第90話 椅子
市の日。
焼き見世。
最近。
かなり人が集まる。
匂い。
焼き物。
豆を挟んだ甘味。
そして。
そこへ。
黒田万吉本人が来る。
黒田の若。
しかも。
普通に焼き見世の前にいる。
これ。
かなり珍しい。
そのため。
流れ商人。
ある日。
ぽつりと言った。
「若」
「前に椅子でも置いて、
座っててください」
万吉。
止まる。
「なんでだ?」
商人。
笑う。
「それだけで、
人呼べます」
周囲。
頷く。
実際。
若が立つと。
人が止まる。
しかも。
護衛付き。
余計目立つ。
万吉。
少し考える。
そして。
「呼べるなら、
座るか」
本当に座った。
周囲。
少し静かになる。
「座るんだ……」
だが。
効果はあった。
若を見る人。
匂いにつられる人。
焼き物を買う人。
さらに。
隣の見世も見る。
かなり流れる。
そして問題は。
その後だった。
次々。
焼きたてを渡される。
「若、
これ試してください」
「こっちは飴増やしました」
「豆多めです」
「焼き加減変えました」
万吉。
食う。
また食う。
さらに食う。
結局。
その日。
「焼き物で、
腹いっぱいにさせられた」
帰り道。
万吉。
少し疲れた顔。
そして。
ぽつり。
「同じものだけは、
もう嫌だ」
護衛。
笑う。
「かなり食わされてましたな」
万吉。
真顔。
「口の水分、
持ってかれるんよな」
「数食べると」
周囲。
笑う。
そして最後。
万吉。
ぽつり。
「……茶も欲しい」
護衛。
さらに笑う。
「若様、
完全に客側ですな」
だが。
周囲は気付き始めていた。
この若。
「自分で食って困った事」
から。
また新しい流れを作るのだと。




