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クーリングクレジット:cooling credit  作者: マスター


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2/5

第2話 はじめての冷却収入

第2話では、ユウトが「この世界で本当に稼げるのか」を自分の手で確かめにいきます。

まだ大きな戦いは始まりませんが、その前段階として「考えて、試して、数字が返ってくる面白さ」をテンポよく読める形にします。

翌朝、相馬ユウトは珍しく目覚ましが鳴る前に起きた。


 寝不足だった。


 いや、正確には、ほとんど眠れていなかった。


 理由は単純だ。


 昨日の0.04CC。


 たったそれだけの数字が、頭の中にずっと残っていたからだ。


 スマホの画面に表示された小数点以下の報酬。

 それは大金ではない。

 だが、意味は大きかった。


 冷やせば稼げる。


 そのルールが、本当に自分にも適用されると分かった瞬間、世界の見え方が変わってしまった。


「……夢じゃないよな」


 枕元のスマホを手に取る。


 《ThermoBalance》を開く。


『保有Cooling Credit:0.04 CC

 推定換算額:39円』


「減ってない……」


 当たり前のことに、少しだけ安心する。


 ユウトは上半身を起こした。


 安アパートの六畳一間。

 古いエアコンはあるが、ここ数日はほとんど使っていない。

 使えば電気代が怖いし、何より“我慢している自分”にどこか意味がある気がしていた。


 でも昨日、はっきり分かった。


 我慢そのものには価値がない。


 世界が見ているのは、成果だけだ。


「だったら……」


 ユウトは小さく息を吐く。


「こっちも結果で返すしかない」


 窓を開ける。


 朝なのに空気はもうぬるい。

 遠くの道路から、配送トラックの低いエンジン音が聞こえる。

 ベランダの手すりは、朝日を受けてすでに熱を持っていた。


 ユウトは昨夜のメモを開いた。


 寝る前に思いついたことを、箇条書きで打ち込んである。


『冷やす方法

・水をまく

・白くする

・影を増やす

・風を通す

・熱を逃がす

・人を涼しい場所に誘導する』


 小学生の自由研究みたいなメモだった。


 だが、今の自分にはそれで十分だった。


「問題は、何が“ちゃんと評価されるか”だよな」

「……その前に」


 ユウトはベッドの横に置いてあった買い物袋を見た。


 昨日、帰りに半分やけくそで買ったものだ。

 熱さまし用の冷却シート。

 首に巻くタイプの冷感バンド。

 小型のハンディファン。

 それから、“冷却プレート付き”と書かれた少し高めの携帯ファン。


 どれもこの夏、店頭で山積みになっていた定番商品だ。


「こういうの使えば、その分CCも伸びるんじゃないかって思うよな……普通」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、ユウトはまず冷却シートを額に貼った。

