【ちくわ探偵】寵愛の空洞と狂った天秤
王宮のきらびやかな側室選定の間。金糸を縫い込んだ天蓋の下、貴族たちは寵愛の行方を見定めようと息を潜めていた。そこに並んでいたのは愛ではない。家格、魔力、領地、そして王太子の気まぐれを皿に載せた、巨大で狂った天秤だった。
王太子ルイスは、自らの第一側室に内定していた悪役令嬢ロザリンドの甘え声に頷きながら、私を冷酷に指差した。
「ちくわ! 貴様がロザリンドを嫉妬のあまり階段から突き落とそうとした罪、もはや言い逃れはできん。側室の座から追放し、即刻、地下牢へぶち込んでくれる!」
ロザリンドは王太子の胸に顔を埋めながら、勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべていた。彼女は私の胸の空洞を一瞥し、鼻で笑う。
「ふん、魔力も色気もない練り物の分際で、側室になろうなどとおこがましい。貴様が日々、王宮の厨房の裏で地味な泥落としばかりをしていたのは、暗殺の毒を仕込むためだったのでしょう? 汚らわしい」
私は何も答えず、ただ外套の襟を立て、静かに自らの胸の空洞に右手を当てた。
この空洞は、宮廷の醜い権力闘争を見届けてきた孤独の証。私は一言だけ残し、地下牢へと連行された。
「分かった。……お前たちの選んだ寵愛の天秤が、正しく傾くことを願うよ」
背後で、ゆで卵刑事が無言で私の護送に当たった。地下牢へ降りる螺旋階段で、刑事は一度だけ白い頭をこちらへ向けた。
「階段から落ちたにしては、ロザリンドの衣装には埃が少なすぎる。あれは芝居だ」
「分かっているさ、刑事。だが宮廷では、真実より先に寵愛が判決を下す。判決が腹痛に変わるまで、少し待つとしよう」
鉄格子が閉じた。だが、胸の空洞まで閉ざせる牢獄は、この世界のどこにもない。
地下牢へ下る途中、配膳口の脇にナルトが立っていた。奴は何も言わない。業者の靴底から剥がれた赤土と、厨房の砂時計を見比べていた。砂が落ち切るより先に、赤土の上へ小さな茸の傘が開いた。
それから、わずか数時間後のことだった。
王宮の晩餐会で、王太子とロザリンドが口にした最高級の宮廷料理を口にした瞬間、二人は激しい腹痛に襲われ、その場に悶絶した。暗殺の危機に王宮が騒然とする中、私は地下牢から静かに歩み出た。ゆで卵刑事が示した釈放状には、ただ一行、『毒物反応なし。物理的痕跡の再検証を要す』と記されていた。宴の楽師たちは演奏を止め、銀器の触れ合う音だけが、恐怖に満ちた広間へ細く残っていた。
「な、なぜだ……! 検食の魔術師は毒を検知しなかったはず……!」
のたうち回る王太子の前に、私は冷徹な視線を落とした。
「答えは単純だ、王太子。お前たちが今食べた肉を運んできた、業者の『靴底』を見な」
私は一歩近付き、厨房に残されたわずかな「植物の種子」を指差した。
「それは暗殺の毒ではない。ただの『寄生キノコの胞子』だ。あのキノコは魔術には反応しないが、特定の泥に混ざると激しい胃痙攣を引き起こす。私は毎日、厨房の裏で業者の靴底の泥を地味にブラシで落とし、胞子の侵入を防いでいた。お前たちが『暗殺の準備』と決めつけて私を牢に放り込んだ結果、誰も泥を落とさなくなり、胞子が食材に混入したのさ。お前たちが切り捨てた日々の地味な泥落とし、それこそが、お前たちの命を繋ぐ盾だったのだよ」
王太子とロザリンドは、自らの愚かさが招いた激痛に絶叫した。ロザリンドは自作自演の階段落ちの証拠――靴底に付着した階上とは異なる赤土と、自ら裂いた衣装の内向きの繊維――までゆで卵刑事に見破られ、そのまま王宮虚偽告発罪の手錠をかけられた。王太子の寵愛は、胃痙攣よりもあっけなく彼女から離れていった。
すべてが終わった厨房の片隅で、ナルトが一人、無言で佇んでいた。奴は何も言わない。ただ、私の背中に向けて、ゆっくりと、深い敬意を込めた拍手を送っていた。足元には、数時間前と同じ赤土が、まだ乾かずに残っていた。
「行くのか、ちくわ」と、刑事が静かに問いかけてきた。
「ああ。傾いた天秤を戻すには、愛より重い証拠が必要だ」
私は背を向け、香辛料と苦悶の匂いが混じる厨房を後にした。宮廷では今日も誰かが寵愛を量っている。だが、靴底についた一粒の種子だけは、決して嘘をつかない。
私の名は、ちくわ探偵。
狂った寵愛を胸の空洞に受け流し、真実を追い続ける、孤独なハードボイルドだ。
(王太子側室争い編・完)




