第7話 「積む」 あるいは 「守役の仕事ではない」
それから。
いくつか月が過ぎた。
季節も少し進み。
雨の日も増えた。
だが。
万吉は変わらない。
外へ出れば。
まず地面を見る。
水たまり。
ぬかるみ。
崩れた道。
車輪の跡。
流れた水。
そんなものばかり見ている。
そして見つける度。
立ち止まる。
しゃがみ込む。
じっと見る。
その後。
当然のように言う。
「なおそう」
井上之正は、
もう何度目か分からぬため息を飲み込んだ。
(またか)
最初は。
子供の思いつきだと思っていた。
だが違う。
万吉は毎回言う。
「ここ、
またとまる」
「つち、
もってきて」
「こっち、
たかく」
しかも。
適当に言っている訳ではない。
水の流れ。
車輪の沈み方。
人が歩く位置。
妙に見ている。
同行する家人達も。
最近では慣れて来ていた。
「若様が始まったぞ」
「土持って来い」
「板も要るか?」
半ば諦め顔である。
ある日など。
かなり酷かった。
街道脇。
大きく抉れたぬかるみ。
荷車の車輪が深く沈み。
通る者が皆、
避けて歩いている。
そこへ万吉。
真顔で立ち止まった。
「ここ」
嫌な予感がした。
之正は静かに目を閉じる。
「……はい」
万吉は地面を指差した。
「そこ、
もっと」
「みず、
そっちいく」
「こっち、
だめ」
結局。
土を運ぶ事になった。
之正も運ぶ。
家人も運ぶ。
踏み固める。
水が逃げるよう、
浅い溝も掘る。
気付けば。
皆で道を直していた。
汗を拭っていると。
通りがかった農民達が、
不思議そうにこちらを見ていた。
「何をしておるのだ?」
「黒田の若様らしい」
「……若様が?」
さらに近付いて来る。
踏み固められた土。
少し高くされた道。
水を逃がす溝。
農民の一人が、
おそるおそる頭を下げた。
「若様」
「ありがてえ」
之正が目を瞬かせる。
農民は続けた。
「ここ、
雨降るたび酷かったんで」
「荷も止まるし、
足も埋まるしで」
「助かります」
万吉は、
その意味を半分も分かっていない顔だった。
ただ。
「もう、
とまらない?」
と聞く。
農民は笑った。
「ええ。
前よりずっと良いです」
すると万吉。
ぱっと笑った。
「よかった」
泥だらけの顔。
小さな手。
だがその笑顔を見て。
農民達も、
つられて笑っていた。
之正はその光景を眺める。
そして静かに思う。
――これは。
本当に守役の仕事なのか。
本来なら。
書を教え。
礼を教え。
武士として育てる役目だ。
なのに最近は。
土を運び。
道を踏み固め。
水の流れを見ている。
之正は空を見上げた。
曇り空。
湿った風。
(わしの守役人生)
(ずっとこれなのでは……?)
だが。
不思議と嫌ではなかった。
道が少し良くなる。
人が通りやすくなる。
荷車が止まらなくなる。
そして万吉は。
それを見ると、
嬉しそうに笑うのだ。
戦国。
人は城を語る。
武を語る。
戦を語る。
だが。
幼い万吉だけは。
人が通る「道」を見ていた。




