第18話 「報われた」 あるいは 「まだまだだな」
それから。
しばらくして。
また。
雨の季節が来た。
空は暗い。
湿った風。
止まらない雨。
屋根を叩く音が、
昼も夜も続いている。
村人達は、
不安そうに空を見ていた。
去年を覚えているのだ。
市川が溢れ。
道が流れ。
畑が沈み。
荷が止まった。
人が立ち尽くすしかなかった、
あの雨を。
そして今年。
また同じような雨。
皆、
構えていた。
「また来るぞ……」
「今年も駄目かもしれん」
「道が持つか……」
だが。
違った。
市川は増えた。
流れも荒れた。
水位も高い。
濁流は相変わらず恐ろしい。
だが。
道まで流されるほどではなかった。
水が抜ける。
流れる。
去年とは、
溢れ方が違う。
ぬかるみも少ない。
水が残りにくい。
村人達が、
少しずつ気付き始める。
「……あれ?」
「去年より、
ましだぞ」
「道が残ってる!」
荷車も通れる。
完全ではない。
崩れた場所もある。
だが。
去年とは全然違った。
止まらない。
流れが死んでいない。
そして。
以前、
川浚いを手伝っていた村人達が。
顔を見合わせる。
「これ」
「川さらったからじゃねえか?」
「若様のやつ」
笑いが起きた。
「手伝ったら飯もらった上に」
「被害まで減るとはなぁ!」
「ありがてえ!」
「井上殿、
また呼んでくれ!」
一方。
井上之正。
大変喜んでいた。
本当に。
心の底から。
雨の中。
残った道を見る。
崩れていない。
流されていない。
去年なら。
もう駄目だった。
ぐちゃぐちゃになり。
また最初からだった。
だが今回は。
残った。
之正は静かに呟く。
「助かった……」
去年の光景が蘇る。
流される道。
崩れる土。
止まる荷。
絶望した村人達。
また全部やり直しかと思った。
だが今回は違う。
川を浚った。
流れを逃がした。
皆で掘った。
土を積んだ。
石を入れた。
そして。
報われた。
之正は雨の中、
少し笑った。
(あれだけ掘った甲斐があった……)
泥だらけの日々。
人足扱い。
腰の痛み。
全部。
少しだけ報われた気がした。
その横で。
万吉は川を見ていた。
じっと。
まだ流れは荒い。
水も多い。
岸を削っている場所もある。
完全ではない。
万吉は、
しばらく黙って見ていた。
やがて。
ぽつりと言う。
「でも」
之正が振り向く。
万吉は、
川から目を離さない。
「まだまだだな」
之正の笑顔が止まった。
嫌な予感。
再来。
万吉の目は。
もう。
次を見ていた。




