第28話 「銭をください」 あるいは「脇差を売ります」
翌日。
井上之正は。
非常に気が重かった。
理由。
「殿へ説明する」
これである。
隣では。
万吉が普通に歩いていた。
何も気にしていない顔。
そのまま。
黒田屋敷奥。
黒田職隆の部屋へ向かう。
之正は静かに思う。
(帰りたい……)
だが。
帰れない。
許しを得て。
部屋へ入る。
職隆は書を見ていたが、
顔を上げた。
少し驚く。
「万吉?」
最近の万吉は。
川。
村。
小屋。
とにかく外ばかりだった。
だから。
自分から来るのは珍しい。
職隆は少し笑う。
「どうした」
「最近は、
川ばかり見ていると思っていたが」
万吉は真っ直ぐ職隆を見る。
そして。
「銭をください」
沈黙。
之正は静かに目を閉じた。
(始まった……)
職隆が止まる。
「……何?」
万吉は真面目だった。
「私」
「川が溢れるの、
防いでいます」
「銭ください」
職隆はしばらく万吉を見た。
そして。
少し納得した顔になる。
「ああ……なるほど」
「最近」
「蔵から米を持って行っておらんのか」
万吉は頷く。
「持ってってません」
そして。
当然のように続ける。
「ですので、
銭ください」
職隆は思わず笑いそうになった。
だが。
何とか堪える。
「そう言われてもな」
「米にしておきなさい」
万吉は少し考えた。
「でも」
「私の小遣いがあっても、
いいではないですか」
職隆が止まる。
之正は静かに天を仰いだ。
(そこへ行くのか……)
万吉はさらに続ける。
「じゃないと」
少し真面目な顔。
「私の脇差、
売りに出します」
沈黙。
職隆が固まる。
之正は即座に口を開いた。
「殿」
「止めてください」
かなり真剣だった。
職隆は額を押さえる。
「……お前」
「本当にやりそうだな?」
万吉は当然のように頷いた。
その瞬間。
職隆は理解した。
この子は。
冗談で言っていない。
本当に。
必要なら売る気だ。
脇差も。
自分の物も。
全部。
「流れを止めない為」に使う気でいる。
職隆はしばらく黙る。
視線の先。
万吉は真っ直ぐこちらを見ていた。
欲しいからではない。
使うから欲しい。
そういう目だった。
そして横では。
之正が。
「だから止めたのです」
みたいな顔で座っていた。




