第13話「川底」 あるいは 「絶望の横で」
それから。
壊れた道は、
また直された。
いや。
正確には。
また。
井上之正が、
直させられた。
流された場所。
削れた道。
崩れたぬかるみ。
万吉は、
一つずつ確認していく。
「ここ、
もっと」
「ここ、
ながす」
「ここ、
たまる」
小さな手で、
次々指差す。
之正は土を運ぶ。
石を敷く。
木を埋める。
最近では、
動きに迷いすら無かった。
もう慣れてしまっている。
村人達も集まって来る。
しかも今では。
向こうから手伝いに来る者までいた。
「若様!」
「助かります!」
「去年より、
道が残ってる!」
「荷車が沈まねえ!」
深く頭を下げられる。
礼を言われる。
之正は少し困った顔をする。
自分は守役だ。
本来なら。
書を教え。
礼を教え。
武家として育てる役目である。
なのに最近。
やっている事は、
ほぼ土木だった。
之正は静かに思う。
(何故こうなった)
だが万吉は、
そんな事を気にしない。
道を見る。
水を見る。
流れを見る。
まるで。
世界全部が、
どう流れるかで出来ているように。
そして。
全て直し終えると。
万吉は満足そうに頷いた。
「よし」
之正は、
少し嫌な予感がした。
すると万吉。
当然のように続ける。
「次は川だ」
之正が止まる。
嫌な予感。
的中。
いや。
想像を超えて的中した。
的を貫いて。
後ろに大穴が開いた。
之正はゆっくり振り向く。
万吉は、
川を指差していた。
市川。
播磨を流れる大河。
山の水を集め。
平野を抜け。
海へ向かう流れ。
「かわぞこ、
さらえ」
沈黙。
之正は固まった。
今までは。
道だった。
ぬかるみだった。
人の手が届く範囲だった。
だが今。
相手は。
市川。
播磨の流れそのもの。
之正は静かに絶望していた。
(何を言い出したこの若様)
(いや待て)
(川底とは何だ)
(どこまでやる気だ)
その横で。
万吉は何故か、
近くの村人達へ話しかけ始めていた。
「かわ、
いつもここ?」
「どこ、
あふれる?」
「みず、
どこいく?」
村人達は最初、
戸惑っていた。
だが。
若様が真面目に聞いて来る。
しかも、
本気で聞いている顔だ。
だから皆、
自然と答え始める。
「ああ、
こっから溢れる」
「昔はもっと深かったんだ」
「上の方から土が流れて来てなぁ」
「雨が続くと、
ここから広がる」
「前は舟も通れたんだがな」
万吉は、
じっと聞いている。
真剣な顔。
目だけが、
ずっと川を追っている。
之正は遠い目をした。
(始まった)
万吉が何かを考え始めた時の顔。
流れを見つけた時の顔。
そして。
「直せる」と思った時の顔。
之正は知っている。
(この顔は)
(本気でやる顔だ……)
目の前では。
市川が、
低い音を立てて流れていた。




