↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/52

第37話 推し絵師との初対面はボールギャグ越しに

加藤家の奥座敷。信長は縛られた恵の「身体も調べる」と言い放つ。推しの絵師が、ボールギャグを噛まされた恵の目の前に膝をつく。一方、土蔵に放り込まれた直虎と四郎は――。

 「くくく、妖女のみならず、男の娘か。頭の中の前に、身体も徹底的に調べんといかんな」

 信長の手が、恵(めぐみ)の顎を離れ、セーラー服の襟にかかった。

 「ふがふがっ!」(さ、触るな! いや、触ってもいいんだけど、いちおう了解を得るのが令和の発展場の礼儀でしょうが!)

 恵は縛られたまま身をよじる。ボールギャグの端から、涎(よだれ)がつうっと糸を引く。


 「信長様。……大ババの予言には、続きがございます」

 信長の背後から、あの少年「狩野永徳(かのうえいとく)」が進み出た。あやめ色の狩衣。左手に筆、右手に半紙。そして、その頭にちょこんと乗っているのは――

 (あーーーっ! ワタシのベレー帽じゃん!)

 白いベレー帽だった。桶狭間で利家の顔面に投げつけた、お気に入りの帽子だ。少しよれて、泥の跡までついている。


 「続き?」と信長が手を止める。

 永徳は、目を閉じて諳(そら)んじた。

 「そのもの、青き衣をまといて、金色の野に降り立つべし

 失われし天下との絆を結び、ついに人々を、青き浄土の布の上に導かん」


 「何を言ってるんだか。まったく絵師の家っつうのは頭がおかしいぜ」と利家が呆れる。

 「ふがふがっ!」(ジブリ! 完全にジブリ! 狩野家の大ババって何もの!?)


 信長は、その言葉をしばらく口の中で転がした。

 「天下、布……。で、あるか」


 信長の手が、セーラーの襟から離れた。

 「面白い。身体を暴くのは、いつでもできる。まずは永徳、お前の"目"で見てみろ。こやつが、その予言のものなのかどうか」


 オドオドしていた永徳だが、恵の前に膝をつくと、とたんに猛禽類が獲物を狙うような鋭い絵師の眼になる。互いの睫毛が数えられるほどに近づく。

 (近い近い近い近い! 推しが近い! 国宝『檜図屏風』の、『唐獅子図屏風』の……あの狩野永徳が、ワタシの顔を見てる!)

 恵の脳内で、京都国営美術館の展示室がぐるぐると回転する。唐獅子ぬいぐるみ8800円、花鳥図襖アクスタ5800円。あの時ガラスケースの向こうにあった"作者"が、いま目の前で呼吸をしている。

 (運命の出会いなのに、ワタシ、ボールギャグ……。人生最大の推し活イベントが、なんでこの格好なのよーー!)

 永徳は、そっと手を伸ばした。ウィッグの生え際、こめかみ、顎の線、スマートチョーカーの上から覗く首筋。触れるか触れないかの距離を、指がなぞっていく。

 「……この肌の質感、目元の陰の入れ方、唇の色の置き方……ぜんぶ、"見せるため"に整えられている。まるで、一枚の絵のように。信長様、この人は、自分の身体を『かんばす』にしています」

 「かんばす?」

 「南蛮の絵師は絹や紙でなく、かんばすという布に描くと聞いたことがあります」

 「また『布』か」と信長。


 永徳の視線が、恵の顔から、後ろ手に縛られた手首に落ちた。

 「……縄が、骨に当たっていますね。痛いでしょう」

 恵は、こくりと頷いた。本当に痛い。元康の締め方は、SMの縛りの禁忌そのものだ。

 だが、その時。少し手首を動かした恵の右手の指先に、縄の"端"が触れた。

 (……あれ?)

 結び目は、ギチギチに締まっている。それなのに、この端は、掌の中に、丁寧に握らされている。折り返して、輪をくぐらせて――この形は。

 (……引き解け結び。スリップノット……!)

