第32話 「ついてこい」 あるいは 「命令が聞けんのか?」
ある日の学び場。
読み書き。
礼儀。
武錬。
いつものように。
家臣の子供達が集まっていた。
板敷きの部屋。
筆の音。
木刀の音。
騒がしい声。
その中で。
万吉は何故か。
ずっと周囲を見ていた。
「あいつ、
字きたないな」
突然言う。
言われた子。
むっとする。
「なんだよ!」
次。
礼の時間。
「お前、
姿勢わるい」
「曲がってる」
さらに。
武錬。
木刀を振る子を見て。
「なんか変な動きしてる」
言われた側。
少し傷付く。
「若様さっきから何なんだよ!」
だが。
万吉は気にしていない。
ただ。
変だから言った。
それだけだった。
そして。
学びが終わった後。
万吉が突然言う。
「お前たち」
「俺についてこい」
呼ばれたのは三人。
字が汚いと言われた子。
姿勢が悪いと言われた子。
動きが変だと言われた子。
三人は困惑する。
「どこへ?」
万吉は当然のように歩き出した。
向かった先。
山裾の小屋。
最近。
人が増え始めている場所。
縄。
荷。
帳面。
人。
木材。
草鞋。
塩袋。
もう。
小さな仕事場になっていた。
三人は少し圧倒される。
「……なんだここ」
「人いっぱいいる」
万吉は当然のように言った。
「お前たち」
「城で集まって、
勉強するとき以外」
「ここに来るように」
三人はぽかんとする。
万吉はまず。
字が汚い子を指差す。
「お前と」
次。
姿勢が悪い子。
「お前は」
若い僧を指差した。
「この僧に、
字と姿勢見てもらえ」
若い僧は少し驚く。
「……私ですか?」
万吉は当然のように頷く。
「字、
きれいだから」
理由が単純だった。
次。
動きが変だと言われた子。
万吉は流れ商人を指差す。
「お前は」
「商人について歩け」
「荷運び見ろ」
「人見ろ」
「道見ろ」
その子は困惑する。
「え、
いや――」
すると万吉。
少し不満そうな顔になった。
「何」
「黒田家嫡男の、
この俺の命令が聞けんのか?」
沈黙。
三人。
固まる。
若い僧は目を瞬かせ。
流れ商人は吹き出しかける。
組紐の女は横を向いて肩を震わせていた。
そして。
横で見ていた井上之正。
少し吹き出しかける。
最近の万吉は。
妙に。
「使えるものを配置する」
ようになっていた。
しかも本人は。
多分。
教育している自覚がない。
ただ。
字が汚い。
なら見てもらう。
姿勢が悪い。
なら直す。
動きが変。
なら外を見せる。
その方が良い。
そう思っているだけ。
だが。
それを当然のように。
「人へ役を与える形」
でやり始めていた。
そして何より。
恐ろしいのは。
周囲が。
少しずつ。
それに従い始めている事だった。




