「本当に分かってるんだろうな?」
「分かってます」
「絶対だぞ」
「絶対です」
念を押される。
完全に説教である。
その隣で、渚が首を傾げた。
「渚はダメ?」
「こっち見るな!」
思わず叫んだ。
「なんで?」
「なんでじゃない!」
「だって、お兄ちゃんが気をつけるんでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ私は?」
「お前も気をつけるんだよ!」
「分かった」
渚は素直に頷いた。
……素直なのはいい。
いいんだが。
そのやり取りを見ていた晴海さんが、口元を押さえて笑っている。
美凪さんも笑っている。
そして洋は。
「……お前ら、ほんとに大丈夫か?」
「お前が言うな!」
今日何度目か分からないツッコミを入れるのであった。
◇◇◇
夜になり、合同バーベキューの撤収と片付けが完了した。
酒で出来上がった親たちは居間で二次会へとなだれ込み、洋と晴海さんは新生活の準備について話し合うため部屋へ入っていった。
俺は夜風にあたろうと隣家との境目にあるベンチに腰を下ろすと、すかさず渚が隣にすべり込んできた。少しひんやりとし始めた秋の夜風が、火照った肌に心地いい。
「ねえ、お兄ちゃん」
渚が俺の肩に頭を預けてきた。
「ん?」
「ちぃ兄ちゃん、お父さんになるんだね。晴海さんと二人で、すっごく幸せそうだった」
「そうだな。まさかあの洋が先を越すとは思わなかったけど、あいつの顔見たら応援したくなったよ」
「うん……でもね」
渚は俺の服の裾をキュッと小さく指先でつまむと、夜空を見上げながら呟いた。
「私もね、お兄ちゃんとの将来、もっと楽しみになっちゃった」
「……渚」
「私、早く大学卒業して、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいな。今日のお祝いの席見てたら……私たちが結婚する日のこと、想像しちゃって」
少し赤くなった顔を恥ずかしそうに伏せる渚。
洋のおめでたい知らせに背中を押された彼女の言葉は、まっすぐで、甘く、俺の胸の奥を激しく揺さぶった。
俺は渚の小さな手をギュッと包み込み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「親から『学生のうちはダメ』って念を押されたけどさ……渚が卒業したら、ちゃんと親たち全員の前で、堂々とプロポーズするからな」
「……! うんっ! 絶対だよ!」
パぁっと表情を輝かせた渚は、俺の首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。
お隣同士の幼なじみから始まった恋。
洋の結婚とおめでたという新しい風が吹き込んだ両家の中で、俺たちの「これから」も確実に育まれていくのだった。




