第30話 「どういう教育だ」 あるいは 「最後に脅す」
万吉が去った後。
部屋には。
重い沈黙が残っていた。
黒田職隆。
腕を組み。
深く息を吐く。
その前。
正座。
井上之正。
非常に居心地が悪い。
職隆は静かに口を開いた。
「之正」
「お前」
「どういう教育をしとるんだ」
之正は少し俯く。
「申し訳ございません」
職隆は額を押さえた。
「脇差を売るなど」
「どこで覚えた」
之正は即答した。
「一度は止めました」
職隆が止まる。
之正は疲れた顔のまま続けた。
「ですが若様」
「“では刃だけ売るか”」
「などと言い始めまして」
職隆は吹き出しかけた。
だが。
何とか堪える。
肩が少し震えている。
之正はさらに続けた。
「その後」
「今度は私へ」
「銭をねだられました」
「当然、
断りました」
「その結果が――」
静かに。
部屋の隅へ置かれた銭袋を見る。
「これでございます」
職隆はしばらく黙った。
そして。
ぽつりと言う。
「……しかし」
「万吉が」
「理詰めをして」
「最後に脅すような交渉をしてくるとは思わなんだ」
之正は静かに頷いた。
職隆は遠い目になる。
「初めはな」
「まあ、
分かる」
「川を直している」
「人を動かしている」
「だから銭が必要」
「そこまでは良い」
確かに理屈は通っている。
実際。
結果も出ている。
職隆自身。
そこは認めていた。
「最後は」
少し苦笑する。
「まあ、
ねだるぐらいだろうと思っていた」
之正は真顔。
「私もです」
沈黙。
二人。
同時に思い返す。
「脇差を売ります」
職隆は顔を覆った。
之正は静かに天を仰ぐ。
しばらくして。
職隆がぽつりと言う。
「とんでもないな」
之正は深く頷いた。
「はい」
「本当に」
だが。
二人とも。
少しだけ理解していた。
万吉は。
銭が欲しかった訳ではない。
流れを止めたくなかった。
ただそれだけなのだ。
だから。
必要なら。
自分の脇差すら流そうとした。
そこが。
何より恐ろしかった。