 ひやりとした感触が広がる。


「おお……これは確かに冷える」


 すぐに《ThermoBalance》を開く。


『個人表面温度低下を検知

 利用者還元予測:+0.001 CC

 製品冷却寄与帰属先:メーカー登録アカウント』


「……は?」


 ユウトは画面を見直した。


 利用者還元。

 メーカー帰属。


 つまり、冷えたこと自体は認識されている。

 だが、その価値の大半は“その商品を作った側”に計上されている。


「そりゃそうか……冷やしてるの、俺じゃなくて商品だもんな」


 納得はできる。

 だが、少し悔しい。


 ユウトは次に首の冷感バンドを巻いてみた。

 これもそれなりに楽になる。

 息苦しさが少し減る。


 だが表示は似たようなものだった。


『装着型冷却補助を検知

 利用者還元予測:+0.001 CC

 開発・供給チェーン寄与が優先計上されます』


「……ごくわずか」


 しかも、画面下には小さく費用対効果の表示まで出ている。


『推定購入コスト回収率:低』


「親切だけど、容赦ねえな……」


 つまり市販品は、市販品としては優秀だ。

 ちゃんと冷える。

 快適にもなる。


 でもCCの世界では、それを“買って使っただけの人”には大きな利益が残らない。


 開発した会社。

 設計した側。

 流通させた側。

 大量に供給して社会全体へ冷却効果を広げた側。


 そちらに、より大きなクレジットが流れる。


「使う側がちょっと得して、作る側と売る側がちゃんと儲かるのか」


 よくできている、と思った。


 ただの転売屋みたいなやり方では稼げない。

 買って終わりでも勝てない。


 この世界は、少なくともそのへんは妙に厳密だった。


 ユウトは最後に、いちばん期待していた“冷却プレート付きハンディファン”の電源を入れた。


 ぶぅん、と小さなモーター音。

 プレート部分はたしかに冷たい。

 首元に当てると気持ちいい。


「これは当たりだろ」


 そう思って画面を見る。


 だが、次に出た表示は予想外だった。


『局所冷感を検知

 総合冷却寄与:0.000 CC

 理由:排熱・電力消費が体感改善を上回っています』


「え」


 ユウトは固まった。


「ゼロ?」


 もう一度見る。

 見間違いではない。


『注意:携帯冷却機器の一部は、体感改善と環境冷却が一致しません』


「……マジかよ」


 冷たい。

 でも、冷やしていない。


 少なくともこのシステム上ではそう判断されるらしい。


 自分の皮膚感覚は楽になる。

 けれど、そのために熱を別の場所へ逃がし、電力を使い、トータルでは周囲を冷やしていない。

 むしろ場合によっては、わずかに悪化させている。


「快適さと、冷却は違うってことか……」


 そこまで考えた時、急に腑に落ちた。


 昨日コンビニで得たCC。

 あれは“自分が涼しかった”から入ったのではない。

 店全体の熱の流れが最適化され、その一部として自分が組み込まれたから価値になったのだ。


 つまり。


 ただ冷たいものを買うだけじゃダメ。

 ただ気持ちいいだけでもダメ。


 この世界で稼ぐには、

 熱の流れそのものを変えなければいけない。


「……なるほどな」


 ユウトは机の上に冷却グッズを並べた。


 どれも無駄ではない。

 暑さをしのぐ道具としては役に立つ。

 でも、それで金を生むのは自分ではない。


「市販品は“使うもの”であって、“勝つための答え”じゃないのか」


 そう呟いた瞬間、頭の中で何かが切り替わった。


 必要なのは、既製品を消費することじゃない。

 自分で見つけること。

 自分で組み合わせること。

 自分で熱の偏りを読み、工夫すること。


 そうしなければ、クーリングクレジットは伸びない。


「だったら……」


 ユウトは昨夜のメモを開いた。


『冷やす方法

・水をまく

・白くする

・影を増やす

・風を通す

・熱を逃がす

・人を涼しい場所に誘導する』


 今見ると、さっきまでよりずっと意味のあるリストに見えた。


「問題は、何が“ちゃんと評価されるか”だよな」


