第40話 浜辺で地獄の合コン
熱田の浜の天幕。細長い机を挟んで、織田四人と今川四人。史上もっとも気まずい三十分が始まる。仇同士のガン飛ばし、お局様と化した直虎、噛み合わない恵と藤吉郎、そして一言も交わさない主客二人――。
加藤家の手代たちは驚くべき速さで浜に天幕を張った。
焚き火が三つ。魚が焼ける匂い。加藤家自慢の酒樽。
そして、天幕の中央には――床几を並べて板を渡した、細長い机が一つ。その両側に椅子が四つずつ。
「なにこれ。座敷じゃないんだ」
「天幕ゆえ、畳が敷けませぬ。南蛮の宣教師が加藤家に置いていった作法でして」と加藤が説明して退席する。
(……テーブル席。向かい合わせ。四対四の合コンじゃん)
恵の背筋に嫌な予感が走った。
◆
席順は身分の高い順に決まった。
織田側、奥から。織田信長、木下藤吉郎(足軽百人隊長)、狩野永徳(同胞衆)、前田利家(赤母衣衆から格下げされて足軽)。
今川側、奥から。松平元康(三河軍団長)、恵(今川義元の軍師)、井伊直虎(騎馬百人隊長)、鈴木四郎(騎馬兵)。
つまり、正面の組み合わせはこうなる。
信長――元康。
藤吉郎――恵。
永徳――直虎。
利家――四郎。
(……うん。地獄の合コンだ。詰んだ)
恵は椅子に座った瞬間に理解した。
◆
まず、いちばん端。
利家と四郎が一言も発さずに、真正面から睨み合っていた。
桶狭間で利家は四つ子の三郎を討ち取った男だ。四郎にとっては仇である。
利家が盃を干す。四郎がそれを見る。
四郎が魚に手を伸ばす。利家がそれを見る。
視線が空中でバチバチと音を立てている。
「……あの、お二人とも、そろそろ何か喋っては」
永徳が恐る恐る声をかけるが、二人は微動だにしない。
「四郎さんは、無口なの」と恵は説明するが、そういうレベルの問題ではない。
(無理だわ。あそこは無理。触っちゃいけない)
◆
その隣。
永徳と直虎が向かい合っている。恵は最初こそ安心していた。この二人は一番問題なさそうだと。
「永徳くん、さっきの半紙、また見せてね! ほんとすごく絵が上手なんだから!」
「は、はい……」
「直虎くんも、見るといいよ」
その瞬間、隣で、とん、と盃が置かれる音がした。
直虎が手酌で酒を注いでいた。
一杯。二杯。三杯。
「……ふーん。姫は、ずいぶん絵がお好きなようですな」
「え? うん、大好き。知ってるでしょ?」
「さようですか。それは申し訳ありません……某は、絵は描けませぬゆえ」
「ど、どうしたの? 直虎くん」
「いえ。何も。ただ姫がずいぶんこの子を見る目が……いえ、何でもありません」
四杯目。
「……のう、絵師どの」
直虎が頬を赤くして永徳に絡み始めた。
「絵師というのは、よいですなあ。戦場では槍も持たず、馬にも乗らず、後ろの方でのんびり筆など動かしておればよい」
「え、あの、僕は……」
「某は槍働きしか能がありませぬ。ひっく。姫を担いで走るか、槍を受けるか。……絵の話などは、できませぬが、結構、ひっく、役だっていると、ひっく、思うのだけど、ひっく」
「そ、そうですか……それは立派なことで」
「はぁぁ、立派? いいですなぁ、絵が上手いってだけで、姫からちやほやされて」
びっくりした恵がいさめる。
「直虎くん!? なんでそんな嫌味ババアみたいになってるの!?」
「ばばあ!?」
「あ、ごめん、言い方が悪かった」
五杯目、六杯目と手酌で杯を重ねる直虎。
「うちがばばぁ……ばばぁ……」
永徳は気を使って「いえいえ、とても若々しいですよ」と直虎をフォローすると、直虎は突然「うわーん」と泣き出す。
(えーっ、直虎くん泣き上戸?)
◆
恵の正面は藤吉郎である。
(ここは大丈夫。だって、あの人たらしの秀吉だもん。こっちも秀吉の話題ならいくらでもあるし)
恵はにっこり微笑んで切り出した。
「藤吉郎さん。弟さんは、お元気ですか? ええと……秀長さん、じゃなくて、小一郎さんでしたっけ」
藤吉郎の表情がすっと消えた。
「……実家とは縁を切って久しいので。弟とか、知らないっす」
「あっ」
(そっか。秀長が歴史に出てくるの、もっとあとだ。今の藤吉郎は、尾張の実家を出奔して諸国を放浪して、ようやく尾張に戻ったか、戻らないかの頃……)
「じゃ、じゃあ! 藤吉郎さんって黄金がお好きですよね!」
「……いえ。貧しいもんで金なんて見たことありません」
「……」
「……」
「……お、お魚、美味しいですね」
「は、はあ」
(詰んだ。人たらしの秀吉が、まだ人たらしになってない!)
