第38話 妖術師恵VS信長
松平元康の罠によって捕らえられ信長に渡されることになった恵だが、実は元康の策略だった。恵は必殺技の未来チート「デロ・フィナーレ」を発動する
――ほう。縄を、外しおった。
信長は、ぴくりとも動かず思考を巡らせた。
(縄は船乗りが使う「引き解け結び」じゃった。ワシは加藤の座敷に踏み込んだ時から、それを知っておる。なにしろ餓鬼の頃に熱田の海で竹千代に引き解け結びを教えたのはワシじゃからな)
縄抜けした恵は左手を伸ばして永徳の眼を塞ぐ。
(ふむ。永徳の目を塞いだな。絵師を庇いおる。……ということは、又左の目を潰した、あの光が出るな)
恵の右手が首元の白い輪に触れる。
(竹千代め。もう目をつぶりおったわ。早すぎるぞ、未熟者め。それではワシに分かってしまうではないか。嘘をつくなら最後まで欺き通せ)
信長の視界の端で、恵の膝の下の畳がわずかに浮いた。
(畳が動いておる。ふむ。床下に仲間がおるのか。土蔵に残りの2人を捕らえたと耳にしたが……加藤の屋敷に抜け穴があるとは、知らなんだ。竹千代の隠れんぼか)
(藤吉郎と又左は縁側。永徳は目が開いていても、まぁ役立たんな)
恵の口がなにかを叫ぼうと開きだす。
(つまり――この座敷でこやつらを止められる者は、ワシ一人。ワシが今、浮いた畳を足で押さえて、恵の腕を掴んで首輪から放せば、終いじゃ)
だが信長は腕を組んだまま動かなかった。
(目を潰されれば追えぬ。目を閉じたところで、床から逃げられる。どちらにせよ、恵は消える。……ならば)
魔王の口の端がゆっくりと吊り上がった。
(ならば、光が出る瞬間まで見届けてやろうではないか)
◆
恵の指が「トントンツー、トントンツー」と白い輪を叩いた。
「デロ・フィナーレ!」
「ウィーン!」
スマートチョーカーの中心がパカッと開き、無数のLEDが飛び出す。2028年の「無駄機能」ランク不動の第1位、プロジェクションマッピング。ゴールドとプラチナのゴージャスバージョン、15秒間プログラム。とりわけ初動の3秒が強すぎて"眼球が焼けるみたいだ"と悪評の高い、あの光。(第19話参照)
閉ざされた座敷の中で、360度に広がる光が、障子に、天井に、床の間の掛け軸に跳ね返り、行き場を失って何倍にも膨れ上がった。
金と銀の光が部屋を塗り潰す。
その中心で織田信長は――目を見開いていた。
(おお、これが、こやつの見ている世界か)
網膜が焼ける。視界が白一色に溶けていく。それでも信長は瞬き一つしなかった。
(美しいのぉ。……未知の世界とは、こんなに眩しいのか。永徳め、これを見れなくて残念じゃったのぉ……)
◆
「殿!」
縁側の障子が吹き飛んだ。藤吉郎と利家が顔を腕で庇いながら転がり込んでくる。
だが、そこにはもう敵は誰もいなかった。
畳は一度跳ね上げられて、また元の位置に収まっているが、利家が畳を片手で軽々と持ち上げる。床下に抜け穴がある。
恵も元康もいない。赤い縄が蛇のようにとぐろを巻いている。
永徳が蛙のようにひっくり返って伸びている。元康か、床下に潜んでいた仲間に、首筋へ当て身を食らったらしい。ベレー帽は頭に乗ったままだ。
そして、座敷の真ん中。
信長はどかっと胡座をかき、腕を組んで、目を見開いていた。
「殿! 大事ありませんか!」
藤吉郎が駆け寄る。信長の瞳孔は開き切り、焦点がどこにも合っていない。目は開いているのに何も映していない。
「またあの忌々しい光か!」
利家が畳を蹴り上げる。
「抜け道だ! 舐めたまねを!」
利家が座敷を飛び出そうとした、その時。
「待て」
低い声が座敷に響いた。
「はあ? 殿、今なら追いつきます! この俺なら、一人か二人は絶対に刺し殺せます!」
「そうではない」
信長は見えない目でまっすぐ前を向いたまま言った。
