【ちくわ探偵】最強の空洞と錆びついた天災
「ちくわ。お前のようなFランクの寄生虫は、今日限りでこのクランから追放だ」
ギルドの酒場。壁には竜殺しの剣と巨大な魔獣の角が飾られ、樽から溢れた酒と冒険者たちの熱気が、澱んだ空気を重くしていた。成功者の笑い声はいつだって大きい。失敗を支えていた者の足音は、いつだって誰にも聞かれない。
Sランクパーティ『暁の剣』のリーダーが、私の顔に依頼書を叩きつけた。
周囲の冒険者たちは一斉に爆笑し、私の煤けた外套と胸の空洞を嘲笑った。
「お前はいつも、討伐戦の最中も後ろで突っ立っているだけで、まともに剣すら振らない。俺たちが戦っている横で、地味に地面の風向きや魔物の粘液の量を測っているだけだ。そんな無能、俺たちのディテールには必要ないんだよ」
私は何も答えず、ただ外套の襟を立て、静かに自らの胸の空洞に右手を当てた。
この空洞は、彼らが決して辿り着けない、戦場の『真実』を観測するための境界線。
「分かった。……お前たちの剣に、勝利の女神の加護があらんことを」
私は静かにギルドの重い扉を押し開けて去った。背後で、ゆで卵刑事が無言で続いた。
「奴らは、お前の観測記録を一枚も読んでいない」
「剣を振るう者は、風向きを敗北の理由にはしたがらないものだ。英雄譚には、湿度も気圧も似合わないからね」
扉の向こうで爆笑が起きた。私は振り返らなかった。笑い声は風に流れる。だが、地下に溜まるガスは、風向きを決して忘れない。
ギルドの外では、ナルトが依頼掲示板の下に立っていた。奴は何も言わない。風向きを示す裂けた旗と、魔物の粘液が乾いた跡を順に見ていた。旗が東を向いた瞬間だけ、地面の亀裂から草の葉が震えた。
それから、わずか三日後のことだった。
『暁の剣』は、いつもなら簡単に倒せるはずの最下級の魔物『一角獣』の群れに包囲され、防具を噛み砕かれて全滅の危機に瀕していた。リーダーの聖剣もなぜか不発に終わり、彼らは悲鳴を上げていた。魔導士の詠唱は火花だけを散らし、治癒術師の杖からは青白い煙しか出ない。対する一角獣は低級魔物らしい鈍重さのまま、ただ確実に、魔力を失った英雄たちを追い詰めていた。
「な、なぜだ……! なぜいつも通りに戦えない! 奴らが突然、最強の魔物に進化でもしたというのか……!」
血まみれで逃げ惑う彼らの前に、私は静かに姿を現した。
「答えは単純だ、元リーダー。お前たちが足元を踏みにじっている、その大地の『傾き』を見な」
私は一歩近付き、地面のわずかな「亀裂から噴き出す無臭のガス」を指差した。
「魔物が強くなったのではない。この一帯は、特定の風向きの日にだけ、魔力を霧散させる地下ガスが噴き出す危険地帯だ。私は毎日、現地の風向きと魔物の粘液の乾き具合を地味に計算し、ガスを避ける正確な立ち回りのルートをお前たちに指示していた。お前たちがそれを『ただ後ろに突っ立っているだけ』と笑って私を追い出した結果、お前たちは自ら魔力が使えなくなるガスの中心地に突っ込んだのさ」
リーダーは愕然とし、自らの傲慢さに絶叫した。ギルドの規律を無視し、クランの資産を崩壊させた罪で、さらに、危険地帯指定を示す観測杭を引き抜き、討伐報酬を水増ししていた事実まで判明した。彼らはゆで卵刑事に、ギルド特別監査局の冷たい手錠をかけられた。剣より細い金属の輪が、Sランクという巨大な肩書きを静かに拘束した。
すべてが終わった荒野の片隅で、ナルトが一人、無言で佇んでいた。奴は何も言わない。ただ、この地味なる最強のロジックに、ゆっくりと、深い敬意を込めた拍手を送っていた。裂けた旗が風向きを変えるより先に、奴だけが次の亀裂へ顔を向けた。
「行くのか、ちくわ」と、刑事が静かに問いかけてきた。
「ああ。最強という言葉は、いつも足元を見る者を必要としている」
私は背を向け、無臭の風が吹く荒野を歩き出した。剣は錆び、称号は剥がれる。だが、地面の亀裂から立ち昇る真実だけは、誰にも追放できない。
私の名は、ちくわ探偵。
最強の虚飾を胸の空洞に受け流し、真実を追い続ける、孤独なハードボイルドだ。
(冒険者ギルド追放編・完)




