【ちくわ探偵】チートの空洞と歪んだ聖域
「おいちくわ。俺の『無限魔力チート』があれば、お前みたいな地味な現地のサポート役なんて、もういらねえんだわ」
王都郊外の演習場には、転生者が一撃で穿った巨大なクレーターが幾つも口を開けていた。焦げた大地の上で、兵士たちは彼を救世主と呼び、聖女たちはその無限の力を讃えていた。誰も、その空に薄く残る結晶の粉を見上げようとはしなかった。
転生者である勇者タクヤは、現代知識と神から授かったチート能力を鼻にかけ、私を冷酷に見下ろした。
彼の周囲に侍る現地の聖女たちも、私を無能だと罵る。
「タクヤ様が放つド派手な超魔法の横で、貴様がやっていることと言えば、魔法が着弾した後のクレーターの深さを地味に測ったり、余剰魔力を石に吸わせたりするだけ。胸に空洞を開けた練り物の分際で、タクヤ様の栄光にタダ乗りするな!」
私は何も答えず、ただ外套の襟を立て、静かに自らの胸の空洞に右手を当てた。
この空洞は、世界が受け止められる魔力容量の限界を示す境界線。だが、チートの全能感に酔いしれる転生者には、それが理解できない。
「分かった。……お前の無限の力に、破滅が追いつかないことを祈るよ」
私は静かに去った。背後で、ゆで卵刑事が静かに続いた。
「無限魔力、か。ずいぶん便利な言葉だ」
「無限なのは供給だけだ、刑事。排出まで無限とは、誰も言っていない」
私は空を見上げた。夕陽の周囲には、余剰魔力が作った薄い虹色の輪が浮かんでいた。それは祝福ではない。世界そのものが上げている、声なき警告だった。
街道の外れに、ナルトが立っていた。奴は何も言わない。タクヤが残した巨大なクレーターと、空中で薄く結晶化した光の膜を見つめていた。陽が傾いても、その膜だけは影を落とさなかった。
それから、わずか半日後のことだった。
タクヤが次の街でド派手な広範囲消滅魔法を放った瞬間、魔法は発動せず、逆に彼の体内から魔力が大爆発を起こし、タクヤと彼のパーティは自らの魔力の暴走によって消し炭寸前まで焼き尽くされた。城壁を守る結界は内側から膨れ上がり、空は硝子のような音を立ててひび割れた。市民たちは救世主の名を叫びながら逃げ惑い、その名は歓声から悲鳴へ、僅か数秒で変わった。
「ぎゃあああ!? な、なぜだ! 俺の魔力は無限のはずだろ!? なんで暴走すんだよ!」
のたうち回るタクヤの前に、私は静かに立ち尽くした。
「答えは単純だ、転生者。お前がチートで生み出した魔力の、その『行き先』を見な」
私は一歩近付き、彼がいつも魔法を放っていた大地の「結晶化した大気」を指差した。
「この世界の空間が受け入れられる魔力量には限界がある。お前が無限に魔力を垂れ流せば、大気が詰まって逆流するのは当然だ。私は毎日、お前が放った魔法のクレーターの深さから余剰魔力を地味に計算し、特製の吸収石で空間の圧力を調整(検証)していたのさ。お前たちがそれを『無駄なタダ乗り』として私を追い出した結果、世界の安全弁が消え、お前のチートそのものがお前を食い破ったんだよ」
タクヤは自らの現代知識の浅はかさと、チートの代償に絶叫した。不法な魔力暴走による国土破壊の罪で、彼はゆで卵刑事に、異世界渡航者特別法違反および国土魔力容量超過罪の拘束具を嵌められた。『俺は主人公だぞ』という最後の抗議も、手錠の乾いた音に遮られた。
すべてが終わった焦土の片隅で、ナルトが一人、無言で佇んでいた。奴は何も言わない。ただ、この世界の真理を語る探偵に、ゆっくりと、深い敬意を込めた拍手を送っていた。焦土の上に落ちた結晶膜を、まるで以前にも見たもののように見下ろしていた。
「行くのか、ちくわ」と、刑事が静かに問いかけてきた。
「ああ。無限の夢には、有限の後始末が必要だ」
私は背を向け、結晶化した夕暮れの下を歩き出した。異世界の知識は世界を変える。だが、世界の容量まで都合よく書き換えてはくれない。
私の名は、ちくわ探偵。
チートの奔流を胸の空洞に受け流し、真実を追い続ける、孤独なハードボイルドだ。
(異世界転生者追放編・完)




