第33話 「熱」 あるいは 「若が来ない」
最近の万吉は。
動き過ぎだった。
朝。
城で学ぶ。
読み書き。
礼儀。
武錬。
昼。
川を見る。
土を見る。
流れを見る。
夕。
山裾の小屋へ行く。
縄。
帳面。
人。
荷。
確認する。
夜。
紙へ何か書く。
地面の線。
川。
小屋。
道。
人を動かし。
物を動かし。
流れを考える。
そして。
夜更かし。
井上之正は。
最近。
何度も言っていた。
「若様」
「そろそろお休みください」
「また明日で良いでしょう」
だが万吉。
「まだ」
「これ、
書く」
止まらない。
紙へ向かったまま。
ぶつぶつ何か考えている。
そして。
ある朝。
之正はいつものように部屋へ入った。
「若」
「起きてください」
返事がない。
近付く。
万吉。
布団の中。
妙に静か。
「若?」
肩へ触れる。
熱い。
之正の顔色が変わる。
万吉は薄く目を開けた。
「……なんか、
動けん」
之正は額へ手を当てる。
「若」
「熱ありますよ」
最近。
本当に動き過ぎだった。
川。
小屋。
市。
帳面。
人。
休んでいない。
之正は深く息を吐く。
「最近、
動き過ぎなんですよ」
万吉は少し不満そう。
「でも」
「止まる」
之正は即答した。
「止まりません」
「一日二日で、
流れは死にません」
万吉は少しだけ考える。
だが。
熱で頭が回らない。
結局。
そのまま布団へ戻された。
「今日は寝てください」
「……うむ」
珍しく素直だった。
その頃。
山裾の小屋。
いつもの時間。
だが。
万吉が来ない。
皆。
少し落ち着かない。
流れ商人が外を見る。
「遅いな」
組紐の女も手を止める。
「珍しいですね」
若い僧は帳面を閉じた。
すると。
城から。
家臣の子供達がやって来る。
「あ」
「若様、
今日は?」
子供は当然のように答えた。
「熱出たらしい」
沈黙。
若い僧が止まる。
組紐の女は少し驚いた。
流れ商人は苦笑する。
「……そりゃ出るだろ」
最近の万吉。
明らかに動き過ぎだった。
川。
小屋。
人。
売り物。
帳面。
全部へ首を突っ込んでいる。
子供の動きではない。
その横で。
城から来た子供達。
普通に座り始める。
「今日は何するんだ?」
「若様いないけど」
すると。
若い僧。
少し困った顔をしながらも。
紙を出した。
「……とりあえず、
字を書きますか」
組紐の女も。
自然に縄を並べる。
流れ商人は荷を確認し始める。
誰も指示していない。
だが。
皆。
なんとなく動いている。
気付けば。
万吉がいなくても。
流れは少し動き始めていた。