 市販品を使うだけでは伸びない。昨日やってみた雑な打ち水も、わずかにCCが増えたあと、すぐ警告が出た。

 局所的に蒸発させただけでは、湿度を上げて逆効果になることもある。

 つまりこのゲームは、単純な善意では勝てない。


 必要なのは、効果。


 できれば、継続する効果。


「一回だけ涼しくするんじゃなくて、少ない手間で冷却を維持する……とか?」


 口に出してみると、少しだけ攻略っぽく聞こえた。


 ユウトは冷蔵庫を開けた。

 麦茶を一口飲んで、昨日買った安い食パンをかじる。

 朝食というより燃料補給だった。


 その間も、頭の中では候補が並ぶ。


 打ち水。

 日陰。

 反射。

 送風。

 植物。


「……植物は無理だな」


 今すぐ用意できない。


「白くする、か……」


 視線が部屋の隅に向く。

 折りたたみ式の白いレジャーシート。

 去年、河原に行く予定だった時に買って、そのまま一回も使っていない。


「これ、反射に使えるんじゃないか?」


 太陽光を反射する。

 地面や壁の蓄熱を少しでも減らせれば、そのぶん冷却効果として認識されるかもしれない。


 もちろん、そんな都合よくいくとは限らない。

 でも昨日の時点で、ユウトはもう気づいていた。


 この世界では、思いついたやつから試したほうが早い。


 ユウトはレジャーシートを持ち、部屋の中を見回した。

 ついでに小型のUSBファン、空のペットボトル、メモ用のノートもカバンに入れる。


「よし」


 誰に聞かせるでもなく呟き、玄関を開けた。


 外は、もう暑かった。


 午前八時すぎ。

 普通ならまだ“我慢できる暑さ”のはずだ。

 だがこの街では、朝の時点で我慢が必要な時点でおかしい。


 アパートの外階段を降りたところで、スマホが震えた。


『本日の地域ミッション:生活圏内の熱滞留を0.5%改善せよ』


「地域ミッション……?」


 タップすると、簡単な地図が表示される。

 ユウトの住む区画が薄い赤で染まっていた。


『建物密集度:高

 日陰率:低

 路面蓄熱:高

 推奨対策:反射・通風・蒸散』


「……ゲームすぎるだろ」


 思わず笑ってしまう。


 だが、笑っている場合でもない。

 推奨対策と、自分の持ち物がちょうど少し噛み合っていた。


「反射と通風、か」


 ユウトは路地を歩きながら周囲を見る。


 細い住宅街。

 低い建物が密集し、風が抜けにくい。

 道路脇には自転車。

 室外機の熱気。

 角を曲がるたびに、むわっとした空気が貼りつく。


「これ、街そのものが熱を抱えてる感じだな……」


 昨日までは“暑い”で済ませていた景色が、今日は全部、問題の構造に見える。


 室外機の排熱はどこに逃げているか。

 日陰はどこに偏っているか。

 風はどこで止まるか。


 考えながら歩いていると、路地の奥に小さなコインランドリーが見えた。


 その前には、誰も座っていないベンチ。

 そして、その真上だけ、朝日が壁に照り返して異様に明るい。


「……ここか?」


 ユウトは足を止める。


 壁は薄いクリーム色だが、ところどころ黒ずみ、熱を溜め込みやすそうに見えた。

 ベンチは金属製で、昼には座れなくなるタイプだろう。


 そして何より、風がない。


 袋小路に近い形で、熱だけが残る場所だ。


 ユウトは《ThermoBalance》を開き、簡易スキャンモードを起動した。


 画面越しに見ると、その一角だけやや濃い赤で表示される。


『局所熱滞留:中

 改善余地:あり』


「あり、ね」


 雑だが、背中を押される言葉だった。


 ユウトはまず、ベンチの背後、朝日が最も当たっている壁際に白いレジャーシートを広げた。

 ガムテープはないので、持ってきた洗濯ばさみとひもで、近くの金網と配管に簡易固定する。

 見た目はかなり怪しい。


「通報されないよな……?」


 少し不安になる。


 だが、今のところ誰も見ていない。


 次に、USBファンをモバイルバッテリーにつなぐ。

 風量は弱い。

 でも、淀んだ空気を少しでも逃がせれば違うかもしれない。


