第8話 「道を描く」 あるいは 「なんか、しみて」
珍しく。
万吉は外へ出ていなかった。
朝から曇り空。
湿った風は吹いているが、
まだ雨にはなっていない。
黒田屋敷。
一室。
万吉は紙を前に座っていた。
筆。
墨。
そして。
難しい顔。
井上之正は、
少し離れた場所からその様子を見ていた。
最近の万吉は。
外へ出れば。
道を見る。
水を見る。
ぬかるみを見る。
気付けば土を運ばされる。
だから之正は、
少しだけ思っていた。
(今日は静かで助かる)
だが。
静かな時ほど。
万吉は何かしている。
家臣の子供達も、
興味津々で集まって来た。
「若様!」
「なに描いてるんです?」
万吉は、
紙を見たまま答える。
「みち」
子供達が覗き込む。
そして。
沈黙した。
「……?」
「よくわからん」
紙には。
丸。
ぐにゃぐにゃの線。
さらに。
山のようなもの。
そこへ棒が何本も刺さっている。
「山?」
「木?」
「槍?」
皆、
好き勝手言う。
万吉は、
少しむっとした。
「みち!」
だが。
やはり伝わらない。
その時。
井上之正が通りかかった。
騒がしさに気付いたのだ。
「何事です」
子供達が道を開ける。
「若様が変なの描いてます!」
「山に槍刺さってる!」
万吉が不満そうな顔をした。
之正は紙を覗き込む。
しばらく黙った。
「……これは?」
万吉は当然のように答える。
「みち」
之正はもう一度見る。
やはり。
山に棒が刺さっているようにしか見えない。
だが。
棒の高さが違う。
線の向きも違う。
妙に規則がある。
ふと。
之正は気付いた。
「これは……」
少し目を細める。
「道の断面ですか?」
万吉の顔が、
ぱっと明るくなった。
「そう!」
子供達はますます分からない顔になる。
「だんめん?」
「なんだそれ?」
之正は、
紙の棒を指差した。
「では」
「この棒は、
何なのです?」
万吉は少し考えた。
言葉にしようとしている。
口をもごもご動かし。
やがて言う。
「なんか……」
「しみて」
筆で線をなぞる。
「つたって」
「ながれる」
さらに。
「みず、
ここいく」
「たまらない」
小さな指が、
線を追っていく。
之正は静かに紙を見る。
棒ではない。
高さだ。
土だ。
道の傾きだ。
水の逃げ方だ。
この子は。
絵を描いているのではない。
「水がどう流れるか」
それを描いている。
しかも。
頭の中で。
地面を立体にして。
之正は、
ゆっくり息を吐いた。
普通の子供なら。
馬を描く。
人を描く。
戦を描く。
だが万吉は違う。
道を描く。
しかも。
「どうすれば水が溜まらないか」
そこを考えている。
子供達はまだ首を傾げていた。
「若様、
わからん!」
「全然わからん!」
万吉はむっとする。
「わかる!」
「ここ、
たかい!」
筆で山を叩く。
「だから、
こっち!」
線をなぞる。
「ながれる!」
熱心に説明する万吉。
その姿を見て。
之正は思わず、
小さく笑った。
やはり。
この子は変わっている。
だが。
妙に面白かった。
しばらくして。
之正は静かに口を開く。
「……万吉様」
「この紙、
借りてもよろしいですか?」
万吉は、
あっさり頷いた。
「いいよ」
之正は紙を見つめる。
子供の落書き。
普通なら。
そう見える。
だが之正には。
妙に気になって仕方なかった。




