【ちくわ探偵】輪廻の空洞と繰り返す雨
これで、十四回目だ。
雨の匂いも、ネオンの明滅も、午前二時十三分に自販機が吐き出す低い駆動音も、すでに私の記憶へ焼き付いていた。十四度の人生は、十四通りの希望を与えなかった。ただ、同じ死を十四方向から観察する時間だけを残した。
時計の針が深夜2時を指す度、私はいつも、あの冷たい路地裏で目が覚める。そしてその数分後、私は必ず、何者かの手によって胸の空洞をさらに深く穿たれ、命を落とす。
「……すまない、ちくわ。またお前を救えなかった」
雨の中、トレンチコートを濡らしたゆで卵刑事が、私の遺体を抱きしめて泣いている。その光景を、私は何度も、何度も見てきた。
十五回目のループ。
今度こそ生き残る、などという熱い決意はなかった。熱は判断を鈍らせる。私にあったのは、十四回分の冷たい検証結果と、まだ試していない一つの仮説だけだった。
私は琥珀色の外套の襟を立て、煙草に火をつけた。胸の空洞を通り抜ける夜風が、紫煙を引き裂いていく。私は殺害される現場の手前、路地裏の自販機の前に立ち尽くしていた。
自販機の曇ったガラスに、ナルトの影が一瞬だけ映った。振り返っても、そこには誰もいない。ただ、排水パイプの奥で鉄板が軋み、時計塔の針が午前二時十四分へ近づいていた。
犯人は、この街を裏で牛耳る暗殺者。毎回、完璧な足跡の消去と、完璧な時間差トリックによって、私を確実に仕留めてきた。
だが、十五回も同じ死を繰り返せば、どれほど完璧なプロの技だろうと、そこに残された「地味な違和感」が見えてくる。
暗闇から、冷たい刃を持った影が飛び出してきた。
しかし、私は一歩も動かず、ただ静かに自らの胸の空洞に右手を当てた。私の脳細胞が、これまでの十四回分の死のディテールを完全に繋ぎ合わせる。
「……そこだ」
私は避けることすらせず、ただ傘の先端を、地面の「歪んだ水たまり」へと突き立てた。
ガキィン、という硬質な音が響き、暗殺者の刃が虚空で止まる。
「な、なぜだ……!? なぜ俺の完璧な死角からの奇襲を、お前のような無能な探偵が見切れる……!」
「答えは単純だ、暗殺者。お前が毎回、この自販機の横を通り抜ける瞬間に鳴る、コンクリートの『僅かな軋み音』だ」
私は一歩も引かず、暗殺者の足元を指差した。
「お前は完璧に足跡を消し、気配を断っていた。だが、この自販機の排水パイプの奥、そこにある古い鉄板だけは、お前ほどの軽量の男が踏んでも、寸分で歪み、無音の振動を大気に伝えていた。私は過去のすべての時間の中で、お前が仕掛けたその地味な振動の周期を完璧に記憶し、照合していたのさ。秒針の隙間ほどのその僅かな違和感こそが、お前のプロとしての美学の、唯一の綻びだ」
暗殺者の刃は、傘の骨と路面に仕込まれていた古い鉄板の間へ挟まり、完全に動きを止めた。十四回、私の胸を穿った切っ先が、十五回目にして初めて雨粒を切ることすらできなかった。
暗殺者は愕然とし、自らの完璧な技術が、ただの「排水パイプの振動」という地味すぎる物証によって破られたことに絶叫した。闇から現れたゆで卵刑事が、無言で冷たい手錠の音を響かせる。
すべてが終わった路地裏の片隅で、ナルトが一人、無言で佇んでいた。奴は何も言わない。ただ、十五回の輪廻をただ一言の地味なロジックで撃ち抜いた探偵に、ゆっくりと、深い敬意を込めた拍手を送っていた。十四回の死では一度も見なかった姿だった。あるいは、奴だけはすべての時間を覚えていたのかもしれない。私は訊かなかった。ナルトは何も言わない。
「行くのか、ちくわ」と、刑事が静かに問いかけてきた。
「ああ。十五杯目のコーヒーは、少しだけ熱い気がする」
私は背を向け、初めて夜明けへ続く路地を歩き出した。運命は壮大な鎖ではない。排水パイプの奥で軋む、一枚の古い鉄板にすぎなかった。
私の名は、ちくわ探偵。
十四の死を胸の空洞に受け流し、十五度目の真実を撃ち抜いた、孤独なハードボイルドだ。
(死に戻り編・完)




