第57話 怒鳴られない動き
それから。
冬の小屋では。
少し変わった話がされるようになった。
火の周り。
子供達。
その前に座る。
井上之正が話す。
「荷を運ぶ時は」
「前だけ見るな」
「止まったら、
後ろも止まる」
「勝手に道変えるな」
「隊が乱れる」
兵法。
ではない。
もっと。
現場の話。
「何で怒鳴られるか」
「どうすれば、
怒鳴られないか」
そんな話だった。
だが。
妙に分かりやすい。
子供達も。
真面目に聞いていた。
そして。
その話を。
通いの女達も。
横で聞いていた。
「へぇ……」
「そういう理由で、
怒鳴ってたのか」
「前見てるだけじゃ、
駄目なんだね」
そんな話が。
村へ戻ってから。
ぽつぽつ広がる。
「若様の小屋で」
「井上様が、
面白い話してる」
冬。
今は農閑期。
男達も。
そこまでやる事が無い。
だから。
何人か。
ふらりと聞きに来た。
最初は。
本当に少し。
「荷運びで、
怒鳴られん方法?」
「なんだそりゃ」
笑いながら来る。
だが。
話を聞くうち。
段々真面目になる。
「なるほどな……」
「前だけ見てたわ」
「確かに、
遅い奴おると詰まる」
之正。
少し困惑していた。
兵法を教えていたはずなのに。
いつの間にか:
「下で働く者の動き方」
を教えている。
しかも。
妙に人が集まる。
その日も。
火の周り。
村の男が一人。
真顔で聞いていた。
「井上様」
「荷を渡す時って、
声出した方がいいんですか?」
之正。
少し止まる。
そして。
普通に答える。
「出した方が良い」
「後ろが、
次を読める」
男。
深く頷く。
「なるほど……」
さらに別の男。
「狭い道で、
止まる時は?」
之正。
「止まる前に言え」
「急に止まると、
後ろが詰まる」
火の周り。
妙に真剣だった。
その横で。
流れ商人。
苦笑している。
「……なんか」
「荷運びの講釈みたいになってますね」
之正。
遠い目。
「私も、
そう思います」
だが。
万吉だけは。
当然のような顔をしていた。
「その方が、
使いやすいからな」
静かになる。
子供達。
村人達。
皆。
少しだけ万吉を見る。
この若。
本当に:
「使いやすい流れ」
を作ろうとしている。
しかも。
それを。
人にも求め始めていた。
その夜。
火が小さくなる頃。
之正。
ふと周囲を見る。
子供。
村人。
女衆。
皆。
普通に混ざって話を聞いている。
本来。
こんな場所は無い。
武士の話。
兵の動き。
荷の流れ。
それを。
村人が聞いている。
だが。
誰も不自然に思っていない。
之正。
静かに思う。
(若は……)
(何を作ろうとしているのだろうな……)




