第9話 「共有したかっただけ」 あるいは 「 万吉も喜ぶぞ?」
黒田屋敷。
夜。
雨は止み。
外では、
虫の声がかすかに聞こえている。
廊下を。
井上之正が静かに歩いていた。
手には一枚の紙。
万吉が描いた、
例の「道」の絵である。
丸。
線。
棒。
どう見ても、
子供の落書き。
だが。
之正は妙に気になっていた。
向かう先は。
黒田家当主。
黒田職隆の部屋。
廊下を歩きながら。
之正は少し迷う。
(いや……)
(どう説明すれば良いのだこれは)
どう見ても落書き。
だが。
万吉の話を聞き。
紙を見れば見るほど。
ただの遊びには思えなくなっていた。
やがて部屋の前へ着く。
声を掛け。
許しを得て中へ入った。
職隆は書を読んでいた。
顔を上げる。
「どうした?」
之正は、
静かに紙を差し出した。
「若の描かれた物です」
職隆は受け取る。
そして見る。
沈黙。
「……なんだこれは」
当然だった。
山のような形。
棒。
妙な線。
どう見ても落書きである。
之正は真面目な顔で答えた。
「若は、
“道”と仰っておりました」
「道?」
職隆が紙を見直す。
之正は指で線をなぞった。
「この線は、
水の流れかと」
「そしてこの棒ですが――」
少し考える。
「恐らく」
「木や石を埋める場所です」
職隆が眉を上げた。
「埋める?」
「はい」
之正は頷く。
「以前、
若は申しておりました」
『なんか、
しみて』
『つたって、
ながれる』
之正は紙を見る。
「おそらく」
「道の下へ、
水を逃がそうとしております」
職隆が黙る。
之正は続けた。
「水が抜ければ」
「ぬかるみにくくなる」
職隆は、
もう一度紙へ目を落とした。
「……道の下に、
水を流すのか?」
「はい」
「若の頭の中では」
「地の下も繋がっているのでしょう」
部屋に静けさが落ちる。
外で風が鳴った。
しばらくして。
職隆がふっと笑う。
「またおぬし」
「土を運ばされておるのか?」
之正は少し疲れた顔になった。
「……はい」
職隆が笑う。
「守役とは何であったか」
「私も最近、
分からなくなって参りました」
之正は真顔で返した。
職隆はさらに笑う。
だが。
之正は少し声を落とした。
「ですが」
「若は最近」
「ぬかるみを見る度、
止まるのを嫌がります」
「“また止まる”と」
「“直そう”と」
職隆は笑いながら紙を見る。
「で?」
之正は少し迷い。
だが。
静かに言った。
「若の考えておられる事」
「かなり凄いのではないかと」
「思いまして――」
すると職隆は。
あっさり言った。
「なら」
「やってみれば良い」
之正が止まる。
「……は?」
「若の考えた通り」
「道を作ってみれば良いではないか」
之正は困惑した。
「いえ」
「私はただ」
「若の考えている事が、
凄いのではと」
「共有したかっただけなのですが」
職隆は楽しそうに笑った。
「だが気になるのであろう?」
之正は黙る。
図星だった。
見てみたい。
本当に。
この訳の分からぬ絵が。
形になるのか。
すると職隆は。
紙をひらひら揺らしながら。
軽い調子で言った。
「それに」
「万吉も喜ぶぞ?」
之正は静かに天井を見た。
(また土を掘るのか……)
心の底から疲れた顔だった。
だが。
少しだけ。
自分も見たくなっていた。
幼い万吉の頭の中にある「道」が。
本当に形になるのかを。




