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第17話「褒美」 あるいは 「ただではやりません」



その日。


夕刻。


黒田屋敷。


市川から戻った一行は、

どこか疲れ切っていた。


泥。


汗。


川水。


土木仕事を終えた顔である。


之正など、

もう完全に人足の顔だった。


そして。


屋敷へ入った瞬間。


怒声が飛ぶ。


「万吉!!」


びくり。


家人達が一斉に止まった。


空気が凍る。


奥の部屋。


そこには。


腕を組み。


険しい顔をした男。


黒田職隆。


そしてその横には。


正座。


井上之正。


完全に巻き込まれていた。


之正は静かに思う。


(やはり来たか……)


職隆は怒っていた。


かなり怒っている。


「お前というものがありながら!」


「蔵から米俵を持ち出すとは!」


「どういう事だ!」


万吉はきょとんとした。


怒られている理由が、

半分分かっていない顔だった。


だが。


言い返した。


「がんばったものに」


「ほうびをやるのは」


「ぶしのつとめです」


沈黙。


職隆が一瞬止まる。


「……誰に教わった」


万吉は即答した。


「父上」


職隆が詰まる。


之正は静かに視線を逸らした。


確かに。


職隆は普段から言っている。


働いた者には褒美を与えよ。


命を懸けた者を、

ただ働きさせるな。


武士として当然の理だ。


万吉は続ける。


「あれは」


「くろだのりょうないの」


「むらびとが、

おさめたぜいだ」


小さな声。


だが真っ直ぐだった。


「なら」


「むらびとに、

かえすのは」


「あたりまえです」


職隆が額を押さえた。


「何を言っている……」


だが万吉は首を振る。


「ただでは、

あげません」


「がんばったから、

やるのです」


部屋が少し静まる。


之正は横で思った。


(理屈が通っているのが困る……)


万吉はさらに続ける。


「みんな」


「かわ、

ほった」


「つち、

はこんだ」


「だから、

めし」


当然のように言う。


まるで。


働いた者へ対価を払うのは、

息をするのと同じくらい自然な事だと言うように。


職隆は腕を組んだまま、

万吉を見ていた。


まだ幼い。


だが。


言っている事は妙に筋が通っている。


褒美。


働き。


対価。


武士の論理。


それを。


万吉は自然に使っていた。


しかも。


人を動かす為に。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


職隆が大きく息を吐いた。


「……次からは」


「先に言え」


万吉がぱっと顔を上げる。


「よいのか?」


職隆は苦い顔をした。


「良くはない」


「勝手に蔵を開けるな」


万吉が少ししゅんとする。


だが。


職隆は続けた。


「だが」


少し笑う。


「村人共は、

喜んだのであろう?」


万吉は嬉しそうに頷いた。


「うん!」


「いっぱい、

きた!」


職隆は苦笑した。


横で。


之正は静かに思う。


(結局)


(許されるのだな……)


そして。


多分また。


自分は土を掘るのだろう。


そう確信していた。


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