 最後に、空のペットボトルに近くの水道から少量の水を入れて、シートの手前の地面にごく薄く散らした。


 昨日の失敗は覚えている。

 雑にまかない。

 広く、薄く、すぐ蒸発しすぎないように。


「……こんなんで変わるのか?」


 自分で言って、自分で不安になる。


 スマホを見つめる。


 数秒。

 十秒。

 二十秒。


 変化なし。


「だよな……」


 そんな簡単じゃない。


 やっぱり、企業や自治体が本気で設備を組まないと意味がないのかもしれない。

 個人がその辺の路地で工夫したくらいでは、評価対象にすらならないのかもしれない。


 そう思った時だった。


『微小冷却影響を検知

 +0.006 CC』


「……おっ」


 増えた。


 本当に、少しだけ。

 でも増えた。


「出た……!」


 思わず声が漏れる。


 小さい。

 かなり小さい。

 でも、昨日みたいに“たまたま入った店”ではない。


 自分で考えて、自分で置いて、自分で起こした変化だ。


 ユウトは急いで詳細画面を開く。


『寄与要因:反射 42%

 通風補助 21%

 表面温度低下 19%

 蒸散 18%』


「……ちゃんと分かれるんだ」


 そこまで見えるなら話は早い。


 何が効いて、何が弱いか。

 どの行動が無駄で、どの行動が伸びるか。

 つまり、改善できる。


「これ、楽しいな……」


 気づけば、頬が少し緩んでいた。


 その瞬間。


『警告:設置許可未確認の物品があります』


「うわ、来た」


『公共導線阻害リスク:低

 周辺同意取得推奨』


「同意……?」


 ユウトが画面を見ていると、背後から声がした。


「それ、あんたがやったの?」


 振り返る。


 洗濯かごを抱えた女性が立っていた。

 三十代くらい。

 コインランドリーの利用客らしい。


「あ、すみません。邪魔だったらすぐ片づけます」


「いや、邪魔っていうか……」


 女性は白いシートを見る。

 次に、ベンチの上に手を置き、少し目を丸くした。


「あれ。いつもより熱くない」


「え?」


「このベンチ、昼前にはもう座れないくらい熱くなるのよ」


 そう言いながら、彼女はそのまま腰を下ろした。


「今日は平気だわ」


 その一言と同時に、スマホが震えた。


『利用快適性向上を検知

 +0.011 CC』


「増えた……!」


「なにが?」


「あ、いや、こっちの話です」


 ユウトは慌ててごまかした。


 だが内心では、かなり大きかった。


 冷やすだけじゃない。

 “人が使える状態になる”ことにも価値がある。


 つまり、このシステムは単なる温度差だけではなく、利用環境まで見ている可能性がある。


 女性は少し笑った。


「最近こういうの多いわよね。ちょっと工夫してCC稼ぐ人」


「やっぱりいるんですね」


「そりゃいるでしょ。電気代も食費も上がってるし」


 あまりにも現実的な答えだった。


 ユウトは少しだけ勇気を出して聞く。


「このへんで、うまくやってる人とかいます?」


「うまくってほどじゃないけど、駅前のパン屋さんは有名よ。店の前、なんか涼しいでしょ?」


「……確かに」


「ミストの出し方と、日よけの角度が上手いらしいわ。暑い日はみんなあそこに寄るから」


 人が集まる。

 滞在する。

 冷却効果が広がる。

 そしてCCが積み上がる。


 昨日見た企業ドローンと、構造は同じだ。


 規模が違うだけで。


「ありがとうございます」


「別に。変なことしてるかと思ったけど、少し助かったし」


 女性はそれだけ言って、ランドリーの中へ入っていった。


 その背中を見送ったあと、ユウトは画面をもう一度見た。


 合計0.017CC。


 金額にすれば、十数円。

 正直、生活が変わる額じゃない。


 でも。


「いける」


 今度は、昨日よりはっきりそう思えた。


 再現性がある。


 偶然じゃない。


 ルールがあるなら、学べる。


 ユウトはその場でノートを開き、急いで書き始めた。


『人が使えると加点が強い?

