第37話 「書付」 あるいは 「字が悪い」
翌日。
万吉は。
また母のところへ来ていた。
外出禁止。
継続中。
なので今日も。
黒田家奥。
女中。
奉公人。
下働き。
皆。
少し警戒している。
理由。
「若様がまた何か言う」
からである。
そして。
言った。
今日の相手は。
書付を持って来た下働き。
「こちら、
蔵の分です」
母へ渡そうとする。
その横。
万吉。
じっと見る。
そして。
当然のように言った。
「その書付」
「あんましよくないです」
沈黙。
下働きが止まる。
母も少し目を瞬かせた。
「……どこが?」
万吉は書付を指差す。
「字、
急いでる」
「あと」
「こことここ、
見づらい」
「間違えそう」
下働きが少し焦る。
「い、いや」
「読めますよ?」
万吉は首を傾げた。
「読めるけど」
「止まる」
沈黙。
母は少し書付を見る。
確かに。
急ぎで書いた字。
崩れている。
読み返しが必要。
つまり。
流れが止まる。
万吉はさらに当然のように言う。
「もっと」
「ぱっと見で、
分かる方がいい」
下働きは困った顔。
だが。
横で見ていた若い女中が。
ぽつりと言った。
「……確かに、
一回読み返しました」
さらに別の者。
「私も」
空気が静かになる。
母は書付を見ながら。
少し笑った。
「万吉」
「あなた」
「人の粗探しばっかりしてるわね」
万吉はきょとんとしていた。
「止まるから」
悪気。
ゼロ。
その日から。
奥では。
少しだけ。
「読みやすい書付」
を意識する者が増えた。
そして夕方。
万吉。
廊下へ座り込み。
外を見る。
空。
晴れている。
風も良い。
しばらく眺めた後。
ぽつり。
「……よし」
立ち上がる。
「さぁ」
「明日から」
少し嬉しそうに。
「小屋にいこうっと」
その瞬間。
少し離れた場所にいた。
井上之正。
静かに目を閉じた。
嫌な予感が。
戻って来た。




