↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/52

第40話 浜辺で地獄の合コン

熱田の浜の天幕。細長い机を挟んで、織田四人と今川四人。史上もっとも気まずい三十分が始まる。仇同士のガン飛ばし、お局様と化した直虎、噛み合わない恵と藤吉郎、そして一言も交わさない主客二人――。

 加藤家の手代たちは驚くべき速さで浜に天幕を張った。

 焚き火が三つ。魚が焼ける匂い。加藤家自慢の酒樽。

 そして、天幕の中央には――床几(しょうぎ)を並べて板を渡した、細長い机が一つ。その両側に椅子が四つずつ。

 「なにこれ。座敷じゃないんだ」

 「天幕ゆえ、畳が敷けませぬ。南蛮の宣教師が加藤家に置いていった作法でして」と加藤が説明して退席する。

 (……テーブル席。向かい合わせ。四対四の合コンじゃん)

 恵(めぐみ)の背筋に嫌な予感が走った。

 

         ◆

 席順は身分の高い順に決まった。

 織田側、奥から。織田信長、木下藤吉郎(足軽百人隊長)、狩野永徳(同胞衆)、前田利家(赤母衣衆から格下げされて足軽)。

 今川側、奥から。松平元康(三河軍団長)、恵(今川義元の軍師)、井伊直虎(騎馬百人隊長)、鈴木四郎(騎馬兵)。

 つまり、正面の組み合わせはこうなる。

 信長――元康。

 藤吉郎――恵。

 永徳――直虎。

 利家――四郎。

 (……うん。地獄の合コンだ。詰んだ)

 恵は椅子に座った瞬間に理解した。


         ◆

 まず、いちばん端。

 利家と四郎が一言も発さずに、真正面から睨み合っていた。

 桶狭間で利家は四つ子の三郎を討ち取った男だ。四郎にとっては仇(かたき)である。

 利家が盃を干す。四郎がそれを見る。

 四郎が魚に手を伸ばす。利家がそれを見る。

 視線が空中でバチバチと音を立てている。

 「……あの、お二人とも、そろそろ何か喋っては」

 永徳が恐る恐る声をかけるが、二人は微動だにしない。

 「四郎さんは、無口なの」と恵は説明するが、そういうレベルの問題ではない。

 (無理だわ。あそこは無理。触っちゃいけない)

         ◆

 その隣。

 永徳と直虎が向かい合っている。恵は最初こそ安心していた。この二人は一番問題なさそうだと。

 「永徳くん、さっきの半紙、また見せてね! ほんとすごく絵が上手なんだから!」

 「は、はい……」

 「直虎くんも、見るといいよ」

 その瞬間、隣で、とん、と盃が置かれる音がした。

 直虎が手酌(てじゃく)で酒を注いでいた。

 一杯。二杯。三杯。

 「……ふーん。姫は、ずいぶん絵がお好きなようですな」

 「え? うん、大好き。知ってるでしょ?」

 「さようですか。それは申し訳ありません……某(それがし)は、絵は描けませぬゆえ」

 「ど、どうしたの? 直虎くん」

 「いえ。何も。ただ姫がずいぶんこの子を見る目が……いえ、何でもありません」

 四杯目。

 「……のう、絵師どの」

 直虎が頬を赤くして永徳に絡み始めた。

 「絵師というのは、よいですなあ。戦場では槍も持たず、馬にも乗らず、後ろの方でのんびり筆など動かしておればよい」

 「え、あの、僕は……」

 「某は槍働きしか能がありませぬ。ひっく。姫を担いで走るか、槍を受けるか。……絵の話などは、できませぬが、結構、ひっく、役だっていると、ひっく、思うのだけど、ひっく」

 「そ、そうですか……それは立派なことで」

 「はぁぁ、立派? いいですなぁ、絵が上手いってだけで、姫からちやほやされて」

 びっくりした恵がいさめる。

 「直虎くん!? なんでそんな嫌味ババアみたいになってるの!?」

 「ばばあ!?」

 「あ、ごめん、言い方が悪かった」


 五杯目、六杯目と手酌で杯を重ねる直虎。

 「うちがばばぁ……ばばぁ……」

 永徳は気を使って「いえいえ、とても若々しいですよ」と直虎をフォローすると、直虎は突然「うわーん」と泣き出す。

 

 (えーっ、直虎くん泣き上戸?)

 

         ◆


 恵の正面は藤吉郎である。

 (ここは大丈夫。だって、あの人たらしの秀吉だもん。こっちも秀吉の話題ならいくらでもあるし)

 恵はにっこり微笑んで切り出した。

 「藤吉郎さん。弟さんは、お元気ですか? ええと……秀長さん、じゃなくて、小一郎さんでしたっけ」

 藤吉郎の表情がすっと消えた。

 「……実家とは縁を切って久しいので。弟とか、知らないっす」

 「あっ」

 (そっか。秀長が歴史に出てくるの、もっとあとだ。今の藤吉郎は、尾張の実家を出奔して諸国を放浪して、ようやく尾張に戻ったか、戻らないかの頃……)

 「じゃ、じゃあ! 藤吉郎さんって黄金がお好きですよね!」

 「……いえ。貧しいもんで金なんて見たことありません」

 「……」

 「……」

 「……お、お魚、美味しいですね」

 「は、はあ」

 (詰んだ。人たらしの秀吉が、まだ人たらしになってない!)