 恵の背中に、後ろに控える元康からのこれ以上ないほど冷たくて熱い視線を感じる。

 ("へたくそ"なんかじゃない。骨に当てて痛がらせたのは、ワタシに本気で怒らせるため。加藤さんに、そして信長に、"本当に縛られてる"と見せるため……!)

 そして、思い出す。さきほど厠(かわや)で、並んで用を足しながら、元康がぼそりと聞いてきたことを。

 ――その首の光。……どうやって、出すの?

 恵は深く考えもせず、「トントンツー、トントンツーって叩くの」と教えた。連れションの友情の、ついでのように。

 (あの狸ゴスロリ……厠の時点で、全部……!)


 「痛いですか?」

 永徳がもう一度尋ねる。恵は笑顔をつくり、ウィッグがずれそうなほどブンブンと首を横に振って否定した。

 「ふがぁ、ふがぁ♡」(問題ありませーん)


         ◆


 「加藤。手代どもと一緒に下がれ。永徳はそこに座っておれ。サル、又左は縁側で外を見張れ。竹千代、貴様はそこじゃ」

 信長がテキパキ指示をする。加藤家の男たちが、ぞろぞろと襖の向こうへ消えていく。藤吉郎と利家は障子を開けて縁側に立ち、闇に沈む庭と、その先で赤く脈打つ海岸を見張る。


 元康は、ゴスロリの裾を膝の下にきちんと畳んで、恵の隣にあらためて正座した。まるで最初から信長の家臣であるかのように、静かに、無表情に。

 (この子、本当に……策士?)

 恵は、元康の横顔を盗み見た。その片目は、信長に指摘された色の変化は見せていない。


         ◆


 「永徳。あの舟の陣立て、貴様には"絵"に見えると申したな」

 信長が問う。永徳は懐から一枚の半紙を取り出した。鳴海城の物見櫓で描いた、三角形の船団の略図だ。

 「はい。これを、この人に確かめたいのです」

 永徳は半紙を恵の目の前に広げた。三角形。頂点に四つの小さな丸。そこから熱田神宮に向けて引かれた、一本の細い線。

 「あなたは、この線を引いた。僕たちの目を、この一点に吸い込ませるために」

 恵の瞳が、大きく揺れる。

 (……見抜いてる。完全に。三角形の配置だけじゃない、"視線誘導"の意図まで)

 「あなたは……これを僕たちに見せるためにわざとやりましたね?」

 答えられない。ボールギャグが邪魔だ。恵は代わりに、目で答えた。まばたきを一度。ゆっくりと、深く。

 永徳は、そのたった一度のまばたきを、絵師の目で受け取った。

 「……信長様。この人は『はい』と言っています」

 「目で分かるのか」

 「はい。人の目は、言葉より先には嘘をつけません。……この人の目は、僕の絵を見た時、"喜んで"いました。罠を見抜かれて悔しがるのではなく」

 「なぜ喜ぶ」

 「たぶん……僕と同じだからです。見たことのないものを見て、それを"分かる"人に出会えた時の喜び。そして恐れ多いですが……僕が信長様に南蛮の絵をお見せした時と、同じ目です」

 信長は喉の奥で「くくく」と笑った。

 「で、あるか。こやつはワシや永徳と同じ種の人間というわけじゃな。ところでお主の名前はなんじゃ?」

 信長に名前を聞かれた!と舞い上がった恵は「ふがぁふがぁ」(めぐみです!)と答える。

 「永徳、分かるか?」

 「いえ、さすがに固有名詞は目を見てもわかりません」

 「……恵(けい)と書いて……めぐみ……です……」と元康がぽつりとフォローする。


         ◆


 同じころ、加藤家の土蔵。闇の中に、湿った土と古い米の匂いが澱(よど)んでいる。

 直虎は後ろ手に縛られ、猿轡(ぐつわ)を噛まされたまま、冷たい壁に背を預けていた。

 「んー……んんー……」

 (姫は……姫は、無事なのか。あの竹千代め、本当に……いや、違う。あいつはもともと、あんな目で嘘をつく子だった。駿府で初めて白粉を塗ってやった時、「トラ姐(ねえ)、僕、嬉しくない」と言いながら、鏡から目を離さなかった。あの目だ)


