第35話 「小言」 あるいは 「少し邪魔」
それから。
万吉は。
毎日のように。
母のところへ行くようになった。
理由。
外出禁止。
井上之正が。
本当に止める。
「若様」
「殿の命です」
「外は駄目です」
万吉。
何度か抜け出そうとした。
だが。
毎回見つかる。
「若様」
「どちらへ」
「……川」
「駄目です」
逃がさない。
なので万吉。
暇だった。
そして。
暇になると。
見る。
黒田家奥。
母の周囲。
人が動く。
女中。
奉公人。
下働き。
米。
布。
薬。
湯。
全部。
流れている。
万吉は最初。
ただ見ていた。
黙って。
じっと。
人の動き。
物の動き。
止まる場所。
ぶつかる場所。
見ていた。
だが。
次第に。
口を出し始める。
「そこ、
置くと邪魔」
女中が止まる。
「え?」
「それ、
先運んだ方がいい」
別の女中。
困惑。
「こっちから行った方、
早い」
さらに。
「そこ、
狭い」
「詰まる」
最初。
皆。
少し驚いた。
若様が。
妙に細かい。
だが。
困る事に。
結構合っている。
人がぶつからない。
運びやすい。
流れやすい。
だから。
完全には無視出来ない。
「……確かに」
「こっちの方が早いね」
だが。
増える。
小言が。
「そこ、
また詰まる」
「それ、
先にやった方いい」
「なんでそこ置くの」
「そこ通ると、
ぶつかる」
女中達。
少し困る。
「若様……」
「分かっておりますから」
「そんな見なくても……」
「後ろからずっと言われると、
緊張します……」
万吉はきょとんとしていた。
悪気は無い。
ただ。
気付くから言っているだけ。
その様子を。
母は少し離れた場所で見ていた。
口元を押さえ。
少し笑っている。
そして。
万吉へ声を掛けた。
「万吉」
「あなた」
「少し邪魔かも」
万吉が止まる。
「……邪魔?」
少し衝撃を受けた顔。
母は笑いながら続ける。
「ずっと見られると、
皆やりにくいの」
「気になるでしょう?」
万吉は少し考えた。
周囲を見る。
確かに。
女中達。
ちょっと困った顔。
視線を逸らす者までいる。
万吉。
少しだけ反省した。
「……そうか」
しばらく。
黙る。
だが。
その少し後。
女中が湯桶を持って通った瞬間。
万吉。
また言った。
「そこ、
滑る」
女中。
ぴたりと止まる。
見ると。
床が少し濡れていた。
母は吹き出した。
「ふふっ……」
万吉は不思議そう。
「危ないだろ?」
結局。
完全には止まらなかった。
多分。
これからも止まらない。