反射だけより、通風+滞在性が大事

小さくても複合効果の方が伸びる』


「……なるほどな」


 このゲーム、単独スキルを上げるより、組み合わせの最適化が強い。


 白くするだけでは弱い。

 風だけ送っても弱い。

 でも、熱がこもる場所に、反射と通風と少量の蒸散を合わせると数字が出る。


 それはまるで。


「ビルド構築だな……」


 スキル構成。

 シナジー。

 条件付き倍率。


 急に、世界が見慣れたものに変わる。


 環境問題でも、社会制度でもない。

 少なくとも今のユウトにとっては、“攻略可能なシステム”になり始めていた。


 その時、また通知が出た。


『チュートリアル更新

 次の目標:生活圏で0.05 CCを達成せよ』


「0.05か……」


 今の稼ぎを足しても、まだ足りない。


 だが、無理な数字ではない。


 ユウトは路地を出て、駅前へ向かった。

 女性の言っていたパン屋が気になったからだ。


 駅前通りは、昼に近づくにつれて人が増えていた。

 だが、増えたのは人だけではない。

 熱も、音も、苛立ちも一緒に膨らんでいく。


 タクシー乗り場には行列。

 バス停の屋根の下には学生と高齢者が密集。

 ビル風の抜けない場所では、立っているだけで息苦しい。


「こういう場所に、解があるんだろうな……」


 視線の先に、小さなパン屋が見えた。


 店先に深めの日よけ。

 その下には数人の客。

 壁際からは、ごく細かなミストが出ている。

 しかも、ただ噴いているだけではない。


 風下側へ流れるように角度が調整されていた。


「……あれか」


 近づくだけで分かる。

 周囲より少し涼しい。


 不自然な冷房の冷たさではなく、木陰に入った時のような、やわらかい涼しさだ。


 ユウトは立ち止まり、《ThermoBalance》を起動する。


『周辺冷却最適化:高

 滞在快適性:高

 冷却貢献事業者登録:あり』


「事業者登録……」


 個人の遊びではない。

 ちゃんと、仕組みとして回している店だ。


「いらっしゃいませー」


 店の奥から、明るい声が飛んでくる。

 ユウトは反射的に中へ入った。


 店内はこぢんまりとしていたが、外より明らかに楽だ。

 冷やしすぎではない。

 でも、熱がこもらない。


 その絶妙な感じに、ユウトは少し感動した。


「……すごい」


「でしょ?」


 レジに立つ店員の女性が笑う。

 二十代前半くらい。

 短くまとめた髪に、涼しげな目元。

 パン屋の制服が妙に似合っていた。


「うち、暑い日は“涼しいから寄る”ってお客さん多いんですよ」


「やっぱりCC狙ってるんですか」


「狙ってますよ。商売ですし」


 あっさりしている。


 ユウトは少し気後れしつつ、アイスコーヒーを注文した。


「その……どうやって考えたんですか?」


「ミストと日よけと、人の流れです」


「人の流れ?」


「ただ涼しいだけじゃ弱いんです。立ち止まる場所、待つ場所、抜ける風、その全部を合わせると伸びます」


 昨日の店員、さっきのベンチ、そして今の言葉。

 全部が繋がっていく。


「……やっぱり複合なんだ」


「初心者さんですか?」


 店員の女性は、少し楽しそうに首を傾げた。


「まあ……昨日始めたみたいなもんです」


「じゃあ一つだけコツを言うと、“熱い場所を冷やす”より“人が熱で困る場所を改善する”ほうが、序盤は数字が出やすいです」


「……!」


 頭を殴られたみたいな感覚だった。


 熱い場所そのものではなく、困っている場所。


 つまり、絶対温度だけではなく、文脈がある。


「通路の角、待機列、ベンチ前、室外機の吹き返し……そういうところですね」


「ありがとうございます」


「どういたしまして。あ、でも」


 女性は少し笑って言った。


「変な場所にシート張って怒られないようにしてくださいね」


「……見抜かれてる」


「顔に出てます」


 ユウトはコーヒーを受け取りながら、苦笑した。


 店を出て数歩進んだところで、スマホが震える。


『外部学習支援ボーナス

 +0.003 CC』


「そんなのまであるのかよ……」


 ますますゲームだ。


 だが、ありがたい。


 合計は0.02CCを超えた。

 目標の0.05まで、あと半分少し。


 問題は次だ。


 同じことを別の場所で再現できるか。


 ユウトは駅前の地図を見ながら、候補を探した。

 人が滞留する場所。

 熱がたまりやすい場所。

 そして、自分でも手を出せる規模の場所。


 目に留まったのは、バス停だった。


 屋根はある。

 だが側面が半端に囲われていて、熱気が抜けにくい。

 しかも待機列ができるせいで、人の体温までこもる。


「……あそこだ」


 ただし、今度は勝手に物を設置するわけにはいかない。

 駅前は目立つ。

 変なことをしたらすぐ止められる。


 ユウトは少し考え、近くのドラッグストアで安いアルミシートと洗濯クリップを買った。

 残金は痛い。

 でも、これは投資だ。


 そしてバス停近くの管理ボックスにいた係員へ、できるだけ怪しくないように話しかけた。


「すみません、この待機列の横の日差し、少しだけ反射板つけて和らげるみたいなことって、ダメですか?」