 カリ、カリ、と音がする。

 四郎だ。壁に打ちつけられた鉄の鎹(かすがい)に手首の縄を当て、根気よく擦り切っている。加藤家の男たちは元康の「怪我をさせずに」を律儀に守ったらしく、縄は素人結びだった。

 プツン。縄が切れた。四郎は音もなく直虎に近づき、猿轡を外し、縄を解く。


 「ぷはっ……四郎、恩に着る。……で、どうする。戸は外から閂(かんぬき)だぞ」

 四郎は答えない。代わりに、床を歩き出した。トン、トン、トン。素足の踵で、床板を一枚ずつ叩いていく。

 「……お前、何を」

 四郎は足を止めず、口だけを動かした。声は出ない。だが直虎には読めた。

 「『あとで、合流させてやる』……あの時の元康さまの捨て台詞か?」

 あの時、元康は四郎から目を逸らし、床に目線を落として、そう吐き捨てた。四郎は、それを"床下で合流しろ"と読んだのだ。


 トン、トン――コン。

 音が変わった。

 四郎の口元が、微かに上がる。しゃがみ込み、板の継ぎ目に指をかける。ミシリとも言わせずに、床板が一枚、持ち上がった。

 四角い闇。人ひとりがやっと潜り込める穴。土の匂いと一緒に、微かな潮の匂いが流れ込んでくる。

 「……抜け穴……!」

 直虎の目に、じわりと熱いものがこみ上げる。

 (元康さま……あなたは……やっぱりあの時の竹千代ちゃん)

 「行くぞ。姫を迎えに」

 四郎が先に穴へ滑り込む。直虎は解かれた縄を拾って懐にねじ込み、その後に続いた。狭い。這うしかない。膝と肘が土を掻く。

 通路は母屋の方角へ緩く上っていき、やがて広い床下へと開けた。奥座敷の下だ。頭上の床板の隙間から、灯りの筋が幾本も落ちてくる。


 人の声。信長らしき低い声。そして若い男の高い声。


 四郎は仰向けになり、板の上の人の気配を探り、中央付近の板の下で身体を止めると、左手の手のひらを板にあてて、右手の指で、「トントンツー、トントンツー」と叩く。


         ◆


 熱田一の商家加藤家の奥座敷。信長は恵の頭のてっぺんから白いソックスのつま先まで、もう一度ゆっくりと眺めてから言った。

 「永徳。この恵とやらの口の、その妙な玉を外せ。永徳や元康経由で話を聞くのはまどろっこしいわ。……妖術を使うなら、その時はその時じゃ」

 永徳が恵の後頭部の留め具を器用に探り当てる。

 パチン。

 ボールギャグが外れ、恵の口から「ぷはぁっ」と大きな息が漏れた。涎を袖で拭う暇もなく、恵は真っ先に、目の前の少年へ向かって言った。

 「永徳くん! そのベレー帽、めっちゃ似合ってる!めっちゃ画家っぽいし、かわいいよ!」

 「……え? かわいい? 僕が?」

 永徳が頬を真っ赤にして、両手で帽子を押さえた。信長は目を丸くし――

 「ぶほっ! ガハハ! この状況で出る言葉が『かわいい』か!」

 戦国の魔王が、腹を抱えて笑いだした。


 恵も上品に片手で口元を隠しながら「うふふふ」と一緒に笑う。

 二人の笑いに表情を緩めかけた永徳が、ハッと気づく。「縄が外れてる!?」

 恵が永徳のほうを向いてにっこり微笑み、そっと手を伸ばして絵師の眼を塞いで、口を開く。

 「デロ・フィナーレ!」

「デロ・フィナーレ!」は「第19話 プロジェクションマッピングとベレー帽」をご覧ください。

次回、恵の必殺妖術の発動に、信長はどうする?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。