第1話 気温は通貨になる
本作は「温暖化対策を“結果ベース”で評価したらどうなるか?」という発想から生まれました。
専門的な内容を、できるだけ直感的に理解できる物語として描いていきます。
七月中旬、午前十時四十二分。
気温三十八・六度。
まだ昼前だというのに、街はすでに機能不全に近かった。
交差点の信号が変わっても、人の動きは鈍い。
スーツ姿の男はネクタイを緩め、学生は日陰から出ようとしない。
そして――
「大丈夫ですか!?誰か救急車!」
数メートル先で、年配の男性が崩れ落ちた。
周囲がざわつく。
だが、誰もすぐには動けない。
暑さで思考が鈍る。
体が重い。
それがこの世界の日常だった。
「……終わってるな」
相馬ユウトは呟いた。
スマートフォンを取り出す。
ニュースアプリを開く。
『猛暑続くも“例年並み”の見解』
「無理あるだろ……」
苦笑すら出ない。
画面を切り替える。
《ThermoBalance》。
それは今や、銀行アプリと同じくらい重要な存在だ。
『現在気温:38.6℃
体感温度:41.8℃
地域冷却指数:-2.7℃
あなたのCooling Credit:0.00 CC』
ゼロ。
あまりにも正直な数字だった。
「……何もしてない扱いかよ」
ユウトは歩きながら呟く。
節電はしている。
エアコンも極力使わない。
水も無駄にしない。
だが――評価はゼロ。
「意味ないんだよな、こういうの」
この世界では。
努力は価値にならない。
重要なのはただ一つ。
結果。
実際に温度が下がったかどうか。
それだけ。
数年前。
カーボンクレジットは崩壊した。
“排出を減らした”という証明は、いくらでも偽装できた。
書類の上でだけ環境に優しい企業が、利益を独占する。
現実の気温は、上がり続けるのに。
だから世界はルールを変えた。
見えないものを捨てて、
見えるものだけを信じることにした。
「温度……」
ユウトは空を見上げる。
白く霞んだ太陽。
逃げ場のない熱。
「それで、通貨になるとか……」
クーリングクレジット。
冷やした分だけ金になる。
理屈は分かる。
だが――
「実感がない」
そのときだった。
空を、影が横切る。
「……ドローン?」
見上げると、小型の散水ドローンが数機、ビルの上を飛んでいた。
霧状の水を噴射している。
その下だけ、明らかに空気が違う。
「……涼しい?」
わずかに温度が下がる。
その瞬間、周囲の人々がそのエリアに集まり始めた。
そして――
ユウトのスマホが震えた。
『+0.01 CC(外部冷却影響)』
「……は?」
増えた。
何もしていないのに。
いや、“影響を受けた”だけで。
「なんだよこれ……」
ドローンの側面にロゴが見える。
『CoolSphere Inc.』
「企業か……」
つまりあれは、ビジネスだ。
空間を冷やして、人を集めて、CCを稼ぐ。
「……えぐ」
シンプルで、強い。
そして何より――
「分かりやすい」
この世界のルールが。
そのとき、別の通知が表示される。
『周辺プレイヤー活動:+12.4 CC / 分』
「……は?」
桁が違う。
どこかで、誰かが大量に稼いでいる。
ユウトは周囲を見回した。
屋上。
ビルの壁面。
路地裏。
今まで気にしていなかった“環境”が、全部ヒントに見える。
「……これ、いけるんじゃないか?」
思考が回り始める。
反射率。
蒸発。
影。
「試すか……」
ユウトは近くの自販機の横に移動した。
わずかな日陰。
地面はまだ熱い。
だが、直射よりはマシだ。
スマホを見る。
変化なし。
「……そりゃそうか」
こんなレベルじゃ意味がない。
次に、持っていたペットボトルの水を少しだけ地面に垂らす。
じゅっ、と音がした。
「うわ……」
一瞬で蒸発する。
だが――
『+0.002 CC』
「……出た」
小さい。
だが確実に増えた。
「なるほどな……」
理解が進む。
規模じゃない。
効果だ。
そして、それは積み上げられる。
その瞬間――
『警告:非効率な冷却行動』
「は?」
『局所的蒸発により、周辺湿度が上昇しています』
「……ペナルティ系か」
ユウトは舌打ちした。
「ちゃんと考えろってことかよ」
だが逆に言えば。
「ルールがあるなら、攻略法もある」
そのとき、限界が来た。
「……無理」
ユウトはコンビニへ駆け込んだ。
自動ドア。
冷気。
「……生き返る……」
その瞬間。
『+0.04 CC』
「……は?」
さっきより多い。
明らかに。
「なんで増えてる?」
「それ、冷却貢献ですよ」
店員が答える。
今度は、さっきよりちゃんと聞く。
逃さない。
「詳しく教えてください」
店員は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「この店舗、熱の流れを“設計”してるんです」
「設計?」
「外気、排熱、人の出入り、湿度、全部です」
タブレットに表示されるヒートマップ。
「外で拡散するより、ここで制御したほうが全体の温度上昇が抑えられる。その差分がCCになります」
「……つまり」
「あなたは今、“冷却システムの一部”として機能した」
ユウトは息を止めた。
その言葉は、妙にしっくりきた。
「……なるほど」
ただ涼んだんじゃない。
“組み込まれた”のか。
「これ……設計できたら?」
「稼げます」
即答だった。
「トップは月300万以上」
「……」
確信に変わる。
「勝てる」
ユウトはスマホを開いた。
ランキングを表示する。
世界。企業。国家。
そして個人。
「……やるしかないだろ」
そのとき、表示された注意文。
『局所最適化は全体最適を損なう可能性があります』
「……でも」
ユウトは笑った。
「そこが“ゲーム”なんだろ?」
ルール。
制約。
最適化。
全部、攻略対象だ。
外に出る。
熱気が襲う。
だがもう違う。
これは敵じゃない。
「資源だ」
空を見上げる。
「冷やしてやるよ」
この世界を。
このルールごと。
そして――
このゲームの“勝ち方”を。
まだ誰も知らない方法で。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この世界では、「正しいこと」よりも「実際に温度を下げたかどうか」が価値になります。
では、そのルールの中で“最も効率よく勝つ方法”とは何なのか。
次回は、ユウトが実際に「冷却で稼ぐ」ための行動を始めます。
小さな工夫が、数字になって返ってくる瞬間を楽しんでもらえたら嬉しいです。
もし少しでも続きが気になったら、ぜひ次の話も読んでみてください。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)