「介抱しろ」
利家が藤吉郎を振り返る。
「……殿をか? おい藤吉郎、見てやれ。一人で十分だろ。時間がたてば治る。俺は――」
「違う」
「は?」
信長は組んだ腕を解かなかった。
「永徳を介抱してやれ」
「はあああ?」
利家が素っ頓狂な声を上げた。
藤吉郎も驚く。
「お、追わなくていいんですか!? 一日中追いかけ回してきた、あの妖女を!?」
「あやつは、恵は逃げた。……見事にな」
信長の見えない目が閉じられた。
(逃げるから面白いのじゃ。次は何を見せてくれる。……考えるだけで、腹の底が熱くなるわ)
◆
藤吉郎が畳の隅に転がっていた品を拾い上げた。細長い金属の棒。先端に小さな穴。握りに引き金のようなもの。
「殿。これは……サルは針売りでしたゆえ金物には目がありますが、こんな造りは見たことが……」
藤吉郎が引き金を引いた。
カチッ。
先端に小さな炎がぽっと灯る。
「ん? また光か?」
信長が尋ねる。まだはっきりと見えていない。
「火が、出ましてございます。石も打たず、息も吹かず。……指一本で」
「……それか」
信長の口元が歪んだ。
「風の中で、百の舟を一度に燃やした火打ち石は」
「サルが、預かってもよろしいでしょうか。よく検分いたします」
「うむ、任せたぞ」
藤吉郎は押し頂くようにして懐に滑り込ませた。
◆
永徳がうっすらと目を開けた。
「……信長様……あの人は……」
「逃げた」
「……そうですか」
永徳は利家に背中を支えられながら上体を起こした。そして、真っ先に懐を探り、筆と半紙を掴み出す。
「又左さん、離してください。描かないと消えます」
「おい、まだ寝てろって」
「消えるんです。今、頭の中にあるうちに」
永徳の筆が震える手で走り出した。恵の三面図、顔のアップ、横顔、普通の顔、笑顔、泣いている顔の表情差分を次々に描いていく。まさにキャラクターシートだ。
利家が呆れを通り越して感心したように呟く。
「……絵師ってのは視点がおかしいな」
「又左」
「へい」
「恵が残したものをワシの手に渡せ」
利家は信長にセーラー服を縛っていた赤縄を掴ませた。信長は鼻を近づけると、柔軟剤の人工的なフローラルの匂いを嗅ぐ。
「不思議な香りじゃ……名に聞く『蘭奢待』の香りとはもしやこのような……くくく……知りたいのぉ、もっと天下のことを」
信長は縄を握りしめて口角をあげた。
それを見た利家は「また、殿は、自分が失敗したのに、笑ってる!」と突っ込むが、信長は反応しない。
「加藤! おるか! 加藤!」
襖の向こうから、恰幅のよい男が転がり出てきて、畳に額をこすりつけた。
「は、はっ、ここに!」
「貴様の屋敷じゃな」
「ぞ、存じませぬ! そのような穴のことは本当に……」
「貴様の屋敷じゃろうが」
「は、はは……竹千代様は幼いころから隠れんぼの名人でしたゆえ……」
信長は加藤を斬り捨てもせず、蹴りもしなかった。代わりにゆっくりと立ち上がる。まだ焦点の合わない目を東の障子へ向けた。
「又左、馬を用意しろ。やつらを追うぞ」
「だから、さっき俺がそう言ったじゃないですか!」と利家はまたもツッコミを入れる。
それを無視した信長は永徳に向かって思い出したように付け加えた。
「永徳よ。お前は今から清須城へ戻るか? 清須の金泥と銀泥は全部使っていい。早く描きたいだろ?」
永徳はキリリとした表情で即答する。
「ありがとうございます。すぐにでも描きたいです。でも……今はもっと知りたいです!」
「よし、ついてこい。又左、また二人乗りを頼むぞ」
「加藤から一頭借りればいいのに……はいはい、わかってますよ。運転手しますよ」
続きは9月21日に公開します!第二章フィナーレまであと3話です
ちなみに「デロ・フィナーレ」は唱える必要はありません。タッチ機能だけで作動します。