 係員は露骨に怪訝そうな顔をした。


「なにそれ、撮影?」


「違います。CCの簡易対策です。邪魔にならないように、仮設で十分なんですけど」


「……ああ、あれか」


 意外にも、通じた。


「導線塞がないなら五分だけ。苦情来たら即外して」


「ありがとうございます!」


 許可が出た瞬間、ユウトの中でスイッチが入る。


 側面の金属フレームに、直射が入り込む角度だけアルミシートを仮固定する。

 完全に遮るのではなく、照り返しをやわらげて、待機列の足元に熱が溜まりにくくするイメージだ。


 さらに、列の最後尾が少しだけ日陰寄りに伸びるよう、立ち位置の目安になりそうな場所へさりげなく空き箱を置く。

 かなり地味な工夫だった。


「頼む……」


 数人の乗客が並ぶ。

 一人、二人、三人。


 列の位置が、少しだけずれた。


 直射の強い場所を避ける形で。


 その瞬間、スマホが短く震える。


『待機快適性改善を検知

 +0.009 CC』


「よし」


 さらに数秒後。


『熱滞留低減を検知

 +0.014 CC』


「おお……!」


 一気に来た。


 小さい。

 だが、確かな手応えがある。


 しかも今のは、自分一人の体感ではない。

 複数人の待機環境を改善した評価だ。


 それが分かった瞬間、胸の奥が熱くなる。


 暑さとは別の、前向きな熱だった。


「見つけた……」


 この世界で、自分が戦える方法を。


 大企業みたいな設備はない。

 ドローンも、都市設計の権限もない。

 だが、人が困っている“熱の歪み”を見つけて、少しずつ改善することはできる。


 それは派手じゃない。

 でも、確かに価値になる。


『チュートリアル達成

 生活圏で0.05 CCを達成しました』


 画面に小さなエフェクトが走る。


 ユウトは一瞬、何も言えなかった。


 昨日の自分なら、0.05CCなんて端数にしか見えなかっただろう。

 だが今は違う。


 これは、偶然じゃない。

 たまたま涼しい場所に入った結果でもない。


 自分で見つけて、考えて、試して、取った数字だ。


「……やった」


 口にすると、急に実感が湧く。


 ほんの少しだけ、世界に通用した。


 そのとき、追加通知が表示される。


『初心者ランク昇格:Local Seed

 新機能解放:近隣ホットスポット共有』


「ランクまであるのかよ……」


 半分呆れながら開く。


 地図上に、近隣の小さな熱問題地点がいくつも表示される。

 裏路地、信号待ち、歩道橋、商店街の角。

 どれも大規模施設ではなく、“誰かが少し困る場所”だった。


「……なるほど」


 ここから先は、もっと広がる。


 一か所で大きく稼ぐのではなく、小さな改善を積み上げる。

 その先に、きっと上位勢だけが見ているもっと複雑な世界がある。


 そして、その一歩目に今、立ったのだ。


 ユウトは空を見上げた。


 相変わらず暑い。

 太陽は容赦がない。

 街はまだ熱を抱えている。


 でも昨日までとは違った。


 ただ耐えるだけの世界じゃない。


 少なくとも、このルールの中では。

 この熱には、読み方がある。


「次は……もっと取る」


 誰に言うでもなく呟く。


 小さな成功は、人を変える。


 昨日までのユウトなら、暑さに文句を言って終わっていた。

 だが今は違う。


 暑さの中に、攻略対象が見える。

 社会の歪みの中に、介入できる余地が見える。


 そして何より。


 自分にも、まだやれることがあると分かった。


 スマホを握る手に、少しだけ力がこもる。


 画面の片隅には、今日の獲得総量。


『本日獲得:0.057 CC』


 たったそれだけ。

 でも、ゼロではない。


 ゼロではないという事実は、時に大きな希望になる。


 その時だった。


 新しい通知が、画面の上から滑り込んできた。


『近隣注目プレイヤーがあなたの活動を閲覧しました』


「……は?」


 ユウトの動きが止まる。


 詳細を開こうとした瞬間、表示は消えた。

 残ったのは、履歴に一行だけ。


『閲覧者:非公開

 ランク帯:Silver以上』


「……誰だよ」


 初心者の小さな活動を、誰かが見ている。


 それが偶然なのか。

 ただのシステム通知なのか。

 それとも――別の意味があるのか。


 分からない。


 だが、ひとつだけ確かなことがあった。


 このゲームは、本当に一人用ではない。

第2話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、ユウトが初めて「自分で考えて、自分で冷やして、自分で稼ぐ」ところまで進みました。

小さな数字でも、自分の手で取った報酬には特別な重みがあります。


次からは、見えていなかった他のプレイヤーや、このルールの奥にある競争も少しずつ動き始めます。

ユウトがどこまでこの世界を攻略できるのか、続きを楽しんでもらえたら嬉しいです。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)

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