◆
そして、きょう一番の地獄は上座にあった。
信長と元康。主客の二人が一言も喋らない。
信長は盃を干しては前を見ている。元康は魚をつついては前を見ている。視線が交わることは一度もない。
(この二人、さっき浜で「兄様」とか言ってたよね!? 同盟結んだよね!? なんで!?)
恵は意を決して身を乗り出した。
「あ、あの! せっかくですから、清須同盟の話でも……」
「こんな場で話せるわけなかろう」
信長が、前を見たまま一蹴する。
「……ほんと、恵って非常識……」
元康も、前を見たまま言った。
(二人とも息ぴったりじゃん!? そこだけ!?)
それでも恵は諦めなかった。合コンの幹事に諦めは許されない。
「じゃあ、昔話とかどうですか! 元康さまが熱田にいらした頃の思い出とか、きっと楽しい――」
ガシャン。
元康が盃を机に叩きつけた。
天幕の中が凍りつく。
「……恵ってさぁ……」
元康の声はこれまでで一番低く吐き捨てるようだった。
「……僕の黒歴史、傷口に塩塗るの、やめてくれる?」
「ご、ごめんなさい!」
(そうだった! 人質時代だ! 楽しい思い出なわけない!)
慌てた恵は次の瞬間、人生最大級の悪手を打った。
「で、でも信長様! 元康さまって、弟みたいなものでしょ!? ね!?」
みしりと音がした。
信長の手の中で盃が歪んでいた。
「……恵よ」
「はい」
「ワシが弟を殺したことを、蒸し返したいのか」
「ちがいます! ちがいます! ほんとに!」
◆
焚き火。波の音。魚の焼ける音だけ。人の声はしない沈黙。
利家と四郎は睨み合ったまま。直虎は手酌し、永徳は絡まれないように机の下に隠れかけている。藤吉郎は魚の骨を几帳面に並べ、信長は歪んだ盃を握りしめ、元康は割れた盃を見つめている。
(なんなのこの地獄の合コン!!)
恵は勢いよく立ち上がった。
「席替えしまーーーす!!」
◆
「せきがえ?」
「このペアのままだと、ずーっとこの調子なの! 混ざるの! 今すぐシャッフル!」
「どうやって決める?」
「あみだくじです!」
恵は永徳の半紙を一枚拝借し、炭で縦線を4本引いた。そこへ横線を何本も渡していく。
「あみだくじ〜、あみだくじ〜、どれにしようかな、あみだくじ〜♪」
節をつけて歌いながら、恵はくるくると机の周りを回った。ウィッグを揺らし、片足で跳ね、しまいには盆を持って踊り出す。
(笑え、ワタシ! 道化になれ! この空気をぶち壊せるのは、ワタシだけ!)
「……なんじゃ、あれは」と信長。
「妖術の一種かと」と藤吉郎。
「いや、たぶん、あれは……」
永徳が机の下からそっと顔を出して、直虎と目を合わせて同時にうなずく。
「……あの人なりの、必死さです」
「……姫なりの、必死さです」
◆
織田チーム、今川チームのそれぞれ4人が順番に線の上端と下端を選び、墨で名前を書いた。
恵が一本ずつ指でたどっていく。
「はい、藤吉郎さんは……四郎さん!」
藤吉郎が「おおっ」と身を乗り出し、四郎が初めて利家から視線を外した。
「利家さんは……直虎くん!」
「げっ」と二人が同時に言う。
「げっとはなんですか、げっとは」
「永徳くんは……元康さま!」
永徳が机の下から完全に這い出してきた。元康がわずかに首を傾げる。
そして、最後の1本が残った。結果は決まっている。
恵の指が、線をたどる。ゆっくりと、下へ、横へ、下へ。
指が止まった先には――
「……信長様は……ワタシです」
魔王が、歪んだ盃を置いて、ゆっくりと立ち上がった。
「で、あるか」
次回、第二章最終回第41話「命短し、恋せよ乙女」。席替え後、天幕は一変します。秀吉と四郎の技術談義、利家の「女心マニュアル」、永徳と元康のメイク論、そして信長と恵の夜――。そして長かった一日が終わり、あらたな朝がはじまる。
※信長が実弟の織田信行(信勝)を殺害したのは、桶狭間の戦いの約1年半前の1558年(永禄元年)11月2日のこと。
※ちなみに藤吉郎の弟・羽柴秀長(木下小一郎)が史料に登場するのは、桶狭間よりかなり後のことです。