         ◆


 そして、きょう一番の地獄は上座にあった。

 信長と元康。主客の二人が一言も喋らない。

 信長は盃を干しては前を見ている。元康は魚をつついては前を見ている。視線が交わることは一度もない。

 (この二人、さっき浜で「兄様」とか言ってたよね!? 同盟結んだよね!? なんで!?)

 恵は意を決して身を乗り出した。

 「あ、あの! せっかくですから、清須同盟の話でも……」


 「こんな場で話せるわけなかろう」

 信長が、前を見たまま一蹴する。


 「……ほんと、恵って非常識……」

 元康も、前を見たまま言った。


(二人とも息ぴったりじゃん!? そこだけ!?)


 それでも恵は諦めなかった。合コンの幹事に諦めは許されない。

 「じゃあ、昔話とかどうですか! 元康さまが熱田にいらした頃の思い出とか、きっと楽しい――」


 ガシャン。

 元康が盃を机に叩きつけた。

 天幕の中が凍りつく。


 「……恵ってさぁ……」

 元康の声はこれまでで一番低く吐き捨てるようだった。

 「……僕の黒歴史、傷口に塩塗るの、やめてくれる?」

 「ご、ごめんなさい!」

 (そうだった! 人質時代だ! 楽しい思い出なわけない!)


 慌てた恵は次の瞬間、人生最大級の悪手を打った。

 「で、でも信長様! 元康さまって、弟みたいなものでしょ!? ね!?」


 みしりと音がした。

 信長の手の中で盃が歪んでいた。


 「……恵よ」

 「はい」

 「ワシが弟を殺したことを、蒸し返したいのか」

 「ちがいます! ちがいます! ほんとに!」


        ◆

 焚き火。波の音。魚の焼ける音だけ。人の声はしない沈黙。

 利家と四郎は睨み合ったまま。直虎は手酌し、永徳は絡まれないように机の下に隠れかけている。藤吉郎は魚の骨を几帳面に並べ、信長は歪んだ盃を握りしめ、元康は割れた盃を見つめている。


 (なんなのこの地獄の合コン!!)


 恵は勢いよく立ち上がった。

 「席替えしまーーーす!!」


         ◆


 「せきがえ?」

 「このペアのままだと、ずーっとこの調子なの! 混ざるの! 今すぐシャッフル!」

 「どうやって決める?」

 「あみだくじです!」

 恵は永徳の半紙を一枚拝借し、炭で縦線を4本引いた。そこへ横線を何本も渡していく。


 「あみだくじ〜、あみだくじ〜、どれにしようかな、あみだくじ〜♪」

 節をつけて歌いながら、恵はくるくると机の周りを回った。ウィッグを揺らし、片足で跳ね、しまいには盆を持って踊り出す。


 (笑え、ワタシ! 道化になれ! この空気をぶち壊せるのは、ワタシだけ!)


 「……なんじゃ、あれは」と信長。

 「妖術の一種かと」と藤吉郎。

 「いや、たぶん、あれは……」

 永徳が机の下からそっと顔を出して、直虎と目を合わせて同時にうなずく。

 「……あの人なりの、必死さです」

 「……姫なりの、必死さです」


         ◆


 織田チーム、今川チームのそれぞれ4人が順番に線の上端と下端を選び、墨で名前を書いた。

 恵が一本ずつ指でたどっていく。

 「はい、藤吉郎さんは……四郎さん!」

 藤吉郎が「おおっ」と身を乗り出し、四郎が初めて利家から視線を外した。


 「利家さんは……直虎くん!」

 「げっ」と二人が同時に言う。

 「げっとはなんですか、げっとは」


 「永徳くんは……元康さま!」

 永徳が机の下から完全に這い出してきた。元康がわずかに首を傾げる。


 そして、最後の1本が残った。結果は決まっている。

 恵の指が、線をたどる。ゆっくりと、下へ、横へ、下へ。

 指が止まった先には――

 「……信長様は……ワタシです」

 魔王が、歪んだ盃を置いて、ゆっくりと立ち上がった。

 「で、あるか」

次回、第二章最終回第41話「命短し、恋せよ乙女」。席替え後、天幕は一変します。秀吉と四郎の技術談義、利家の「女心マニュアル」、永徳と元康のメイク論、そして信長と恵の夜――。そして長かった一日が終わり、あらたな朝がはじまる。

※信長が実弟の織田信行(信勝)を殺害したのは、桶狭間の戦いの約1年半前の1558年(永禄元年)11月2日のこと。

※ちなみに藤吉郎の弟・羽柴秀長(木下小一郎)が史料に登場するのは、桶狭間よりかなり後のことです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。